23℃ 「うあ〜あっちー」 部室のドアを開くと同時にムアーっとした空気が漂ってきて、俺は反射的に顔をしかめた。 短かった春休みがもうすぐ終わろうとしている今日、俺は未だろくに手をつけていない学校の課題を終わらせるべく午前中から学校に来た。今日の部活は午後から。ただ、今の暑さから考えると午後の部活開始頃にはうんざりするほど暑くなるだろう。憂鬱だ。せめて短い春なんだから爽やかにテニスをやらせてくれ。 立海大付属高テニス部の部室は何でこんなトコに建てたんだよってくらい日当たりの良いところにある。だから夏、とりわけ部活後は地獄なんてもんじゃない。しかも窓は出窓。トロフィーとか輝かしい栄冠が飾られてっから開け閉めするだけで汗をかく。(でも暑いから開けないわけにもいかねーし。)エアコン・・・とまでは言わねーからせめて扇風機をくれ。と言いたいがコンセントがないからどうしようもない。なんでウチの高校はこういうところでケチんだか。 それにしても今日は暑すぎだ。四月上旬にして23℃はないだろ。(しかも部室の方が暑いし) 「うわーホント暑い・・・ねぇ本当にここで勉強できんの?」 俺の後ろから声を発したのは同じクラスの。別に彼女っていうわけじゃねーけど結構親しい方。なんで今が一緒かって言うと俺の課題を早く終わらせるためだったり。昨日何気なくメールしてたら学校の課題の話になって、課題終わらせんの手伝ってくんね?って頼んだらアイス1つでOKがでた。(安い奴) 「仕方ねーだろ、ここしか場所思い浮かばなかったんだよ」 「図書館とか色々あるじゃん・・・」 「あーそっか。じゃあ今から行くか?」 「ここに来てから言わないでよ‥図書館と学校って逆方向じゃない」 そういっては俺の横を通って一直線に窓の方へと向かっていく。そして窓の前にある棚の上のカップやらなんやらを横にわけ、えいっと背伸びをしてその上にのった。その瞬間スカートから伸びるすらっとした腿が目に入って、その白さに思わずドキっとしてしまった。(不意打ちだっての) ・・・と、俺がそんな彼女の白い腿に気をとられているといつのまにかその体勢でが振り返ってた。 「丸井、どーかした?」 「えっ・・・あ、なんでもねーよ、ってお前ちゃんと前見ろ・・・っ!」 目の前で傾くいつしかの優勝トロフィー。 俺は持っていた荷物をその場に投げ捨て窓へと駆け寄り、見事間一髪でキャッチ。同時に安堵の息がもれる。 「ったく・・・気をつけろよな」 「ナイスキャッチ丸井!」 俺に親指を立てて“グー”のサインをし、はぴょんと棚の上から飛び降りた。 フツーごめんとか言うもんじゃねーの?俺だけかよ、こんな暑い中で冷や汗かいたの。 そんな俺の心境も全く知らずには自分の鞄をゴソゴソ漁りだす。そして何冊かテキストを出して、にっこり笑った。 「はいそれではちゃんの勉強会ですよ〜」 ・・・完全にのペースだ。 机の上にはの持ってきたテキストにノート、筆記用具、ジュース。それに俺のノートとガム。 端っから写させて貰えると思っていた俺は今、地獄の時間を迎えている。 「ちょっと!そこなんでそーいう式になるの!?」 「計算ミスしてるってば!」 「あ、グラフの目盛りずれてる」 暑かった部室はさっきよかましにはなったけどやはり暑い。 そして何よりがうるさい。うるさくて暑苦しい。1問解くまでだまってられねーのかお前は。 (あーあちー喉渇いた) そう思って視線をノートから外すとふいにが持ってきたペットボトルが目に入る。 そしてちらとを見ると、俺の視線と彼女の視線がぶつかった。 「・・・な、何よ」 「ちょっとお願いがあるんだけど」 「もしかしてコレ飲ませてとか言うんじゃないでしょうね・・・?」 「おっ、よくわかってんじゃん!」 「イ・ヤ!」 い゛ーっという顔をしてはペットボトルをさっと自分の後ろに隠してしまった。 「なんでだよケチ」 「ケチって誰がよ!当然でしょ」 「別にいいじゃん、俺らの仲だし?」 「・・・っ」 ふざけて言った言葉だった。なのに、みるみるうちにの顔が赤くなっていく。 あれ、もしかして真に受けちゃった?結構可愛いとこあんじゃん。 今までは俺の前で赤くなったりしたことがなかったから、正直この反応はかなり意外だった。 こんなを初めて見たせいか、さっきまで勉強でにやられっぱなしだったせいか。もしくは両方かもしれないが――俺の中に、もうちょっとをいじめてみたいという思いが生まれてしまった。 「な、ダメ?」 とりあえず念押ししてみる。するとは更に真っ赤になって小さく「だめ」と言った。 俺は仲良かったらあんまりそーいうこと(回し飲みとか)気にしねーけど、やっぱ女って気にすんだな。 仕方ない、一旦諦めてやるか。 「わかったよ、我慢して早く課題終わらせりゃいいんだろ?」 「・・・わかればよろしい」 そうして俺はまたシャーペンを手に取り問題を解き始める。するとさっきまでうるさかったが静かになった。何してんだ、と思って顔を動かさないように目だけでを見ると、彼女はまだペットボトルをしっかり手に持っていた。じっとそれを見つめている。オイ、そんな警戒しなくても別に奪って飲んだりしねーって。そう言おうと思ったけどやめた。こんな見たことないから面白い。次は何やっていじめてみよう、なんて考えながら計算式を解く。 すると、しばらくしての動きがちょっとおかしいことに気がついた。 「・・・なぁ、何かお前どっか変じゃね?」 「えっ、え、何でもな・・・」 どもったの顔はまた赤い。そしてそんな彼女の視線の先はもちろん俺だったけど俺の目、ではなかった。 どこ見てんだ?そう思って彼女の視線を辿っていくと、なるほど。原因がわかった。 どうやら考え事をしていた俺は、無意識のうちについいつものクセでワイシャツのボタンをはずしていたらしい。 でも見えてんのなんて鎖骨だけじゃん。そんな意識するようなもんでも・・・と、そう思い至ってひとつの可能性が頭に浮かぶ。 (もしかしてって俺のこと気にしてんのか・・・?) もしそうだと仮定するとさっきまでのの行動もわかるよーな気がする。 そっか、こいつ俺に気ぃあんのか。そう思ったら何だか余計に楽しくなってきた。 とりあえず「あ、悪ぃ」なんて言ってみるけどの顔はまだ赤いままで。 その様子が俺の中に「もっといじめてやろっかな」という思いを芽生えさせる。 ここで終わっとけばよかったのかもしんないけど、俺の好奇心はそうさせてくんなかった。 (さて、何してやろーかな・・・) そう思いながら俺は黙って椅子から立ち上がり、の方へと歩く。 最初は座って俺の行動を見ていたも無言の俺を変に思ったのか、机を触りながら立ち上がった。不安そうな顔で。そんなの目の前に立ったとき、何を実行するか決めた。よし、押し倒す。決定。 「ま、まるい・・・?」 明らかに困った顔をしている。 あー次俺が押し倒したらどんな顔になんのかな、なんて思って腕を掴もうとしたその瞬間、 「・・・きゃっ!」 一歩にじり寄った俺と距離を取ろうとして一歩下がったが、自分の座っていた椅子につまづく。 後ろに倒れそうになったその体を、俺はぐいと引っ張って抱きとめた。 「だ、だいじょーぶか・・・?」 「う、うん・・・なんとか・・・」 押し倒してやろーと思ってたのに失敗した。しかもこんなの予想外だ。アクシデントではあったにしても俺がを抱きしめることになるなんて。そのせいでやたらがドキドキしてんのが伝わってくる。すげー心臓鳴ってんの・・・ (ってか何か柔らけー感触がすんだけど。これって、胸じゃね?) なんてそんなこと考えた時に「ねぇ丸井、もう離して。暑いよ」とが身じろぎをして俺の腕の中から逃げようとした。 「やだ。離したくない。(あーこいつ華奢なくせに結構胸あんだな)」 「なんで」 「なんでも。(そういえば足も白かったよな・・・マジ押し倒しちまおっかな)」 「理由になってないってば」 「わかったよ」 そう言って床に押し倒した。 そしたら思いっきり腹を蹴られた。 「からかうのもいい加減にしてよ!!」 そう言っては走って部室から出て行ってしまった。 残された俺の目に、さっきが握っていたペットボトルがうつる。 おもむろに手にとってキャップを外し、口をつけた。 (・・・マジかよ) さっきまで何てことなかった心臓が妙にドキドキしてる。てかバクバクしてる。 しかも鏡にうつった俺の顔は、赤い。 さっきよりも体が熱いのはきっとがこけそうになって焦ったから。それにこのクソあちー部室のせい。絶対そうに決まってる。でもさっきのの胸柔らかかったよなーとか、そういえばに触れたの自体初めてだなんてぐるぐる考えちゃってる俺もいて。 (ヤバい、一気に落ちたかも) 明日どんな顔合わせりゃいいかわかんねーから、俺は全力でを追っかけた。 ---------------------------------------------------------------------- 思春期ってこんなカンジかなーなんて。 おんなのこは感情から。おとこのこはカラダから。 2005/05/30 なつめ Powered by NINJA TOOLS
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