「あ」
マンション1階のホールで上から降りてくるエレベーターを待っていると後ろから声がした。
振り向かなくても声で誰だかわかったけど、無視もできないので一応振り向いた。
5メートルくらい後ろに見慣れた黒いクセ毛頭、肩にはテニスバック。やっぱり赤也だった。
いつ見てもテニスバックが大きく思えるのは、テニスバックが大きいのかはたまた赤也が小さいのか。
「部活帰り?」
「見てのとおり。そっちは?」
「友達ん家帰り」
「オトコ?」
「違うわよ」
「そ」
そう言って赤也は私の隣に並んだ。いくらテニスバックが大きく見えようとも、並んでみると大きいのはやっぱり赤也の方。
3年くらい前まではわたしの方が大きかったのに。女子に比べて男子の方が後々成長するっていうのは本当だ。
赤也とわたしは同じマンションで、1階違い。うちの下の階に赤也の家がある。そのせいか何かと顔を合わせる機会が多い。
「つーかさ、お前エレベーターコワいって言ってなかったっけ?」
「言ってた言ってた。よく覚えてたね」
「もうヘーキなワケ?」
「んー慣れたかな。でも怖くないかと言われるとそういうわけでもない」
「へーじゃあまだコワいんだ?」
「だってエレベーターって言ったって機械の箱じゃん。いつ壊れてもおかしくないよ」
「考えすぎじゃね?別に死ぬわけじゃねーし」
「いやいや途中で止まってそのまま落ちてぺしゃんこになるかもしれない」
「すげー想像力・・・」
「あ、来た」
ようやく来たエレベーターのドアが開き、それに乗り込む。赤也もわたしに続いて乗ってくる。
「えーと赤也の階は、」
赤也の家のある階のボタンを押そうと指を伸ばす。すると不意にその手を取られた。
心臓が跳ねる。わたしの手を覆うようにして握っているのは、男のひとの手だった。
大きくて、わたしよりずっと節くれ立った手。普段注意して見ることなんてなかったから、全く気付かなかった。
突然のことに驚いて固まるわたしをよそに、その大きな手はわたしの指を10階のボタンへと導いた。
最上階のボタンが点灯する。
「え・・・っと、あか、や?」
「なに?」
「‥‥なんで10階?」
「いーじゃん」
「どっちの家もないよ?」
目の前で閉まっていくエレベーターのドア。なぜかスローモーションに見える。
ドアが閉まると同時に掴まれていた手が下に下ろされ、そのまま指がからめられた。
なんで手握るの?とは、聞けなかった。
赤也はいつもの調子のままで、わたしだけがすごく緊張しるように思えた。手に汗がにじむ。
ぐん、とエレベーターが動き出す。
「こうしてればコワくないっしょ?」
「・・・っ、わたしの質問に、」
「10階まで上がって階段で降りれば良くね?」
「そんなことする意味ないじゃない」
「あるって」
どんな意味があるの、そう問うより早く。
「俺はしばらくこうしてたいの」
その言葉に、なにも返せなくなった。
エレベーターはあっと言う間にわたしたちを10階に導き、赤也はわたしの手を引いてエレベーターを降りようとする。
狭いエレベーターの箱の中、わたしは下を向いて立ちすくむ。
「10階から階段降りるのこわいからやだ」
ようやく出たちいさな強がりにも、
「だから俺がずっと手握っててやるって」
ぎゅっとわたしの手を力強く握って笑う赤也に、わたしの心もぎゅっと掴まれた。
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