いつもは人がまばらな場所。
そんな場所でも特別なことがあると、まるで正反対の光景。

始業式の朝。
1年で1番掲示板の前が混雑するのはこの日。テスト上位者の発表時よりも、もちろん。
「あーまた2組だ」
1組から順に自分の名前を探していると2組の最初の方に自分の名前があった。すぐに一番仲のいいちゃんの名前を探すけどそこにはなくて、逆にちょっと苦手な子の名前を見つけてヘコむ。
「あーあ・・・」
ため息をつくと人込みを掻き分けるようにしてちゃんがやってきて、わたしの腕をがっと掴んだ。
「ね、どうだった?」
「どうだったって、どうだったもないよ・・・また2組」
「2組!?」
「うん、2組」
「いいなー!ジローくんと同じクラスじゃん!」
そう言ってちゃんは目をキラキラ輝かせてきた。あれ、ちゃんってジローくんすきだっけ?
「ちゃんってジローくんのことすきだったっけ?」
「すきっていうか、可愛いから友達になりたいのよ・・・!あの頭撫でまわしたい・・・!」
「あ、そういう意味」
ちゃんはとにかく可愛い子好きで、いわゆるジャニーズとかにいちいち踊らされるタイプだ。わたしといえばむしろそういうのには全く興味がなくて、ちょっとシブめのオジサンの方がすきだったりする。まぁジローくんは可愛い方かもしれないけど、男は見た目が可愛いより頼りになりそうなのが一番だ。
「じゃあ、ジローくんと仲良くなってね」
「自分でなりなよ・・・わたし別に興味ないし」
「だってあたし7組だもん!」
(7・・・!?遠っ!)
「よろしくー!」
そう言ってちゃんは手をひらひらと振って7組へ行ってしまった。親友同士がこんなにクラス離れたっていうのに何であんなに嬉しそうなんだ。そう思って掲示板を見ると7組の欄に彼女の本命である忍足侑士の名前を発見。そういうところがなんともちゃんらしいと思う。
新しいクラスでのH.Rの後、学校全体での集会があった。毎回同じことを言う校長の話に、新しく赴任してきた先生の話、これからの学習の仕方の話。さすがに高3にもなると耳にタコで、聞く気もまったく起きない。クラスの列の一番後ろでぼーっと突っ立っていると(トイレ行ってて並ぶのが遅くなった)、隣の列に遅れて誰かがやってきた。
(新学期早々遅刻か・・・大物だな)
半ば呆れながらちらりと横を見ると「ふわぁ〜」と大きくあくびをした男の子。“男の子”という言葉が良く似合うのはその子がジローくんだったから。今朝ちゃんが「ジローくん可愛い!」と言っていたことを思い出して思わずじっと見てしまう。
(・・・やっぱ可愛いかも・・・)
なんて思った瞬間にジローくんがこっちを向いた。彼があくびをしていたことで油断していたわたしは目をそらすタイミングを逃がしてしまった。
「・・・・・?おれの顔に何かついてる?」
「えっ、あ、ごめん。そういうんじゃなくて」
“そういうんじゃなくて”何と言えばいいのだろうか。まさか本人を目の前にして“やっぱ可愛い”なんて思ったことを言えるわけがない。
「あのさ、」
何と返したらいいものかと考えていたわたしにジローくんが話しかけてきた。
「なんか、もってない?」
「何かって例えば?」
「たべもの」
(たべもの・・・?持ってたっけ?あ、ポケットに飴入れてきたはず・・・)
そう考えるけど、今は集会中なわけで。こういう時にモノ食べるのってだめだよね?とか、そもそも体育館って飲食禁止のはずじゃん、なんて、たかが飴玉ひとつでぐるぐる考えてしまうわたしってやっぱり真面目なのだろうか。見つかって先生に怒られるのもイヤだしなぁ・・・と思ってちらと隣を見ると“何か持ってるの?”と期待を含んだ目をしたジローくんと目が合う。
「あるよ、はい」
「ありがとー」
(・・・思わずあげてしまった・・・)
隣でジローくんはすぐにカサカサと小さく音を立てて包みをあけ、キャンディを頬張る。可愛い子には興味がないって言ったけど、撤回かもしれない。ブラウン管を通さないこんな間近で、“拾ってください”みたいな目をされたらほっとけないに決まってる。
それからというもの、ジローくんは何かとわたしに話しかけてくるようになった。たいていは食べ物が欲しいときで、そんな彼の要求を断らずに何かと与えてしまうわたしはペットを飼ったらきっとダメなご主人様になると思う。第一、毎日のように鞄にお菓子を入れてくるのだってジローくんのためなのだ。親バカならぬ、ジローバカかもしれない。それはたとえ授業中でも発揮されてしまう。
「(ー)」
「(なにー?)」
先週の席替えで偶然隣同士になったわたしたちは、前よりもよく話すようになった。
「(あたらしい味のポッキー出たの知ってる?)」
「(えー何味?)」
「(たしかレモンチーズケーキ?とかなんとかいうやつ)」
「(おいしいの?)」
「(おれもまだ食ってないからわかんないんだけど)」
「(じゃあ近いうちに買ってこよっか?)」
「(マジ!?その時はおれにもちょーだい!)」
「(おっけ〜。あ、ポッキーじゃないけど新しく出たチョコあるよ!後でいる?)」
「(マジマジ?今ちょーだい)」
「(・・・今?)」
「(うん♪)」
「(・・・・・・仕方ないんだから。バレないようにね)」
「(だいじょうぶ〜)」
ヒソヒソ声で会話してジローくんにチョコレートを一粒手渡す。
彼はその包みをさっと開いて瞬時に口に入れた。
「(うめーコレ!)」
「(でしょ?わたしも結構気に入ってるんだ)」
「(・・・・・・)」
「(ジローくん・・・?)」
「(もういっこたべたい)」
そう言って手のひらをこっちに向けて来るジローくんはやっぱ可愛くて。もしかしたらこれもジローくんの作戦の一つかもしれないけれど、それならそれでわたしにも考えがある。乗ってやろうじゃないの。
「(ハイ♪)」
「(・・・なにコレ?)」
「(まぁ食べて食べて)」
不思議そうな顔して包みを開き、それを口に入れたジローくん。
(ふふふ、食べたわね。それは何を隠そう“おめめスッキリ息リフレッシュ激辛ガム”よ・・・!)
甘党のジローくんがどんな表情になるのか。ドキドキしながら彼の表情追う。
もぐもぐもぐもぐ・・・
ジローくんは表情を変えず、ガムを噛んでいる。
さすがに、もう辛くなってきてもいいハズなんだけど・・・。
(・・・アレ?なんでヘーキなの?わたし間違って違うガム渡した・・・?アレ?アレ・・・?)
マンガであれば明らかに「?」マークが頭の上にいっぱいあがっているであろうこの状況を察してか、ジローくんが一言。
「(おれ、辛いのもへーきだよ)」
「おれさーおかし大好きだから何でもたべれるんだよね」
授業後、ジローくんが机に片肘を突きながら口を開く。
「し、知らなかったよ・・・」
「でも、あまいやつのほうがやっぱすき」
「そ、そうなんだ」
まんまとやられたなぁ、と思って溜め息をつく。
すると目の前のジローくんが意味ありげな笑みを浮かべて一言。
「ねぇ、おれにキョーミでた?」
「え・・・?」
「さー始業式のときにおれのことキョーミないって言ってたでしょ?」
「え、も、もしかしてちゃんとの会話聞いてた?」
「あの子がちゃんていうのかはわかんないけど、あのときおれのことキョーミないって言ってんの聞こえてさ。なんかちょっと傷ついたんだよね」
「ご、ごめん・・・」
「でも、集会のとき話しかけてみたら、おかしくれるし」
「あれって偶然隣だったじゃん」
「だっておれのことつけてたもん」
(コイツ・・・)
「こうやって話してみると楽しいし」
(・・・うん、わたしも楽しい)
「なんか“ちょっと”可愛いし」
「ち、ちょっとって何よ!」
強調して言われた“ちょっと”にムカっときて反論するわたしとは反対に、ジローくんは笑顔で。
ああ、可愛いだけじゃなかったんだなと次の台詞で悟る。
「ん?始業式のお返し♪」
どれもこれもちゃんのせいだ。ちゃんのせいちゃんのせいちゃんのせい。
掲示板の前でちゃんとあんな会話さえしなければ、ジローくんとこんなにしゃべることもなかっただろうし、それにもちろん授業中に腕をつつかれて慌てるなんてことなかったはずだ。ジローくんなんて全然興味ないのに。全然全然全っ然興味ないのに。興味ないハズなのに日に日に彼にハマっていく自分がいる。
「・・・ごめんなさい、ジローくんにキョーミあります」
「へへーやった!」
そして次の日。
人気のない掲示板の前にふたりの人影。1枚の張り紙を見て片方は肩を落として盛大なため息をつき、もう片方はぼーっとしながらぼさぼさした頭をかいている。
「なんでわたしまで・・・」
「ふぁ〜がんばろー」
“ 芥川慈郎 以上2名一ヶ月職員トイレ清掃 ”
そんな授業中にお菓子を出したり食べたりしていた二人への罰であるトイレ清掃期間中、ふたりの間に恋が芽生えたことは、なんだか恥ずかしいらしいのでご内密に。
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2005/05/21
なつめ
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