『ごめん!ちょっと遅れるからカフェとか入ってて!』
そう黄瀬くんへメールを打ったのは、今からちょうど30分前のこと。





一緒に買い物に行くことになったきっかけは、些細なことだった。
それはクリスマスが2週間前に迫った、ある日の放課後のこと。

「じゃあ25日にクリパしまーす!みんな500円くらいで交換用プレゼント買ってきてください!」

クラスでよく仕切ってくれる女の子がクラスでのクリスマスパーティを企画し、参加者を募った。塾に通う数名以外のほぼ全員が参加することになって、もちろん予定も(彼氏も)いなかったわたしはすぐに参加することに決めた。家族じゃなくて友だちと過ごすクリスマスも楽しそうだと思ったのだ。

「はー500円でプレゼントって何買えばいいんスかねぇ」

そう呟いたのはわたしの左隣の席に座る黄瀬くんだった。彼は机の上に両肘をつき、その上に顎をのせて前の方をぼーっと見ている。バスケがうまく、モデルまでこなす黄瀬くんはそんな姿も様になっていた。

「あれ?黄瀬くんも参加するの?」
「しちゃいけないっスか?」

不満顔で黄瀬くんがわたしの方を向いた。慌てて片手を挙げ、否定する。

「ごめんごめん、そういう意味じゃなくて、お仕事とか・・・ほら彼女とかと過ごすのかなって」
「22〜24は仕事入ってるっスけど、25日はさすがに平日だしってことでナシ。彼女も、ナシ」
「ナシ?黄瀬くんが?」
「・・・なんスか、傷つくっスよさすがのオレだって」
「や、常に彼女いそうなイメージがあったからさ・・・」
「そーいうモンなんスかねぇ・・・そういうっちは?」
「わたしー?ないない、なさすぎて凍えるくらい、ない」

そう真顔で返すと、「なんスか凍えるって」と黄瀬くんはその整った顔で笑った。

黄瀬くんとは隣同士の席になって2ヶ月くらいだ。話しやすい人で、いつの間にかわたしの呼び方も「さん」から「っち」になっていたから、そこそこ認めてはもらえてるんだと思う。とは言え、もちろん恋愛感情ではないと思うけれど。わたしはというと、恋愛感情になりそうな気持ちを抑えているところだ。きっと黄瀬くんからカリスマオーラが出ていて、それに惹きつけられているだけだろう、と。だってこんなみんなが憧れるようなひとに、わたしは似合わない。

っちはプレゼントどこに買いに行くんスか?」
「んーそうだなぁ、この間可愛い雑貨屋さん見つけたから、そこに行ってみようかなって」
「へえ、どこにあるんスか?」
「学校の近くの駅から電車に乗って15分くらいかな。どうして?」
「オレ全然そういうのわかんないんスよね」
「そうなの?黄瀬くんの方がたくさん知ってそうな気がする」
「んー案外知らなかったりするんスよねー、いつ行くんスか?」
「そうだなあ・・・今週末くらい行ってみようかな」

特になにも考えずそう言った。相手があの黄瀬くんということもあったのかもしれない。だから次の言葉には心底驚いたのだ。

「オレも一緒に行ってもいいっスか?」
「え?!」
「ははっ、やっぱダメっスよね・・・」
「え!ぜ、全然!いいよ!て言うかむしろいいの?」
「いいのって?」
「や、わたしなんかと出歩いていいのかなって・・・」
「なーんだそんなこと。いーんスよ!っちさえよければ」





そんな流れで、今日の14時に駅前で待ち合わせをした。
それなのに、わたしとしたことがやってしまった。

前日、何を着て行ったらいいかと迷って遅くまで起きていた。(結局決まらなかった。)その上、黄瀬くんと出かけると思ってなかなか寝付けなかった。結果、予定より30分遅く起きてしまい、そして案の定洋服が決まらず、予定より2本遅い電車に乗ったところその電車が遅延した。

要するに、30分の遅刻だった。

そして今日の待ち合わせのためにと聞いた黄瀬くんのアドレスに送ったのだ。
『ごめん!ちょっと遅れるからカフェとか入ってて!』と。





なのに、待ち合わせ場所に着いてわたしは愕然とした。

「うそ・・・」

待ち合わせ場所である駅の改札前、少し人から見えにくい柱の陰に黄瀬くんはいた。帽子を被ってマスクをしているせいか周りの人には気付かれていないみたいだったけれど、あれは間違いなく黄瀬くんだ。

慌てて駆け寄る。すると黄瀬くんもわたしに気付いたようで、片手を挙げた。

っちー・・・くしゅっ」

マスクを下げてわたしの名を呼んだ彼は、次の瞬間くしゃみをした。よく見ると鼻の頭が赤かった。当然だろう、雪こそ降っていないものの、今日は久しぶりの冷え込みだと天気予報で言っていた。吐き出される息も心なしか白い。

「黄瀬くんどうして!?カフェとか・・・あったかいところで待っててほしくてメールしたのに」
「んー?オレが待ってたかったから良いんスよ。それより会えて良かった」

そう言って鼻の頭を赤くした黄瀬くんはニコっと笑う。「とりあえずカフェでも入ってあったかいモンでも飲みますかね」なんて、怒りの欠片もなくカフェを探そうとする黄瀬くんの姿に、わたしは堪らなくなって彼のコートをぎゅっと掴んだ。

っち?」
「良くないよ!バスケも、仕事だってやってるんだから体大事にしなきゃ」
っち、だから大丈夫だって、」
「大丈夫とかそういうことじゃなくて!だめだよ、わたしなんかに振り回されちゃ・・・」

と、そこまで言って、黄瀬くんを責めている自分に気が付き血の気が引く。
そもそも遅れたわたしが悪いのだ。黄瀬くんを責めるなんてお門違いも良いところだ。

「ごめんなさいっ」
「えっ!?」

わたしは勢いよく頭を下げた。

「元はと言えばわたしが遅れなければ黄瀬くんを待たせなくて済んだのに、偉そうになにを・・・」
「ちょっ、っち、マジ頭上げてください!オレは本当に大丈夫っスっから・・・!」

黄瀬くんは慌てた様子でわたしの両肩を掴んだ。ゆっくりと頭を上げると黄瀬くんの困惑した表情が目に入って、わたしは申し訳ない気持ちのまま姿勢を戻す。黄瀬くんの表情が安堵の表情へと変わった。

「本当にごめんなさい。わたし、昨日柄にもなくうかれちゃって」
「・・・え?」
「恥ずかしい話だけど、今日黄瀬くんと二人で出掛けるんだって思ったら、眠れなくなっちゃって。なに着て行こうかなとか、何時に家出ようかなとか。いろいろ考えて、それで結局ギリギリになって予定してた電車に乗れなくて、それで・・・」

最初は黄瀬くんの顔を見て話していたものの、真実を口にすればするほど情けない気持ちが募り、わたしは視線を落とした。徐々に弱くなる声も、遂には続かなくなる。そうして黙って俯くわたしの頭の上から聞こえたのは、ひとつのため息だった。

呆れられてしまった、と思った。明日から黄瀬くんの隣の席でどんな顔をしたらいいのだろうか。穴があったら入ってしまいたい、そう思った時だった。

「はい」

その声とともに目の前に差し出されたのは、オレンジとイエローのガーベラを中心にまとめられた可愛らしいブーケだった。差し出しているのはもちろん目の前の黄瀬くんだ。だけど、全く状況の掴めないわたしは彼の差し出すブーケを困惑した目で見つめることしかできなかった。すると、そんなわたしを見てか黄瀬くんがおもむろに口を開いた。

「オレね、っち待ってる間考えてたんス。彼女待つ彼氏の気持ちってこんな感じなのかなって」
「え?」
「オレのためにオシャレしてて遅れてるのかなーとか、走って来てくれたりするのかなーとかね。案外楽しいモンだったっスよ」
「う、ん」
「しかもホントにそうだったって言うし、走ってきてくれるし。マジっちエスパーっスかね」

「オレなんかうれしくなっちゃって」と、黄瀬くんは一気に言葉を並べた。少しはにかんだ表情で。
わたしはそんな彼をまばたきを繰り返して見つめるばかりだった。言わんとすることがつかめず、どう言葉にしたら良いかわからなかったのだ。
すると黄瀬くんがフッと優しげな表情で笑った。

「だから、オレも今日っちとデートすんの、楽しみにしてたってこと」
「えっ、で、デート?!」
「ちょっ、声大きいっスよ!」
「えっ、あっ、ご、ごめん!」

咄嗟に口元に手をやる。そんなわたしの様子を見て、黄瀬くんは楽しそうに笑う。

「コレ、っち待ってる間にそこの花屋で見つけたんスけど・・・っちに似合うなって思って。受け取ってくれるっスか?」

そう言って、黄瀬くんは再びわたしの目の前にブーケを差し出した。さっきよりもずっと近くに。ちらっと黄瀬くんの様子をうかがうと、彼は少し照れたような様子で口を尖らかせ、早く早くとでも言うような表情をしていた。そんな様子がかわいらしくもあり、そして何よりもうれしくて。わたしはゆっくりとブーケへ手を伸ばし、両手で包み込むようにして受け取った。

「ありがとう!」

手の中に収まるブーケを見つめながら、自然と出た言葉だった。
恋愛感情になりそうな気持ちを抑えている、なんて嘘だ。
抑えていると思う時点で、わたしはとっくに黄瀬くんのことがすきだった。
心の底からとめどない喜びが溢れ出てきて、満たされていくのがわかった。

「その笑顔反則っス」
「え?」

顔を上げると、目の前の黄瀬くんは口元に手をやり、明後日の方を向いていた。ごにょごにょと一人で何かを言っているようだが、よく聞き取れない。「どうしたの?」と首を傾げると、黄瀬くんはちらとわたしを見て、ふーと大きく息を吐いた。

「・・・や、こっちの話っス。それより、ソレいらないって言われたらどうしようかと思ってたんスよ」

わたしの手の中のブーケを見ながら黄瀬くんが言う。

「黄瀬くんからのプレゼントを受け取らない子なんていなそうだけどね」
っちは、オレじゃなくても受け取ったっスか?」
「・・・受け取・・・らないと思います」

恥ずかしくなってごにょごにょと言うと、黄瀬くんは今までに見たことのないうれしそうな顔をした。

「ははっ、っちのほっぺ、真っ赤」
「こっ、これは寒いからで、」
「かわいい」

そう言って黄瀬くんが手を伸ばし、その甲でわたしの頬に触れた。触れられていることと、黄瀬くんが真っ直ぐにわたしを見つめてくることで、身動きができない。ドキドキでどうにかなってしまいそうなのに、そんな状態に必死に耐えるわたしを見て黄瀬くんがまた目を細めて笑う。

っち、顔真っ赤」
「〜〜〜黄瀬くんのいじわる!」

耐えきれなくなって軽く睨むと「そんな目で睨まれても怖くもなんともないっスよ?」とあっさり返される。

「むしろ、オレがっちのこと赤くさせてんのがうれしいし」
「な、なに言ってるの・・・」
「いや、まあ本音っスかね」
「まだそんなにお互いのこと知らないじゃない」
「じゃ、とりあえずカフェでも行きますか」
「どうしてそうなるの?買い物は?」
「まあまあ、いーじゃないっスか。時間はまだたっぷりあるし」

「オレはもっとっちのこと知りたいんスよ。ね?」と言われて、また顔に血が上ってくるのがわかった。嬉しさと恥ずかしさに口をぎゅっと結んで、大きく頷く。それを見た黄瀬くんも笑って頷く。自分がすきだと思う相手が、自分のことを知りたいと言ってくれることがこんなにうれしいなんて知らなかった。

「それじゃ、とりあえず」と言って、横に並んだ黄瀬くんを見上げながら、彼のコートをくいっと引っ張る。

「え?」
「黄瀬くんのことも、教えてね・・・?」

恥ずかしさを押し殺し、彼の耳に届くよう呟く。すると、黄瀬くんは目を丸くしてわたしを見たかと思うとマスクを上へ上げ、くるっと方向転換をして歩き出してしまった。

慌てて追いかけ隣に並んで彼を見上げると、マスクから覗くその頬はりんごのように赤くて。それが冬の寒さのせいだけじゃなければ良いなと、そう願ってしまう。

手の中のブーケを見つめ、これからどんな毎日が待っているのかととても楽しみになったんだ―――。










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企画「Winter Magic」さまへの捧げものでした。お題はこちら(キミノヒトミ)より。
自サイトにUPするにあたり、ちょこっと手直ししました。(2013/4/7)

初黄瀬くん!わたしが書くとあざといとかゲスいとか吹っ飛んで可愛い感じに染まってしまう。
黄瀬くんは女の子に慣れてるようで慣れてないとか、たとえば付き合ってもウワベだけだったり、
心からすきって思えない、てか恋ってなに?すきってなに?みたなイメージもあったりです。

ちなみに、明後日の方を向いてごにょごにょ言ってた独り言はこんなイメージ。
「今日一日で落ちちゃいそうオレ・・・」

2013/1/3
 なつめ





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