「ねぇブン太、何か楽しい話して」 「はぁ?いきなりそんなこと言われてもなぁ」 真っ暗で長いだけの廊下を懐中電灯ひとつで歩く。俺のすぐ隣を歩いているのはテニス部マネの。 「じゃあ何でも良いから、とにかく話絶やさないで」 「・・・んなこと言われてもすぐ思いつかないっての」 「ホント何でもいいからお願い」 (ったく無理言うんじゃねーよ・・・) 話はほんの20分前に戻る。 今日はテニス部合宿1日目。死ぬほど練習したにも関わらずまだ元気の有り余る赤也が肝試しやりましょーよ!とか言い出した。もちろん、真田には秘密で。(多分今頃一人で明日の練習メニューを練っているだろう。)あ、ジャッカルもいねーけどアイツはジャンケンに負けて一人で夕飯の皿洗い。頑張れ、ジャッカル。 肝試しのルールは学校の校舎を懐中電灯1本持って一人で歩き回る、ただそんだけ。やる意味あんのかよ、とか言ってもどーせやらされるんだろうから俺は黙ってた。けど、大声を出した奴が一人。 「やだ!絶対にイヤ!死んでもイヤ!」 マネージャーであるだ。話によると、今まで一度もお化け屋敷に入ったことがないくらいの怖がりらしい。普段マネージャーの仕事をしている姿を見ていると、そんな怖がりだとはなかなか思えねぇんだけどな。だって俺らレギュラーに対して、少しも怯まずに向かってくるマネなんてぐらいだし。だけど、どーしても肝試しがやりたい赤也は絶対に譲ろうとしなかった。そしたらびっくり。あのが半べそをかき出した。これにはそこにいたメンバー全員が焦った。そして元凶である赤也の焦りようは見ててこっちがウケるくらいのもんだった。 「やだよぉ・・・絶対やだぁ・・・っ」 「えっ、あ、あの、じゃあ先輩だけここに残ります?」 「それもいやぁ・・・」 「じ、じゃあ・・・ね、えっと・・・あ、じゃ、こーしましょーよ!先輩だけトクベツ誰かと組んでもいいッスから!ね、それだったら大丈夫っしょ!」 赤也がそう言ったとたん、泣きべそをかいていたはずのは間髪いれずにこう言い放った。 「じゃあわたしブン太と組む!」 その後のメンバーの視線は痛かった。だって俺と組むといったは、俺の腕をがっちりと掴んで離さなかったから。 でもまぁが俺を選んだんだし?俺の方は、えっマジ?俺でいいの?ヤベー超嬉しいし、ってな感じでまさに有頂天だった。だってかわいーし、食いもんの話とかで気合うし(まぁちょっと気は強い方だけど)。俺の中でトクベツなポジションにいんのがってわけ。つっても、がトクベツなポジションってのは俺だけじゃねーんだけど。 「えー丸井先輩より俺の方がいいと思うんスけど」 「丸井じゃのうて俺にしときんしゃい」 「丸井くんにさんは任せられません」 「、本当に丸井で良いのか」 赤也や仁王は日頃からにちょっかい出してるからわかる。 けど、比呂士や柳までがそうだったとは・・・てか俺ってそんなに信用ねーわけ?ちっと傷ついたし。 そんなこんなで、肝試しが始まったわけだ。一応、それぞれが校舎内で遭遇しないように一人出発したら3分後に次のやつがでることになった。(くじを引いた結果、俺とは一番最後の出発になった。)一番は仁王で、余裕余裕という感じで出発してったんだけど、その際赤也になんか耳打ちして二人で笑ってた。何かやーな予感がした。 「ね、ねぇブン太」 いつもより数倍おとなしい声で、隣を歩くが口を開いた。らしくねーなぁと思いつつも、こんなでも可愛いと思えてしまうのは惚れてるからだろうか。肝だめしが始まる前に掴まれていた俺の腕は今解放されてるけど、その代わりにはしっかり俺のシャツの裾をつかんでいる。 「だから面白い話は無理だっつってんだろ」 「いや、あのさ、い、今ってどこに向かってるんだっけ・・・?」 「生物室」 そう言うと隣から「ひい」という声が聞こえた。そんな怖えとこじゃねぇっつの。 「・・・で、そ、そこで何するの?」 「んーと、地図にこう書いてあんぜ。“生物室に入って懐中電灯の光を当ててホルマリン漬けを携帯で撮れ”」 またくだんねー指示出しやがって、と思う俺の耳に飛び込んできたのは「いやあああ」という声。その声を出してる本人は本気で嫌なんだろうけど、聞いてる俺には面白くしか聞こえない。ちなみに地図っつーのはご丁寧に柳が書いた校舎見取り図のことで、そこには肝試しの順路やその場その場でしてくることが書いてある。 「大丈夫だっつの。ただ写メ撮りゃいいだけだろ?」 「だ、だだだだだだって」 そんな焦って何が出てくるかと思いきや。 「生物室って言ったら、ガイコツとか人体模型とかあるんだよ? 気持ち悪いポスターとかもいっぱいあってさ。しかもホルマリン漬けとかって、魚とか、大人になれなかったひよことかが白くなってるんでしょ・・・?そんなのに光当てるなんて、こ、怖いじゃん!罰あたるよ罰!」 勢いよくしゃべるに思わず笑ってしまった。コイツ人にしゃべろとか言っておきながら自分でこんなにしゃべれんじゃん。 「まぁでも、真っ暗な中ひとりで廊下に待ってんのやだろ?」 辿り着いた生物室の扉を開きながら言うと、は不安げな顔をしながらも俺の後ろをついて来た。 「なー、ホルマリン漬けってどこだっけ?」 「え・・・え、えっとねぇ確か黒板の隣あたりの棚じゃない・・・っけ」 真っ暗な生物室。そんな中で頼りになるのは懐中電灯の明かりというより、自分の頭に記憶されてる生物室の情報だ。は俺の着ているTシャツの裾を握り締めたまま、おそるおそるついてきている。に言われたあたりに懐中電灯の明かりを向けてみると、それらしいものがぼんやりと浮かびあがった。多分あれだ。俺は見つけた目的物を目指して足早に進む。そこまでの間に机とかがあったけど、だいたいの感覚でぶつからずにそのホルマリン漬けの前までやってこれた。が、俺がそこに着いたときには、俺のシャツを握り締めてたヤツがいなくて。しまった、暗がりに置いてきちまったと思った瞬間に少し離れたところから「ぶんた・・・?」というなんとも情けない声が聞こえてきた。 その声を聞いた時、俺の頭の中の片隅で悪魔が囁いた。 (――懐中電灯を消してみたらどうなる?) この言葉に耳を傾けてはいけなかった。なのに俺はその言葉が浮かんだと同時に持っていた懐中電灯のスイッチを押していた。悪魔の囁きの後にくるはずだったろう天使の言葉を待つことなく。もしかすると俺はただの怖がる姿を見たかっただけなのかもしれないけれど。 (さて、俺を呼ぶか、それとも騒ぎ出すか・・・) 完全に真っ暗になった生物室。しかし、その暗闇の中で返ってきた反応は俺が予想していたものとは違っていた。俺の耳に聞こえてきたのは何かが落ちる音。の声は全く聞こえてこない。俺はひやっとしてふたたび懐中電灯の灯かりをつけ、その音がしたほうに光をむけた。けれどを見つけることができなくて、俺はその場から足を踏み出す。2、3度机にぶつかったけど、そんなのどうでもよかった。 音がしたと思われるところで、床に小さな灯かりを見つける。懐中電灯を向けてみるとそれはケータイ画面からのもので、落とした衝撃で折りたたみ式の電話が開いてしまったようだった。 そしてそのすぐ側に、縮こまって動かない人影。顔を隠しているけど、だ。 俺は彼女の名前を呼んでその小さくうずくまる体に駆け寄り、懐中電灯を投げ捨てその体を抱きしめた。 その時、俺の足が懐中電灯にぶつかり、暗い中一筋の明かりが弧を描いた。 生物室を出て、4Fから3Fに向かって歩く。は俺の隣でまだ鼻をすすっていて、二人の間に会話はない。 (・・・悪いこと、したよな・・・) 悪かった、そう言って生物室でを抱きしめたとき、その体が小刻みに震えているのが伝わってきて、ああ俺なんてつまんねぇことしたんだろって、一瞬で後悔した。よく考えたら、ああなることだって予想できたはずだ。あんなにこわがってたのに。 (――すきな奴を泣かせる、そんなこと俺は絶対しねえって思ってたのに) それなのに、実際はこのザマだ。こんなの、すきな子をいじめることでしか愛情表現できないガキと一緒だ。 (・・・だけど、俺は) 自分のしてしまったことに対して謝れないほどガキじゃない。だからと言って、大人のような―とりあえず謝っておけというような―建前だけの言葉で謝るわけでもない。ちゃんと、謝れる。いや、謝らなければならない、と思う。 そう思い、グッと両手を強く握り締める。 「、あのさ、さっきは・・・」 ゴメン、そう言おうとしたと同時に。 「・・・・・・ぶんたぁ」 弱々しいの声。うつむいているから表情はわからなかったけど、まだ少し涙声で。その声に俺の胸が痛んだ。 「ん?ど、どした?」 「もう、」 「うん?」 「もう、おいてかないでね?」 そう言っては自分の着ているジャージをぎゅっと握り締め、俺を見上げてきた。その顔は本当に不安げで。でもその姿が俺にはどうしようもなく愛しくて、そして守ってやりたいと思った。捨てられて不安いっぱいな子犬のような瞳。いつものマネージャーとしての明るくてはっきりとしたとは正反対な姿。 そうだ、は最初から肝試しのパートナーとして俺を選んでくれたのに。 他の誰でもなく俺を選んで、頼りにしてくれてたのに。 それなのに俺はを裏切って怖い思いをさせてしまった。 それがたとえ一瞬でも、してはいけないことだったのに。 俺はそっとに近寄り、ジャージをきつく握り締めている彼女の左手に自分の右手を重ねた。ぴくっと華奢な肩が動いたと同時に、俺はぐいとその腕を引いて体ごと引き寄せる。抱き締めたその体は、夏の暑さのせいか、それとも泣いたせいかはわからないけれど、あったかくて。その熱が何故か俺をすごく安心させた。 「ぶ、ぶんた・・・?あの、えっと・・・」 俺の腕の中で戸惑い、身じろぐ。けれど彼女の耳元で「ごめん」とつぶやくと、彼女は俺の顔をのぞきこんできて。 両手が伸びてきたかと思うと、その手は俺の頬をつねった。 「なさけない顔」 「・・・・・・」 「そんな顔するくらいなら、あんなことしないでよ・・・」 「・・・悪ぃ」 「ほんとに悪かったって思ってる?」 「思ってる」 「ほんとのほんと?」 「ホントだっての」 「ほんとのほんとのほんとに?」 「ったくしつけーな、だからホントに・・・!」 「あ、やっといつものブン太にもどった」 そう言って俺の腕の中、笑顔になった彼女は言う。 「なさけない顔もわるくないけど、やっぱりわたしはいつもの自信満々なブン太がすきだなあ」 目の前で「えへへ」と照れたように笑う彼女。 もうどうしようもなく俺の体温は一気に上がって。 胸に込み上げてくる何かを言葉に出来なくて、俺はその分彼女を抱き締める腕に力を入れた。 俺から離れないように。絶対に離さないように。 「くるしいよブン太」 「ワリ、もうちっとだけ、このままでいさして」 そう俺が言うと「バカぶんた」と笑って、は俺の背中に腕をまわした。 そのまま俺の胸にそっと顔をうずめたその姿に、俺は決心する。 どんな言葉も、どんなキミも、必ず受けとめてみせるよ。 追い風が吹いても、向かい風が吹いても、 たとえ風がなくなっても、手を繋いで一緒に歩いていこう。 もしもキミが不安なときは一緒にその海へと飛び込むから。 だからお願い、ずっと隣で笑ってて。 その笑顔、ずっと守ってみせるから。 地図のないこれからの未来も、ずっと。 |
Lai-Lai-Lai
------------------------------------------------------------ おまけ。 ブン太とがお互いの気持ちを通わせたころ、校舎内音楽室の片隅に2つの人影が。 「仁王せんぱーい、丸井先輩たち来ないっすねぇ」 「そうじゃのぅ・・・」 シンバルを持ちながらあくびをする赤也と、トライアングルを目の前にぶらつかせる仁王。 ぴったりと寄りそって座る二人を慰めるかのように、仁王の鳴らしたトライアングルがチーンと虚しく響いた。 --- UP 2005/10/23 TOUCH IN 2006/3/21 なつめ Powered by NINJA TOOLS
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