「寒いねー」 「そうですね」 「お参り終わったらおしるこ飲みたいね」 そう言ってわたしはかじかむ指先にハアッと息をかける。緑間くんとお参りに並び始めてから20分が経過しようとしていた。ここまでくるとポケットに入れ耐え忍んでいた手も、さすがに冷える。しかし、鳥居はまだ50mくらい先で先が長いことは容易に想像できた。 ふと、視線を感じて緑間くんの方を向く。 「手袋、ないんですか?」 緑間くんはわたしの指先をじっと見つめて言う。そんな緑間くんの手には、この間のクリスマスにわたしがプレゼントした茶色の手袋がはめられていた。自分で選んだものだが、本当によく似合っていると思う。 「忘れちゃった。ドジだよね、並ぶのわかってたのに」 そう言って笑うと、緑間くんは徐に左手の手袋を取り、わたしに差し出した。受け取っていいのかわからずその手袋を見つめると、次の瞬間、後ろから左腕を軽く持ち上げられる。そうして腕が解放された時には、わたしの左手にぶかぶかの手袋がはめられていた。緑間くんの大きな手を包んでいたそれは、彼の体温が残っていて温かかった。 「ありがと、」 「う」を言い終わらないうちに、今度は右手を取られる。そうしてきゅっとやさしく握りこまれた。驚いて彼の方を見上げると、緑間くんは正面を向いたまま、右手でくいっと眼鏡を上げて言った。 「右手は、これで」 眼鏡を上げるのは彼が照れている時の仕草だった。繋がれた手から伝わってくる熱は左手の手袋のそれよりも何倍も温かくて、じんわりと心まで浸みてくるようだった。 「あったかい。ありがとう」 改めてそう告げると、彼はわたしの方を向いて安心したような笑みを浮かべた。その表情に胸が高鳴る。そうしてわたしはまた彼のことがすきになる。 緑間くんは、わたしがマネージャーを務める男子バスケ部に所属するひとつ年下の後輩だ。しかし、実際はわたしなんかよりもずっと大人っぽい。見た目も中身も、全部。身長なんて30cmの物差し一つじゃ足りないくらいの差で、手だって今もわたしの小さい手をすっぽり覆ってしまっている。 そんな彼と付き合いはじめて三ヶ月が経った。きっかけは緑間くんからの告白だった。何の前触れもなく「すきです」と告げられて驚いた反面、その時の仕草――あの照れを隠すように眼鏡をくいっとあげた仕草――では隠しきれない頬の紅潮が、いつもの大人っぽい緑間くんと違っていて新鮮だった。そして、そんな顔をわたしにだけ見せてくれたことが純粋にうれしかった。ああ、これからもきっと大切に思ってくれるんだろうなって、そう思えたから。 「こうしてるだけなのに、安心するなぁ」 新年にふたり並んで、手を繋いでいる。寒い中ずっと立っているだけで、取り立てて面白いことなんてない。周りでは同じように並んでいた子どもたちがダダをこねはじめ、「あとちょっとだから」と親たちが必死に子どもを宥めている。だけど、そんな何気ない今が――緑間くんと過ごせる時間がわたしにとってはうれしかったし、何より心が安らいだ。 そんなわたしの言葉を聞いてか、緑間くんは少し驚いた顔をしてわたしを見つめた。その口は何かを言おうとして少し開かれたものの、そのまま閉じられてしまう。こういうことはよくあることだった。きっと頭の良い緑間くんのことだ、彼なりにいろいろ考えてのことなのだろう。けれど、やっぱり少し寂しかった。今だって手を繋いでいるし、言葉がすべてではないのはわかっている。ただ、自分が緑間くんのことをどんどんすきになっていく分、彼の気持ちも知りたいと思ってしまうのだ。 「・・・聞きたいな」 少しの勇気を振り絞る。小さく呟いた声は彼に届いたようで、彼は再びわたしの方を向いた。 「いま、言おうとしたこと」 強制だけはしたくなくて、笑って、そう伝えた。 すると次の瞬間、緑間くんの目が少し切なげに細められた。 「すみません」 「え?」 「そんな顔をさせるつもりは・・・」 そう言われて、自分が上手く笑えていなかったことに気付かされる。 そして、自分は一体何をしているのだろうと思った。新しい年のはじめに、彼を困らせて。 「ごめん!ごめんね、変なこと言って。忘れて?ほら、あとちょっとでお参りできるし、」 慌ててそう言うと、繋がれていた手にぎゅっと力が込められた。強い力に、思わず言葉が止まる。 見上げた緑間くんは、真剣な表情でわたしを真っ直ぐに見ていた。バスケをしている時のような真剣な目だった。 「同じことを思っていました」 「え?」 「・・・オレも安心します。先輩といると」 低い、わたしのだいすきな声で、静かに、丁寧に紡がれる。 「ずっと一緒にいたいと、そう思います」 「・・・っ」 「今からそうお願いしますが、良いですか?」 その言葉はいともたやすくわたしの中に入り込み、小さな不安や寂しさを掻き消した。いつだって真剣な緑間くんはわたしにだって真っ直ぐでいてくれている。思わず涙腺が緩んだ。 「もちろんだよ。わたしもそうお願いしていい?」 うっすらと溜まる涙をそのままに、わたしは尋ねた。歪む視界の中で緑間くんがフッと優しく笑ったかと思うと、繋いでいた手をぐいと引かれる。気付いた時には彼の腕の中だった。抱きしめられる、というよりはすっぽり包まれたといった方が的確かもしれない。彼はわたしの耳元に唇を寄せ、「もう叶ったようなものですね」と言う。 「ちょっ、ひと、ひとが見てるよ・・・!」 「寒いので」 「わたし、湯たんぽ?」 「湯たんぽじゃこんなに温かくなりませんよ」 いつもより大胆で饒舌な緑間くんにわたしの心臓はバクバクしっぱなしで。 そんなわたしに気付いてか気付かないでか、緑間くんはまた耳元に唇を寄せてくる。 そうして次に囁かれた二回目の「すきです」は、 大袈裟かもしれないけど永遠の誓いにも思えたんだ―― やさしさのかたち --------------------------------------------------------------- そうして1時間半かけて、元日参りをした後のふたり。 「緑間くん、今年の目標決めない?二人の目標」 「二人の目標・・・ですか?」 「うん。それで絶対達成させようよ」 「それでは、名前で」 「え?名前?名前がどうしたの?」 「名前で呼ぶというのにしましょう」 「・・・えっ?!」 「オレのことは名前で呼んでください」 「・・・えっと、うんと、」 「まさかオレの名前を知らないとは言わせませんよ?」 「・・・し、しんたろう、くん・・・」 「はい、なんでしょう?さん」 「!!」 顔を真っ赤にするとニコニコ上機嫌の緑間くんでした。 真ちゃんは真ちゃんで後輩パワーうまく使ってるといいなと思います。 新年一発目にまさかの真ちゃんを執筆し、その後小田さん(@Muscari)と 先輩後輩関係いいよね!キャピキャピ!という会話をした結果、 真ちゃんを後輩にして書き直しました。まだまだ未熟なので口調等違和感アリですが。。 また書けたらいいなぁと思います(´▽`)真ちゃんすき! 2013/1/1→2013/5/27修正 なつめ close |