いつも俺のそばにいる。気がつけばいつも。
その子は俺の一番仲のいい女の子で。
そして何よりいちばん大切な、女の子。





俺には仲のいい女の子がいる。でも付き合ってるワケではない。
付き合いが長すぎて、一緒にいるのが当たり前になっていた。

つまり、つまりだ。俺がその子に恋愛感情を抱いていると気付いたのも、つい最近なワケで。
高校生になって、彼女が意外に男子に人気だと言うことを知って焦ったのが事の始まり。
誰にもとられたくない、ずっと俺の隣にいてほしいって、そう思ってる自分に気がついた。

だけど、これが恋と自覚してからというもの、正直俺は彼女にどう接していいかわかんなくなっちまった。
今までなんであんな普通に話せていたのか、わからない。
告白しちまえばいいのか、とも考える。
考える、けど、タイミングがわかんねえ。ずっと友達をしてきた。この関係が当たり前になっちまった。
好き、というひとこと。そのたったひとことが、言えない。
これを言ったことで、万が一、後悔するような結果になったら。
今の関係が崩れちまったら。
・・・そうなるくらいなら、伝えない方がいいんじゃねえかと、そう思う。
自分でも有り得ないくらい弱気なのはわかってる。
もしこれが試合だったら、試合前にとっくに負けてるよな。
でも、俺にはそれぐらいデカくて、大切な存在なんだ。



今日はたまの休日。
窓から見える空は雲ひとつない、気持ち良いくらいの秋晴れ。
どこかで遊んでいるのか、外から子どもたちの声が聞こえてくる。
そんな元気な子どもとは反対に、俺は自分の部屋でごろごろしていた。
ベッドの上に寝転がってみたり、雑誌を読んでみたり、ゲームをしてみたり。
どれも長続きしなくて、なにすっかな、と思った瞬間、携帯が鳴った。
俺は待っていましたとばかりに携帯を取り、でも一息おいてから通話ボタンを押す。
携帯から聞こえてきたのは、聞き慣れた声。

「もしもーしブン太くんですかー」
「お前、携帯にかけといて本人じゃないわけねーだろ」
「お、元気そうでなにより!それよりいま家にいる?そっち行っていいー?」
「いいけど、何か持ってこいよ」
「はいはーい、りょーかーい」

そう言ってすぐに電話は切れた。
これだけなのに頬が緩んでしまうなんて、俺は結構重症なのかもしれない。

俺とは幼稚園からの付き合いで、家も近い。
そのせいあってか、昔は暇さえあれば毎日のように遊んでいた。
中学に入って俺が部活で忙しくなってからは、互いの家を行き来することもあんまりなくなったけど。
それでも、高校生になった今でも俺たちの関係は昔から何も変わっていない、と思う。
今日のように、まれにある休みの日にがうちへ来る確率は高い。
曰く、テニス部の予定は全て押さえている!らしい。どうやって調べてんのかはわかんねえけど。
だから部活が休みの日、俺はなるべく家にいるようにしている。
俺の大好きなから電話がかかってくるから。


しばらくしてピンポーンとチャイムが鳴る。
そしてすぐにガチャと玄関のドアの開く音がして、それと同時に聞こえてくるのは「おじゃましまーす」の声。
ドタドタと二階へかけ上がって来る昔と変わらない足音に、いつも笑ってしまう。
俺の家では、はもう顔パスならぬ声パスで通る。ま、今日は家に誰もいないから関係ねえけど。

「ブン太ーおじゃましてるよー」
「おう」

俺の部屋のドアを開けたは鼻の頭と頬をピンク色に染めていて。
それだけなのにかわいいと思ってしまった。
今すぐ抱き締めたい衝動に駆られたけど、必死でそれを抑える。だめだ、我慢しろ俺。
気を紛らわせるため、俺はとりあえずその辺にあった雑誌をぱらぱらとめくりながら口を開く。

「外、寒い?」
「うん、まあ結構冷えてるんじゃないかなー」

は上に着ていた黒いジャケットを脱いで、床に座った。

「ま、コンビニから走ってきたから、今は暑いけどね」
「そんな急がなくても、俺は逃げないっつの」
「いいじゃん、最近ブン太に会ってなかったから早く来たかったんだもん」

そんなの一言に俺の思考が一瞬ストップする。
不意打ちだ、さっくりそんなこと言いやがって。かわいいっつの。
俺は「ふーん」と、さも無関心そうに返事をし、雑誌をめくってそれをごまかす。
それが最近の精一杯。動揺した時は、あくまで自然に、努めて今までのノリで返す。
多分は純粋に思ったことを口にしているだけなんだから。
きっと意識してんのは俺の方。だからばれないように雑誌とにらめっこ。
そんな俺の心中も知らないであろうは、俺の向かいで買ってきたコンビニの袋の中身をガサゴソとあさっている。

「はい、えーっと・・・これが・・・なんだろう?あんまん?」
「いや、なんで俺に聞くんだよ」
「だって下の紙に何も書いてないんだもん。ブン太ならにおいでわかる!」
「いやさすがの俺でもそこまではわかんねって」

ま、違ったら交換すればいいんだし、なんては勝手に話を進めてもう片方(多分あんまんじゃないやつ)を頬張った。

「やったーこれ肉まんだよ!」
「おーよかったな」
「ねーでもやっぱあんまんも食べたい」
「ったく、わかったよ。じゃ、半分こな?」
「うん!」

そう言って結局半分こになったあんまんと肉まんを、ふたりで仲良く食べる。
嬉しそうにあんまんを頬張るをみて、自然と俺の頬も緩んだ。
けど、慌てていつもの顔に戻す。顔だけ。気持ちは最高。
別に特別なことをしているわけじゃない。
けど、最高に幸せな気分。

すると、が神妙な顔つきで口を開いた。

「ね、ブン太はさ、彼女とか作らないの?」
「は?」
「だって、もてまくりじゃん!テニス始めてからなんて特に」
「んー・・・まぁ別に作りたくないってわけじゃねえんだけど・・・」
「じゃあ好きな子とかいるんだ?」

は興味津々と言った目で俺の顔を見た。
けれどそんなの心境とは反対に、俺は内心動揺しまくりだった。
今までこんな話をしたことがなかったからその唐突な質問にどう答えていいかわかんなかったし、
それに俺の好きなやつは、今、目の前にいる。

下手に言葉を発してしまうと、俺の気持ちがバレてしまうと思った。
それだけはどうしても避けたかった。まだ、には知られたくない。
が俺のことを男として意識していないうちには言いたくない。
雰囲気に流されて、この居心地のいい空間をなくしたくない。
そう思って、俺はまた床に置きっぱなしになっていた雑誌に手を伸ばして言った。

「つーかさ、別にいいだろ、何だって」
「よくない」

間髪入れず返してきたの声が若干震えているのに気付き、驚いて顔を上げる。

「よくない。いいわけないよ」
「どうしたんだよ」
「だっておかしいもん。最近のブン太。前と違う。どうして?」
「俺はいつもとおんなじだって」
「ちがう。ちがうもん、わたしにはわかるもん。ねえブン太、好きな子できたんでしょ?ね、そうなんでしょ?」
「どうしたんだよ、お前の方がおかしいっての。いきなり、何・・・」
「だから、だからわたしがこうやって来るの迷惑なんでしょ?」
「ちょっ・・・落ち着けって、」
「やだ、わたしブン太とこうやっていられなくなるのやだよぉ・・・」

そう言っては俺の腕をぎゅっとつかんだ。目に涙がたまっていて、今にもこぼれそうだった。
そんなをみて、ああ俺とおんなじ気持ちのやつがいたんだってわかって、不謹慎にも笑みがこぼれてしまった。
そんな俺の顔を見てか、ついにの目からボロッと涙がこぼれ落ちた。

「なんでわらうのぉ・・・」

俺の腕をつかんでいた手を離して、ぼろぼろと流れる涙をぬぐう姿。
こんなに顔をぐちゃぐちゃにして泣くなんて、幼稚園以来じゃないだろうか。
夏も終わりかけた日、行き慣れない広い公園で2人でかくれんぼをして、鬼になったは俺を探して迷子になってしまった。
辺りが暗くなった頃に、やっと見つけたはホントにもう大泣きで。
家に着くまで、ずっと手を握って歩いた。

けれど今、俺を思って泣いているその姿が、たまんなく愛しくて。

「ばっかだなあ、俺たち」

そう言って俺はの体をぎゅっと抱き締めた。

「ぶ、んた・・・?」
「俺さ、好きな子いるよ」

俺の言葉に、の体がぴくっと動いた。
けど、俺はを抱き締めたまま、続ける。

「なんかずっと一緒にいたからさ、それが当たり前になってて。これが恋だなんて気付かなかったんだ」

抱き締めていた腕をゆるめて、の顔を見る。

「俺が好きなのはさ、お前だよ、

そう言うと、またの目からぼろっと涙がこぼれて。
わたしも、と、そう言った彼女の赤い唇に引き寄せられるように、俺はゆっくりと自分の唇を重ねた。

「・・・ふふ、これってにかいめ?」
「だな、二回目」





『ぶんたくん、ごめんね』
『ん?』
『かくれんぼ、できなくてごめん』
『いーじゃん、ぼくがおにになっただけだよ』
『あたしのこと、きらいになった?』
『ならないよ』
『ほんと?』
『じゃあちゃんおめめつぶって?』
『どうして?』
『おれ、いいおまじないしってるんだ』
『なんのおまじない?』
ちゃんのこと、ずっとすきだよっておまじない』
『うん、わかった。おめめつぶるね。わたしもぶんたくんのことずっとすきだよ』





そんな幼い日の、約束。










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2006/10/01 なつめ



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