人は見た目やなんとなくの印象で相手を判断しがちだ。
オレが何でも上手くやれるように見えるって?
ホント参っちゃうよな、とんだイメージ違いだっつの。





近隣の街灯がまだその存在を発揮し始める前の時間帯。部活が終わって真ちゃんより一足先に自転車置き場へ向かったオレは、そこで見慣れた人物の後ろ姿を見つけた。歩調を限りなく緩め、誰にも気付かれないくらいの小さな深呼吸をする。そして、少しの距離を保ったところでその背中へ声をかけた。

「おっつかれー」

オレの呼びかけに、自転車のカゴに荷物を入れていた女の子――はキョロキョロと辺りを見回し、くるりと振り返った。そして次の瞬間、見事にオレと目が合いその目を丸くする。そのまま固まるに向かってオレは口端をきゅっと上げ、「よっ」と軽く右手を上げてみせた。

「た、高尾くん」
「ワリ、驚かした?」
「ちょっとね。まさか高尾くんに声をかけられるなんて思ってなくて」
「はは、まぁそーだよな、普段あんま話す機会ないもんなー」

なんて言いながら、”ホントはもっと話したいんだけど”と口から出かける。しかし、その言葉はお互いろくに目も合わせられない状況によってオレの喉元奥に消えて行った。

このどことなくぎこちない雰囲気の理由は、先の通り普段話す機会がないから。・・・同じクラスなのに。
席が近くなったことがない。グループもいつも違う。委員も違うし、互いの友達も被っていない。この社交的なオレが――真ちゃんの相棒をやっているこのオレが――それくらいで話しかけられないとかあんのかよって自分でも思うけど、実際そうだから情けなくて笑える。

そしてそんな情けない理由は至ってシンプルだ。気になっているから。のことが。いつからかは覚えてない。気付いたら目で追っていた。は取り立てて目立つタイプではないけど、今時珍しく動作や言葉遣いがキレイで何より笑った顔が可愛かった。
バレないように遠くから見るという、一般的な高尾和成のイメージとは程遠い毎日を送り、結果この恋は停滞している。マジでどこ行ったオレの社交性。今だって実は平静を装っているだけで、心臓は痛いくらいにドキドキしていたり、する。

「部活終わったトコ?」
「うん。高尾くんも?」
「そうそう。エース様が来る前にリヤカー点検すっかなって」
「いつも御苦労さまだね」

さすがに校内(というか学校近辺)で有名なリヤカーのことはも知っていたようで、彼女はリヤカーの置いてある方を見ながら感心したように言った。そこでオレはふと、の手元の荷物が多いことに気付く。カゴの中の通学バッグの他に中くらいの紙袋が2つ、カゴに入り切らないのかとりあえずサドルの上に置かれている。

「つか、今日なんか持って帰るモンあったっけ?」
「え?」
「その荷物」

オレの視線の先が手元の紙袋と気付いたは、「えーっとこれは、」と言葉を濁した。その様子にオレが首を傾げると、丁度そのタイミングで背後から声をかけられる。

「あれー高尾とじゃん。なに、待ち合わせ?」

振り返ると、の親友のがこっちへ向かって歩いてきていた。

ちゃんっ・・・ち、違うって高尾くんとは偶然、」
「へーそうなの?あ、高尾知ってた?今日この子誕生日」
「へ?」
「ちょ、ちょっと、ちゃん!」

思わず間抜けな声が出た。慌てて遮るの声は遠く、頭の中で反芻されるのはの台詞だった。

(たんじょうび・・・たんじょうび・・・誕生日?!)

そうしてオレは一気に悟る。あの紙袋の正体が誕生日プレゼントだと。

「・・・ょっと!ちょっと!高尾、聞いてる?」
「あ、ええと・・・ワリ。なんだっけ?」

オレの腑抜けた返事に、いつの間にかオレとの間に立っていたがあからさまなため息をついた。

「アンタ何固まってんの?あ、もしかして誕生日知らなかったことにショック受けてるとか?」
「あー・・・っと、」

そのとおり!なんて、さすがにここで言える程の神経は持ち合わせていない。
ちらりとの様子をうかがうと、どことなく困惑しているような表情だった。

(なんか・・・なんかねぇかな・・・)

神頼み的な感じでポケットをごそごそ漁ってみる。
しかしながら当然の如くろくなモンは入っていないわけで。・・・ここは潔く。

「あー、マジごめん。なんかって思ったのに何もねーや」
「えっ!い、いいよいいよ全然!そんな・・・というか突然プレゼントが出てきてもびっくりするし、さ」

気遣って言ってくれたであろうの言葉が、思いの他グサッとくる。ちくしょう、全然よくねーっつの!の誕生日だってわかってたら何か用意したのにさ、マジこのチャンス逃してどうすんのオレ、アホじゃん、と心の中で突っ込む。

「とりあえず、おめでとうな」

落胆しながらも笑顔をつくって伝えると、は「うん、ありがとう」と少し照れたように笑った。その表情に、きっとプレゼントを渡していたら違う表情も見れてたんだろなって思って、やっぱりくやしくなる。

「「あ」」

すると突然、何かに気付いた表情でが同時に声を発した。その視線を辿って振り向くと、少し先から真ちゃんが歩いてくるのが見えた。いつものように左肩にバッグを提げ、無表情で近づいてくる。そしていつものようにオレを通り過ぎてリヤカーにどかっと座る・・・と思いきや、何故か真ちゃんはオレの目の前でピタッと立ち止まった。

「し、真ちゃん・・・?リヤカーの準備バッチリよ?」

長身の真ちゃんにじっと見下ろされることはよくあるが、今日の雰囲気はいつもとちょっと違う気がした。理由はわからない。ただ、さすがのオレもこのタイミングで登場した無言の真ちゃんに困惑した。そんなオレに気付いてか気付かないでか、真ちゃんはそのキレイにテーピングされた指で眼鏡をくいっと上げながら口を開いた。

「高尾、用事を思い出したのだよ」
「用事?どっか行くんなら乗せてくぜ?」
「いや、いい」
「・・・?」
「明日の朝も迎えに来なくていい」
「へっ?ど、どったの真ちゃん・・・」
「そういうことだ」
「えっ、ちょ、ちょい待って真ちゃん!」

踵を返した真ちゃんを追いかけ、その腕をガッと掴む。再びオレを視界に入れた真ちゃんの眉間には皺が寄っていた。

「何だ」
「何だって、オレなんか悪いことしちゃった?」

そう尋ねると、真ちゃんはハァと呆れたように大きなため息を吐いた。

「何故そうなる」
「や、だって明日来なくていいって・・・」
「リヤカーを置いて帰るのだから当然だろう」
「・・・は?」
「オレは行ったことがないが、学校を出て右に行ったところにあるパンケーキ屋が美味しいらしい」
「え?ぱ、パンケーキ?・・・し、真ちゃん何言って」
「待たせるのは良くないのだよ、高尾」

ひとしきり言い終えたのか、真ちゃんはチラとたちの方へ視線をやったかと思うと、そのままくるりと方向を変えてスタスタと歩いて帰ってしまった。謎な発言たちだけを残して。

「意外だな」

真ちゃんの背中をぼけっと見送っていると、すぐ後ろから声がして飛び上がる。勢いよく振り向くと、が腕組みをして立っていた。

「え?意外?は・・・?」
「緑間もこういう気が遣えるのか」
「こういう気・・・?って、え?!まさか、」

その言葉でようやく気付く。えっ、あの恋愛に興味のなさそうな真ちゃんが、オレの気持ちに気付いてた・・・?つかこの発言だとも気付いてるよなー・・・と横目でを見ると、バカかとでも言っているような目つきをされた。予想外の展開の応酬に、体中の血液がハイスピードで顔に上ってきている気がする。燃えるように顔が熱い。

「高尾って」
「・・・なんだよ」
「普段周りのことよく見て気付く割に、自分のこと・・・恋愛となるとてんでダメなヤツだったワケね」
「・・・そんなわかりやすかった?」
「や、まぁわたしはといる事が多いからかもしれないけど、緑間はカンペキ予想外だったわ。でもまぁ普段あれだけ一緒にいればさすがに・・・」
「わーーーもういいストップストーップ!」

オレは思わず片手で顔を抑える。気付かれてないと思ってたことが気付かれてたなんて、しかもそれが恋心って・・・真ちゃんにって・・・恥ずかしいことこの上ない。

「別にアンタのこといじりたいワケじゃないから安心してよ。多分あの子はアンタの気持ちに気付いてないと思うし」

そう言われての方を見ると、彼女は自分の自転車のところからぽつんとこっちを見ていた。

「ほら、待ってるから行ってあげて?」
「おう・・・サンキュ」
「礼には及びません。じゃ、わたし帰るね。後はヨロシク」

はオレの腕をポンポンと軽く叩いてから、へ声を掛けに行った。二人の間で「じゃあね」という声が交わされたのを合図に、オレはくるりと振り返る。去り際のと目が合いオレが頷いて見せると、もニッと笑って頷いた。

そうしてこの場にはオレとだけになる。オレはに視線を合わせる。真っ直ぐに彼女を見つめたまま、数メートルの距離を一歩一歩詰めて行く。緊張した面持ちでオレを見るは、オレが目の前で止まるとピッと姿勢を正した。視線は交わったまま。の瞳は、緊張からか戸惑いからか揺れていた。オレは無意識に握りこんでいた手に汗が滲んでいくのがわかった。

「・・・あのさ、」
「うん」
「これから、時間ある?」
「え?こ、これから?」
「そ。ちょこっとだけ、寄り道してかね?」

意を決して言った。やけに煩い心臓を感じながらの反応を待つと、みるみるうちにの顔が赤くなる。無意識なのか口もきゅっと結ばれていて、その見たことのない表情にオレはうっかり手を伸ばしてしまいそうになり、その衝動を何とか押しとどめようと腕に力を入れた。やばい、マジ抱きしめたいくらい可愛いんだけど・・・!

「やっぱダメ、かな?」
「えっ、う、ううん・・・!ぜひ!ぜひ、お願いします!」

そう言っては勢いよく頭を下げた。瞬間、サドルの上で休ませていた紙袋が落ちる。
「あっ!」と二人してしゃがみ込み、図らずも一緒になった目線に、笑いがこぼれた。

「ごめんね、うれしくって、つい・・・」
「え?い、今なんて?」

聞こえてきた言葉がだいぶ自分に都合の良い言葉で、思わず聞き返してしまった。すると、は頬を赤らめながらもごもごと口を開いた。

「実はわたし、高尾くんに憧れてて、その・・・」
「ちょっ、ちょっとストーップ!」

オレは手で止めるジェスチャーをした。
ピタッと言葉を止めたが不思議そうな顔でオレを見つめる。

「や、ごめん、マジうれしいんだけど、うれしすぎて心臓もたねーから、ちょっと一旦どっか行かね?」

恥ずかしさから口元に手を当ててそう言うと、目の前のは一瞬目を丸くして――次の瞬間、「うん」と頷いた。紅潮した頬と、オレがこれまでに見たことのないとびっきりの笑顔で。





それから二人でリヤカー置き場へ行き、オレはリヤカーとチャリを結びつけていた紐を解いた。
単品になったチャリを見て、「分裂するんだ!すごいね!」と、は目を丸くする。

「ははっ、そんなすげーこと?」
「うん。すごい。歴史的瞬間」
「大袈裟じゃね?」
「えーそうかなぁ」

そんな会話で笑い合う。傍からしたらきっとくだらない会話だろう。
でもくだらないことが楽しい、幸せだって感じるのが多分恋に違いない、と思う。

「んじゃ、行きますか!」
「うん!・・・あ、どこ行くの?」
「ん?着いてからのお楽しみってコトで。真ちゃんに教えてもらったんだよね」
「緑間くんに?それは興味深いね、楽しみ!」

チャリを引いて歩き出す。当たり前のように隣に並んで。
目指すはモチロン、真ちゃんが教えてくれたパンケーキ屋。



「今度リヤカーに乗せてくれる?」そう冗談交じりで笑うキミに、
「ダーメ、次はここっしょ?」と、オレは希望を込めてチャリの後ろを軽く叩いた。










キミだけの特等席

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鈍感でない真ちゃん、良いと思うんです。
真ちゃんと高尾はバスケだけでなくプライベートも相棒(絶対)

書いているうちにそんな部分をしっかり書きたくなって、
すっかり主人公が消えた感じになってしまいすみません。。
登場少なくなってしまった。。。
当初は交流のあるあの方の誕生日プレゼントに!と思って書き始めたのに、
プレゼントとは言い難い品になってしまいました。。。すみません!
しかも四ヶ月遅れ?もはや遅れのレベルではない・・・orz

ところでチャリアカーって行きも帰りもじゃんけんするのかな?
一日ごとみたいな設定にしてしまいました(てへ)。

2013/5/12 なつめ








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