「あれ?どーしたの口の端」
「コレっスか?これ、ちょっと前の練習の時ボール当たって切っちゃって」

指で口の端を触りながら赤也は言った。
今はテスト期間の放課後。場所は赤也のクラス。
他のクラスでは残って勉強している人もいるのに、赤也のクラスは誰も残っていなかった。
だから人目も気にせずこうして一緒に勉強しているんだけど、どちらかと言うとわたしは自分の勉強より赤也の勉強をみている気がする。
まぁ赤也の『一緒に勉強しません?』というメールが『勉強教えてくれません?』という意味なのはもうわかっているけれど。

「うわーなんか痛そう・・・」
「もうカサブタだから痛くないっスよ。たまにピキンって張るときはありますけど」

「ま、なんてことないんで」そう言ってから「あ、先輩ここもわかんない」と赤也は問題をシャーペンでさした。
わたしはその問題の説明をノートに書き足していく。
ちらと視線を横に向けると、うんうんと頷きながら赤也は真剣にノートを見ていた。
その口元が目に入る。痛くないと言われても、その傷はどこか痛々しく見えた。

「・・・となるんだけど、わかった?」

一通り説明を書き加えてそう言うと、赤也は顔を上げて軽く眉間に皺を寄せた。

「ここ。ここがイマイチ。なんでこうなるんスか?」
「えーとだからここは、こういう風に・・・」

もう一度説明し始めると、ノートを覗き込もうと赤也がぐっと顔を近づけてきた。
その拍子にふっと小さく風が起こる。
視界に赤也のくせっ毛が入る。

(・・・あ、れ・・・?)

急に、心臓がドクドクと波打ち出す。

(・・・あれ・・・?・・・なんかちょっと・・・なに、これ・・・)

何故か急に赤也の存在を意識してしまって。

(普段特別意識なんて、何も・・・全然してないのに、なん・・・)

ノートの上を走らせていたペンが止まる。

先輩?」

近距離から、きょとんとした顔で見上げられて。

カーっと体中が熱くなる。

先輩?どーしたんスか?」

赤也はわたしを覗きこみ、目の前で手をちらつかせる。

(そんなに近づいた、ら・・・)

うまく視点が合わせられない。
心臓がうるさいくらい鳴り響く。
息の仕方がわからなくなる。
頭はもう何も考えられなくなっていて。
赤也へ視線を向けたと同時に目に入ったのは、唇の端の、傷。

「‥‥っ」

ドクンッと大きく胸の奥が鳴る。

(・・・コントロール、できない・・・か、も)

突発的に左手を軽く机につき、そのままの勢いで赤也に顔を近づけた。
部活中、タオルを渡す時とかに何度か触れた事のあるくせ毛がわたしの額に触れる。
赤也の口の端に自分の唇をあてると同時に舌で傷を舐めた。赤也がピクッと反応する。
それを気にも留めず、わたしは瘡蓋になってザラザラしているそれに歯を立てないようにして、何度か舌を往復させる。
逃げられるだろう――そう思ったが、意外にも赤也は逃げなかった。
一度吸いつくようにして唇を離すと、チュと小さく音が鳴った。

顔を離しながら赤也の目を見ると、赤也の目は驚くでも怒るでもなく、ただわたしを見つめていた。
ふと目に入った赤也の口元が少し濡れていて、自分のしたことに今更ながら恥ずかしくなる。
カッと体が熱くなって身を引こうとすると、まだ赤也と充分な距離を取りきれていないまま、赤也がわたしの右腕を掴んだ。

「・・・どーしたんスか?」
「・・・・・・ごめん」
「ごめんじゃわかんねーっス」
「・・・ごめん。・・・・・・赤也に、欲情・・・し、た」

赤也の顔が見れないまま下の方に視線をそらして言うと、突然腕を引かれた。

「ちょ、あ、あか、や・・・!」
「先輩が悪いんスよ、きっちり責任とってくださいね?」

引っ張られるまま赤也の方に倒れ込む。起き上がろうとする前に背中に腕がまわされた。
頬がぴったり赤也の胸にくっつくほど、腕に力を込められ抱き締められる。

「え、えっと、あの・・・」
「ムリっス」
「な、何も言ってないじゃん!」
「どーせ“離して”とか言うんでしょ?そんなの聞けるワケないし」
「じゃあ、どうすれば、」
「どうするも何も、付き合うしかないっスよね」
「え!」
「(え!て自分から仕掛けておいてこの人は・・・)んで、俺も欲情しちゃったことだし」
「え・・・・・・!(食われる・・・!)」
「(そんな驚かなくても)まぁでもここ教室なんスよね。とりあえず先輩、上向いて?」
「え?」

上を向くとほぼ同時に降って来たのは赤也の唇。
最初から深く口付けられ、さすがに驚く。
けれど、その唇がわたしを求めていることを表していて。

「じゃ、俺ン家行きますか」

至近距離で言われた一言。
うれしいような恥ずかしいような気持ちに、赤也の首に両腕をまわすことでこたえる。



感じる体温と声と愛しさは、嘘じゃない。
思いがけない一瞬の衝動がきっかけになることだって、ある。







           たとえそれが、一瞬でも



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わたしは発見した。
可愛い男の子の口の端の傷=なんかそそられる→欲情?
赤也やリョマにそんなのを感じる。間違っても忍足の口の端の傷には感じない。
忍足は逆に「痛そうやろ?舐めて?」とか言い出すに決まってる。だって変態だもの。

2007/8/22 なつめ



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『一緒に勉強しません?』ってメールは「会いたい」って素直に言えない俺の精一杯だったんです