小さいころ、アニメの中に出てくる女の子に憧れた。 いつでも好きなところへテレポートできる、そんな女の子にいつかはなれるんだろうなって思ってた。 今ならとうにそんなこと無理だってわかってるけど、でも今そんな力があったらな、と思う。 テレポーテーション 人間、どうしようもない寂しさに駆られるときがある。 どうしようどうしようと悩んだ挙句、わたしはついに携帯電話のボタンを押してしまっていた。 『はーい、もしもっし』 「・・・もしもし、ブン太?」 『おー、どした?』 「・・・えっと、今、時間・・・ある?」 『あ、ワリ。今、赤也呼んでみんなと飯食ってて・・・て、ちょい待って』 電話が少し離されたかと思うと、『お前らうるせーぞ!からだっつの!』と叫ぶブン太の声が聞こえた。ガヤガヤといろんな声が聞こえてきて、ブン太の後ろにテニス部のあのメンバーが集まっていることが容易に想像できる。そういえば、大学に入ってからテニス部のみんなで集まる事なんてなかったんじゃないだろうか。『えー先輩元気っスかー?』なんて懐かしい赤也の声も聞こえてきて、ああ楽しんでたところを邪魔しちゃったんだなと思う。 『ったく、アイツらちっとは静かにしろっつのなぁ』 電話口に戻ってきたブン太はブツブツ言う。でもやっぱり口調は楽しそうだ。 「相変わらずみたいだね」 『まーいつものことだけどな。てかどうした?何かあった?』 「え・・・?な、なんで?」 「いや、だってからいきなり電話してくるなんて滅多にねえじゃん。だから何かあったのかなって」 何かあった?と、自分が楽しい場所にいてもちゃんと相手の気持ちを察してくれる。それがブン太だ。 何かなかったわけじゃない。けれどそれはきっと取るに足らないくらいの小さなこと。少なくともみんなでの久しぶりの食事よりは。 「んーん。ちょっとブン太の声が聞きたくなっただけ。いきなり電話しちゃいけなかった?」 『んなわけねえだろ』 「ありがと。じゃね、」 電話を切ろうとした瞬間、聞こえてきたブン太の言葉に息を呑む。 『ちょっと待てって。だから俺の声聞きたくなっただけって、それウソだろ』 「・・・え、ホントだって、ば」 『だってお前今までそうやって電話してきたことねえじゃん』 「・・・・・・」 『おい、大丈・・・』 (・・・まいったな、隠してもブン太にはわかっちゃうんだ) でも、今のわたしにはそれだけで十分だと思った。 心の中でありがとう、と何度もつぶやく。 「大丈夫だよ?」 『・・・、』 「うん」 『・・・っわかったよ。何かあったらいつでも連絡しろよ?』 「うん、ありがと」 『じゃな』 「うん、バイバイ」 通話を切って、床にすわったまま携帯を脇に置いた。 わたしの目の前にはぼんやりと見える小さな金魚鉢。 バイトから帰って来ていつものようにただいまを言いに行った。 今日も水面で「エサくれ」と言わんばかりに口をパコパコさせて出迎えてくれるんだと思っていた。 けれど今日その姿はなくて、その代わりに水面に仰向けになって浮いているものが1つあった。 今朝「行ってくるね」と声をかけたときには元気に泳いでいたのに。ピクリとも動かなくなっていた。 白いお腹を上にして浮いている様子は、悲しくもあり、虚しくもあり、そして恐ろしくもあった。 ――死。それはあまりに突然だった。 今年の春にブン太と一緒に小さなお祭りに行った。そのとき「夏じゃないのにもう金魚すくいあるよ!」って二人で驚いてやったんだ。2匹同時に取ろうとしたブン太が失敗して、結局1匹しか取れなかったんだっけ。小さかったからチビチビ呼んでいるうちに、いつの間にかそれが名前になっていた。最初こそ小さくて弱々しかったけれど、しばらくすると元気に鉢の中を泳ぎ回っていて「でかくなったなーチビ!」なんて、うちに来るたびブン太はいつも声をかけていた。つい3日前にも「どんどんおっきくなれよ!」ってブン太に言われたばっかりだったのに。しかもまだ生まれてから半年くらいしか経ってないのに。なんで。 部屋を見回す。静かな部屋にひとり、ぽつん。 急に、自分がひとりぼっちなのだと感じた。 寂しい、寂しい、・・・こわい。 チビがくるまで一人で平気だったのに。 それほどまでにあの小さな命が自分にとって大きなものだったのだと、失って気付く。 小さくたって大切だった。友達でも家族でもあった。 失うって、こわい。 「ブン太ぁ・・・っ」 小さくつぶやいた名前は、暗闇に吸い込まれるように消えた。 何もしたいと思えなくて膝を抱えて丸くなっていると、静かな部屋にインターホンの音が響いた。 深夜0時。まさか、と思いながらも恐る恐るドアまで行き、覗き穴を覗く。 その先の人物を確認し、わたしは慌ててドアを開けた。 秋を感じさせる冷たい風が入ってくる。 それとほぼ同時にわたしの視界に現れたのは、会いたいと願っていた人。 「ブン太・・・どして・・・」 「ほっとけるわけねえじゃん。・・・ったく、ンな顔して。大丈夫じゃねえのに大丈夫なんて言うなっつの」 呆れ顔で言うブン太を見て、うれしさよりも申し訳なくなった。せっかくみんなで久しぶりに楽しくやっていたのに、わたしがつまらない電話をしてしまったせいで、ブン太に心配させて、挙句駆けつけさせてしまった。ブン太が縛られることを嫌っていると知っていたのに、それなのに電話をしてしまった。きっと、面倒な女だって思われてる。自分の都合で相手に迷惑かけるなんて最低だ。 「ブン太、ごめ・・・」 「余計に心配するだろい?もっと素直に甘えろって」 「・・・・・・え?」 「だから」 そう言ってブン太は玄関に入ってきて、いきなりわたしを抱き締めた。 「たまにはワガママ言って俺を困らせろって」 「・・・っでもブン太そういうの好きじゃないでしょ・・・?」 「ん、でもならオッケ」 ぎゅうっと、心まで抱き締められたようだった。言葉が出なかった。その代わりにブン太にぎゅっと抱きつく。そうするとブン太の腕にも力が入ったのがわかった。ブン太の後ろで静かにドアの閉まる音が聞こえ、同時に冷たい風が遮断された。 それからふたりで近くの土手にチビを埋めに行った。 会話はなかった。けれど、繋いだ手から伝わる温かさがわたしを安心させた。 空を見上げると星がきれいに瞬いていて、思わず涙が零れそうになった。 「・・・・・・ねぇブン太」 「ん?」 お世辞にも大きいとは言えないベッド。そこに二人向かい合って横になっていた。 「チビさ、きっと一匹で寂しかったよね」 「そんなことねえって」 「どうして?」 「だってがいたじゃん」 「日中ずっとひとりぼっちにさせてた」 「でもさ、はちゃんと帰ってたじゃん。毎日」 「・・・そうだけど、」 「自分のために帰って来てくれる人がいるって幸せだと思わね?」 ブン太がわたしの頬に手を伸ばして軽く触れる。 月明かりに照らされたブン太はすごく優しい顔をしていた。 「自分を待っててくれる人がいる、じゃなくて?」 そう問うと「それも幸せ」と言ってブン太は笑った。 「待っててくれる人がいるから帰る。帰って来てくれる人がいるから待つ。どっちかだけじゃ幸せは成り立たない」 「・・・うん、そうかも」 「だろ?だからチビは寂しくなんかなかったって」 「でも今度はわたしが取り残されて寂しくなっちゃった」 「俺がいんじゃん」 「え?」 「俺はいつでものそばにいるし、待っててほしいなら待ってる」 「・・・・・・うん」 「そして少なくとも俺は将来に待っててほしいと思う。俺の帰りを」 「なにそれ、プロポーズ?」 「そ」 「!」 「で?は俺の帰りを待ちたい?待ちたくない?」 そういうブン太の顔はもうわたしの答えなんかお見通しという感じで。 「・・・・・・わかってるくせに」 俯いて言うと、ブン太はわたしの腰をぐっと引き寄せて自分の胸に閉じ込めた。 くるしいよ、と上を向いて言うと、額に唇を落とされる。くすぐったい。 「ブン太、ありがとね?だいすき」 「俺も。あ、俺は絶対の前からいなくなんねえからな。つか離すつもりねえから」 「・・・へへ、うれしいけどなんかくすぐったいね」 「いいじゃん。マジなんだから」 「うん。わたしもマジでブン太のことすきだよ」 「ん、サンキュ。おやすみ」 「おやすみ」 いつの日にか見た、アニメの中の女の子に憧れていた。 寂しい、とか。つらい、とか。逃げたい、とか。 そういうどうしようもない感情に支配されたとき、好きなときに好きなところへ飛んでいけたら。 そうしたら、その負の感情も一緒に吹き飛ばせると思っていた。 でもそんな能力なんて必要ない。わたしをぎゅっと強く抱き締めてくれる温かい腕。 この大切さを感じられることが、何よりもかけがえのないことだと思える。そんな今があるから。 きっとまた明日は笑顔で過ごせる。 頭の上で寝息を立て始めたブン太の胸に顔をうずめて、わたしも眠りについた。 ----------------------------------------------------------- 知る人ぞ知るエスパー*美ネタでした。 ホント憧れてたんですよー昔は。 でもあんな便利な能力あったらいろんな感覚を失ってしまいそう。 モノや人のありがたみとか。*美ちゃんはいい子だから悪用しなかったけどね。 わかりにくいかもですが、このお話の季節は秋です。 あと、夜に友達とゴハン、バイトという要素により大学生設定にしてみました。 特にお話には影響しないのですが、一応。笑 2007/9/7 なつめ Powered by NINJA TOOLS
「おやすみ」と言える存在がいる。それは当たり前のようですごく幸せなこと。 |