5月5日こどもの日。
この日、男の子のいる家では甲冑や武者人形、こいのぼりを飾って男の子の成長を祝う。
そして邪気を払うため、粽や柏餅を食べる。
当然、男の子のいる隣の家でも毎年そういうことをしているのだけど、
ただひとつだけ普通の家と違うことは、その粽や柏餅の隣にケーキが並ぶってこと。
... with you ...
「じゃあちょっと行ってくるね!」
よく晴れた5月5日の午前、わたしは両手に箱を抱えて玄関を飛び出た。箱の中には昨日の晩に焼いたホールケーキ。毎年この日になると手作りのお菓子を持って隣の家に行くのが、わたしのだいぶ前からの習慣となっている。今年のケーキはかなり上手くできたから、嬉しさから自然とわたしの足取りも軽くなる。
―――ピンポーン・・・
ケーキへどんな反応をしてくれるだろうと、少しドキドキしながら隣の家のベルを押す。この家に住んでいるのは現クラスメイトであり幼馴染でもあるジロー。わたしが毎年5月5日にここへ来るのはこの幼馴染の誕生日が今日だから。ずっと前から、互いの誕生日は一緒に祝っている。
きっかけは、ほんの些細なことだった。いつだったかは忘れてしまったが、初めてジローの誕生日にクッキーを作っていった時、ジローがすっごく喜んだのだ。
「すっげーな!コレはじめて作ったの?」「マジうめーっ!」「じゃつぎケーキね!!」などなど。
それが嬉しかったわたしは、それから毎年、何か手作りのものを作って持っていっている。
今年も喜んでくれると良いなぁ、そう思ってふと笑みがこぼれた瞬間、突然ガチャと玄関のドアが開いた。
「あっ、ジロー・・・」
声をかけた時、ジローの手前に女の子が見えた。ジローの腕を掴んで引っ張っている。
「ちょっと先輩!約束したじゃないですか!早く行きましょうよ!」
「ん〜〜・・・おれまだねむいし・・・」
「外に出れば目なんて覚めますって!」
「ん〜〜・・・」
事態が飲み込めなくて突っ立ってるわたしに先に気付いたのは女の子の方だった。
わたしの顔をじっと見てからジローに問いかけた。
「先輩、先輩のお知り合いの方ですか?」
そう聞かれてやっとわたしに気付いたジロー。髪の毛がぼっさぼさだ。
「あ、〜」
半分寝てる顔でにこっと笑うジローは相変わらず少年のようだった。
けれど、長年の付き合いからわかる。ダメだ、今のジローの脳みそはまだ夢の中だ。
「どうしたの〜?」
「どうしたって今日何の日かわかってないの?・・・ってちょっと!」
会話の途中だって言うのに、女の子がジローの腕を引っ張ってどんどん進んでいく。
わたしの呼び止めに気付いて後ろを振り向いた彼女の顔はコワイ。
「なんですか?」
「いや、何ってこっちも話したいことがあるんだけど・・・」
「今日ジロー先輩はわたしと過ごすんです!」
「すぐ終わるから、」
「待ち合わせは10時だったんです!!」
ふと時計を見ると11時。彼女が待ちぼうけをくらわされて腹が立っていることがわかる。寝坊はジローの得意技だから、それくらいで腹を立てちゃいけない。それくらいわかってあげなきゃだめだもんなぁ、などと考え、時計から顔を上げたときには、既に二人の後ろ姿はだいぶ小さくなってしまっていた。
(顔は可愛いのに、今時の女の子のパワーって・・・すごい・・・)
そんな感心をしていると、また目の前のドアが開いた。
びっくりして向き直ると、そこから顔を覗かせたのはジローのお母さんだった。
「あれっ、ちゃんじゃないの」
「あっおばさん、おはようございます!」
わたしを見たジローのお母さんは一瞬驚いたようだったけど、すぐにいつものふんわりとした笑顔になった。ジローのお母さんは、ジローがしっかり起きたときみたいに表情がくるくると変わる可愛らしいお母さんだ。だから絶対ジローはお母さん似。わたしはジローのお母さんに会うたびに、うちのお母さんもこうだったらいいのに・・・と、ジローを本気で羨ましく思う。
「あ、もしかして今年も持ってきてくれたの?」
「はい。今年はケーキに挑戦してみたんですけど」
「まぁ〜すごい!でもごめんね、何だかジローお約束があったみたいで・・・」
「そうみたいですね。今ちょっと会ったんですけど、ろくにしゃべれませんでした」
「ごめんね、まさかあの子に彼女がいるなんて知らなくて。ちゃんは知ってた?」
ジローのお母さんの言葉に動揺した。
ジローに彼女・・・?わたし、そんなこと一言も聞いてない。
さっきの光景が脳裏に浮かんでくる。
「え・・・か、彼女なんですか?さっきの子」
「やーわかんないけどね、ちょっと前から結構誰かとメールしてたから、あの子なんじゃないかなと思って」
そういえば確かにここ最近、休み時間にいつも寝ているジローが起きてメール打ってるのは見ていた。でも、まさか、そんな。彼女が出来たのなら、ジローはきっとわたしに教えてくれるはずだ。
(・・・もしかしてそう思っていたのは、わたしだけ・・・?)
それからジローの家を後にし、家に戻った。あの後ジローのお母さんは「いつ帰ってくるかわかんないんだけど、せっかくだし上がっていかない?」と言ってくれた。けれど、わたしは首を横に振り、おばさんへケーキを預けて帰ってきた。ジローの家にいるのは居心地が良くて好きだ。でも、今日は朝から色々ありすぎて、どうしてもお邪魔する気持ちにはなれなかった。
自分の部屋へ行ってドアを閉め、ベッドに座ってボーっと窓の外を眺める。向かいにはジローの家で、しかも目の前の窓はジローの部屋の窓。昔は毎日のように窓から顔を出してしゃべったり、水鉄砲を飛ばしたりして遊んでいた。夜遅くまでしゃべってて、お互い親に何度怒られたことか。それでもいつでも呼べば顔を出してくれて、何でも話して。
(そういえばそんなこといつからなくなったんだろう・・・?)
今でもたまに窓を見るタイミングが合ったりしたときはあいさつを交わしたり軽くしゃべったりする。けれど昔みたいにいつでも声をかけたり長くしゃべったりすることはなくなっていた。無性に話したいときがないわけじゃない。でも、何故かそれができない。それを“遠慮”という言葉でくくってしまえば相手のことを思いやれるようになった、つまり大人に近づいた証拠なのかもしれない。けれど、それはいつの間にかわたし達の間に見えない壁が出来てしまったことをも表しているように思えた。例えば、今日のことも。
こんなことを考えてしまうのもきっと、さっきのおばさんの“彼女”という言葉のせいだと思う。何故かずっと頭から離れない。彼女にしろそうでないにしろ、ジローにそういう子がいたことすら知らなかった。なんで教えてくれなかったんだろう。なんだか、ジローが遠くに行っちゃいそうな感じがする。・・・寂しい。
(ねぇジロー、幼馴染ってだけでこんなに寂しく感じられちゃうのかな・・・)
ふと時計を見ると12時。あれからまだ1時間しか経っていない。
(暇だ・・・何かすることないかな・・・)
そう思ってみても特にしたいことも浮かんで来なくて。毎年こどもの日って何してたっけ、そんなことを考えてみると浮かんでくるのはジローの顔ばかり。
(あ、そっか。毎年毎年ジローの家で一日過ごしてたんだっけ。朝にジローの家に行って、そのまま夕飯まで頂いて。そして夜遅くに帰ってくるのが当たり前で・・・)
でも、もし。もし朝の子が彼女だとしたら、もうそんな風にジローの家に行くことはできなくなるんだ。いや、朝の子に限らずジローに彼女ができたら一緒に誕生日なんて祝えるハズがない。誕生日は1年に1度の大切な日。大切な日は一番大切な人と過ごす時なんだから。
毎年予定を入れないでいた5月5日。それが、空白になる。
そして、同じようにわたしの誕生日も・・・。
(そんなの寂しいよ、ジロー・・・)
−−−−−−−PiPiPiPiPiPiPiPi
少し遠いところで音楽が聞こえたと思った瞬間、わたしはパッと目を覚ました。窓を見ると外は赤く染まっていて、あれからだいぶ時間が経ってしまっていたことを物語っている。
(知らないうちに寝ちゃってたんだ・・・)
半日を無駄にしてしまったことを後悔するけれども、もうどうしようもない。さっき鳴っていた携帯電話を手に取るとディスプレイには18:00の文字。そして下には“着信”とあった。
(着信・・・?誰・・・・・・?)
履歴を開いてみるとそこにあった名前は。“ 着信 17:55 芥川慈郎 ”
その名前に目を見開く。何の用があったんだろう、とか、どうしたんだろう、とか。そんなことを考えることなく、無意識のうちに発信ボタンを押していた。呼び出し音が鳴る。なかなか出ない。ようやく呼びだし音が途切れる。
・・・・・・ただ今おかけになった電話は電波の届かないところにあるか――・・・
それから何度かかけなおしても、ジローが出ることはなかった。
「今年はジローくんのところで晩御飯頂かないのね。どうしたの?」
夕食の時間、お母さんが不思議そうな顔で聞いてきた。けれど、何て返したら良いかわからなくて、わたしは曖昧な笑顔を浮かべて、適当にはぐらかすことしかできなかった。
あっという間に夜が更け、9時になった。自分の部屋でボーっとジローの部屋を眺めるけど、ジローの部屋の電気は、まだつかない。
(まだあの子といるのかな・・・こんな時間まで何してるんだろう・・・)
そう考えて、頭にひとつのことが思い浮かぶ。
“こんな時間”に“女の子”と一緒で。しかもその子が彼女で、今日はジローの誕生日。
こんな条件が揃っているときに、することなんて・・・
(・・・イヤだ)
頭を強く振る。一瞬でもそんな風に考えてしまった自分が嫌だ。
でも、一度考えてしまったことは頭から離れなくて。
(もうイヤだ。どうしたらいいの。ねえ、誰か教えて・・・!)
何も考えたくないのに頭がそうさせてくれない。そんな時、机の端に置いてあった携帯が鳴った。
(電話?それともメール?誰から?・・・ジロー?)
いろいろ考えてしまった今、携帯を手に取ることすら怖かった。しばらくすると着信音が消え、チカチカと着信を知らせるランプが光る。おそるおそる携帯を開くと“Eメール受信”の文字。ボタンを1回押すと“友達”のフォルダに1通とあって。フォルダを開くと、送信者の欄には“芥川慈郎”の文字。メールを開く前に、その内容を考えてしまう。
ごめん、内緒にしてたけど朝の子彼女なんだ
もう誕生日に来なくていいよ
幼馴染から普通の友達になろう――・・・
次々と悪いことばかりが頭に浮かぶ。ただ、ボタンを押してメールを開くだけなのに。そんな簡単なことが、できない。したくない。けれど、その反面ジローが何と言ってきたのかが、知りたい。
(・・・逃げちゃ、ダメだ)
一呼吸置いて、メールを開くボタンを押す。指に力が入る。いつもより強く、長く、押す。
そして、表示された言葉に、息が止まる。
5/5 21:26
From 芥川慈郎
Sub (non title) ---------------------------
あいたい
反射的に顔を上げ窓の外を見ても、ジローの部屋はまだ暗かった。まさかと思い、表の道路に面する方の窓辺へ行き、窓を開ける。すると、暗がりの中に小さな光。うちの塀に寄りかかりながら片手で携帯を閉じたり開けたりする姿。表情なんて見えない。けれど、たぶん、目が合った。
「!」
聞きなれた声で名前を呼ばれ、まるで糸か何かで引き寄せられるかのように部屋を出た。階段を下りて、廊下を走って、サンダルをつっかけて玄関を飛び出す。
「ジロー・・・!」
そう呼ぶとジローはわたしの元に駆け寄ってきて「ごめんっ!」と手を合わせ、謝った。
「、ほんとにごめん。朝、せっかくきてくれたのに、おれ・・・」
「いいよ、もう。気にしない。だって、ジローの誕生日にこうやって会えたもん」
そう言うと、ジローは目の前でまたしょんぼりした。
「ごめん。ほんとのほんとに、ごめん・・・」
「ど、どうしたの?顔上げてよ?」
「だっておれ、今日自分の誕生日だってことわすれてて、以外の女の子とやくそくしちゃった。
誕生日はぜったいとって決めてたのに」
「・・・わ、わたしと?」
そう聞き返すと、バッとジローが顔を上げて、わたしの両腕をしっかりと掴んだ。
「だって俺、に誕生日いわってもらいたいし!の手作りだって毎年楽しみにしてるし!それに!」
久しぶりに間近で見たジローの顔は、わたしの記憶の中のジローよりずっと男らしくなっていて。
そんなジローに真剣に見つめられて、何だか急に恥ずかしくなる。
「それにおれ、のことすきだから。誰よりも、だいすきだから」
――だから、ずっと一緒にいてくれない?
その言葉に、わたしはジローへと抱きついた。
―――誕生日にはジローと一緒にいたいなんて、こんな気持ち、ただのワガママなんだと思っていた。仲の良い友達を取られたくないと思う子供染みた独占欲なんだと。でも、結局人をすきになるというのはそういうことなんだと思う。誰かと一緒にいたい、ずっと一緒にいたい、こういう気持ち。相手を思うからこそ、生まれた気持ち。
「うん。わたしもジローと一緒にいたい」
「うん。一緒にいよ?ずうっと」
「・・・うん!」
ジローの腕がわたしの背中にまわり、きゅっと抱き締められる。
わたしも抱きつく腕に力を入れて、ジローのぬくもりを星たちの輝く夜空の下で感じた。
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<おまけ>
「ねぇジロー、あの朝の子はなんだったの?」
「んー?何か今度の木曜日ひまですかー?って言われて」
「え、じゃあ何、知らない子だったの?!」
「うん。だっておれ、それ言われたとき寝てたもん」
「待って、そしたら夜までふたりで何してたの・・・?」
「えっ、ちがうよ。あの子とはあれからすぐわかれたよ」
「じゃあ何であんな時間に、」
「おしたりにさらわれた」
「・・・・・・・・・」
「“何やってんねん!はどないした!?”とか何とか言ってたかなぁ・・・?
それからくどくどくどくど何か言われたけど、よく覚えてないや」
「え、じゃあ何であの時電話くれたの?しかも、わたしからの電話に出なかったよね?」
「ごめ・・・多分それおしたりがかけた・・・。それで出なかったから切って、そのまままたくどくど・・・」
「・・・・・・。んーじゃあもう一つ聞くけど、最近休み時間起きてたのは誰とメールしてたの?」
「だっておしたりがうるさいんだもん。ぼけっとしてたらのこと取られるとか、ちゃんとしろとか」
「・・・・・・・・・」
「おれ“ちゃんと”のことすきだし」
「・・・・・・(忍足くん南無)」
「ずうっと、はなさないからね?」
「え?今なんて・・・」
「あ、そーだ、のケーキうまかったよ!」
「あ、ホント??良かった!また作るね!」
「おれ以外のやつに作ったらだめだからね。あ、あとの誕生日、楽しみにしててね」
「うん、楽しみにしてる!」
目の前でにっこり笑うジロー。
そんな天使のような笑みを浮かべるジローと迎えたわたしの誕生日。
わたしの身に何が起こったかは、ご想像にお任せいたします。
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おくれちゃってごめん!ジロちゃんHappy Birthday !!
ジロちゃんは天使と悪魔(小悪魔?)の仮面を持っているような気がする。
WRITE 2005/05/08
TOUCH IN 2009/05/11
なつめ
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