「せんぱーいっ!」
そう呼ばれて振り向くと、手を大きく振りながらこっちへ向かってくる姿。
わたしにとって、彼はかわいいかわいい弟のような存在。
01.はじまり
「何か荷物持ちますよ!」
そう言って赤也は部活後に必ず駆け寄ってきて、荷物を持ってくれる。
練習で疲れてるハズなのに、そんな疲れを微塵も感じさせない笑顔で。
「いつもありがとね」
「いや、こんなの何てことないっスよ!だってやっぱ俺の方が力あるっしょ?」
「わたしもそれなりに鍛えてるのに」
「でもそんな細い腕見てると、折れそうで心配っスよ」
そう言われて自分の腕と赤也の腕を見比べてみる。確かに、赤也の腕は男の子だしテニスをしていることもあって、しっかりしている。背だってわたしより高い。一方わたしはというと、鍛えても筋肉がつきづらい体質な上に元々骨が細いせいで、腕だけなら何だか普通の女の子よりも弱々しくすら見える。ま、でも腕の細さなんて関係ないけどね。なんて言ったって、わたしは立海大付属中・高で有名な男子テニス部のマネージャーを務めて5年目なんだから!・・・とは言え、実際はおっちょこちょいばかりでメンバーに迷惑をかけてしまうことも少なくない。
「ちょっ、先輩、危なっ・・・!」
「え?」
足元に何かがあることに気がつかず、わたしはその何かを踏んづけてしまった。バランスを崩し体が一瞬宙に浮く。そして次に気付いた時には既にわたしが持っていたノートやらなにやらが辺りに散らばっていた。あーあ、またドジっちゃった、そう思って自分が踏んづけたものを見て体が固まる。足元にあったのは誰かのラケット。
(どうか真田のじゃありませんように・・・)
心の中で願いながらあわててラケットを手にとる。幸い壊れたところはなさそうでホッと胸を撫で下ろした。
「大丈夫っスか?」
「うん大丈夫、心配させてごめんね」
心配そうな顔をした赤也がわたしの前に手を伸ばしてきた。ありがとう、と言って赤也の手を取ろうと自分の手を伸ばしたその時。
「どうしたの。また転んだ?」
急に背後から声を掛けられたことに驚き、手を引っ込める。振り向くとそこには笑いを含んだ顔の幸村が立っていた。
「あっ、えっと、ここにラケットが・・・」
「あ、それ俺のラケット」
ラケットがあったせいで転んだって言おうとしたのに、このタイミングでそれは俺のと言うんですか幸村くん。
「まさか踏んづけたとか言わないよね」
どうしてそんなに優しい顔と声なのに、ものすごく威圧感感じるんでしょう幸村くん。
「まさかー。そんなことあるわけないじゃん」
「そうだよね。ほら、もういい加減立ちなよ」
そう言って幸村はわたしの手首をつかんで立ち上がらせた。手首をつかまれた瞬間、赤也が手を差し伸べてくれていたことを思い出す。けれどあと数センチの距離だったはずの赤也の手はもうなかった。
「ごめん、幸村。ありがと」
「いいよ、これくらい。それにしてもって軽いね」
「え、そうかな?」
「うん、少なくとも丸井よりは」
ふふっと笑う幸村。軽いね、と言われて嬉しくない女子はいないのに、そこに敢えて「少なくとも丸井よりは」と付け足す幸村は意地悪だ。あんなお菓子星人なブン太となんか比べて欲しくない。
「あ、行っちゃった」
その言葉で幸村の視線の先を追う。振り向くと赤也がひとりで部室に向かって歩いていた。その姿を見て部室に行こうとすると、「血出てるから」と幸村に引きとめられる。そのまま幸村に促されて水道へ向かうことになった。
水道へ行く途中、ばらまいてしまったノートをそのままにしてしまっていたことを思い出した。でも振り向いて辺りを見回してみても、それらはどこにも見つからなくて。赤也が拾ってくれたんだ、と気付いた。
でも、ごめんね赤也。
赤也が手を差し伸べてくれたとき。
わたしが無意識に手を引っ込めてしまったとき。
幸村がわたしの手首をつかんだとき。
そしてわたしと幸村が話しているとき。
赤也がどんな表情してたのか、わたしは気付いていなかったんだ。
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「あ、ラケットに何かあったらよろしくね」by幸村
2005/03/17 UP
2008/02/02 加筆修正
なつめ
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