ずっと、ありつづけていたいと思う奇跡
10.おわり
「ヤダ。何が何でも送ります」
「だから、はい」と、差し出された手を押し返すなんてことはできなくて。一つため息を吐いて差し出したわたしの手は、赤也の手にさっと捕らわれる。ぎゅっと握りこまれた手は、熱のせいかはわからないが、熱いくらいだった。
公園からひとりで帰ると言ったわたしに、赤也は家まで送っていくと言って聞かなかった。
「ひえピタまで貼ってきたのに何言うのよ」
「でも逆にここで先輩と別れたら、先輩のこと気になって車に轢かれるかもしれません。だから送っていいですよね?」
人間、よくわからない理由をつけるときこそ、何を言っても無駄という証拠。
心の中で「何が逆になのよ」と思いながらも、手をつないで歩いていることがうれしいのは事実で。
これが恋なんだ、と思った。
わたしの家はこの公園からだと学校を挟んだ向こう側にある。赤也のことだけを考えて無我夢中で走ってきた道を、二人並んで歩く。わたしの右手には赤也の左手。強く握っているせいか、少し汗ばむ。
「ねえ、手熱いよ。やっぱり熱あるんじゃない?」
「んーあるかもしんないスね」
「ちょっ、」
「でもこれ、ホントの熱なのか、嬉しくて体温上がっちゃってるのかわかんないし」
赤也はへへっといつもの目を細めた笑顔で笑う。つられてわたしも笑う。
病人を連れまわしておいて不謹慎だけど、赤也がいるとほっとする。心配だけど、安心する。
「わかった。じゃあ無理だけはしないでね」
「りょーかいっス!」
空いている右手で軽く敬礼のポーズをして見せた赤也は、ふと視線をわたしの左手の方へ向けた。
「先輩、それって」
「・・・あ、」
赤也が指をさしたのは、部室を出る時にブン太から渡されたビニール傘だった。
「これ・・・赤也のってホント?」
「・・・そのこと、誰から?」
「ブン太」
「・・・そっスか。ちぇ、丸井先輩ってば」
「じゃあ、やっぱり」
「すいません、そんな汚いの」
途端に赤也がすまなそうな顔をする。
「そんな顔しないで」
「だって、ンなこわれた傘、」
「この傘、すごくうれしかったよ。それに・・・やりかけだった仕事、やってくれたの赤也でしょ?」
赤也の顔をじっと見つめて問う。
一瞬わたしから視線を逸らした赤也は、観念したのかわたしの目を見て白状するように言った。
「違います、なんて言っても信じないっスよね?」
「うーん・・・うん、まぁ・・・」
「ですよね。そーです、俺がやりました」
いじけたように言う赤也に、首を傾げて見せると、「こっそりバレないようにやるつもりだったんすよ」と彼は呟く。
「あっ、なに笑ってるんスかー」
思わず笑ってしまったわたしに、赤也は口を尖らせる。
「いやいや、かわいいなぁと思ってね」
「えーかわいいなんですか?俺、正義のヒーローじゃないっすか」
「こらこら、自分で言わないの」
「・・・・・・ちぇっ」
ついついいじめたくなってしまうのは、わたしの悪いクセかもしれない。ますます口を尖らせてしまった彼がなおいとおしく思えて、左耳にそっと、唇を寄せる。そのまま「ありがとね、本当にたすかったよ」と囁くと、赤也の体がぴくっと上に跳ねて、歩みが止まる。前から覗き込むと、真っ赤な顔で目をまんまるくした赤也が大きな声を上げた。
「ふっ、不意打ちっスよ!」
学校の前を通りかかったとき、不意に赤也が「ちょっと寄っていきません?」と学校を指差した。内心、とまどった。赤也と付き合うことは何にも恥ずかしいことじゃない。だけど、やっぱり今日の今日。まだくすぐったくて、どこか恥ずかしい気持ちだってある。みんなに冷やかされでもしたら、消えてなくなりたくなるんじゃないかと思ったのだ。
「でも」
渋るわたしに、赤也は言う。
「どうせ明日にはわかっちゃうんスよ?」
「それは、そうなんだけど・・・」
「早い方が、いいっしょ?」
「いや、でも、今日の今日って心のじゅんびが・・・」
「俺ついてるんで。ね?」
頬を紅潮させている姿に「熱にでもうかされてるんじゃないの?」と、言いそうになって、やめた。
そのまま、ゆっくりと頷く。わたしを見る彼の目が、心の内を表しているように真っ直ぐだったから。
時間からして、部活も終盤に差し掛かっている頃だった。裏の方からコートのある方へ向かっていると、
「赤也!!」
突然後ろから名前を呼ばれ、その声の方を振り向く。
すると、コートの方からラケットを握り締めて走ってくるブン太の姿があった。
わたしたちの目の前まで走ってきてすぐに、わたしと赤也の手が繋がれていることに気付いたようだった。
「・・・うまくいったんだな」
安堵の表情を浮かべたブン太に「ありがとね」と返す。
するとブン太は「礼なんかいらねっつの」と口をへの字型に曲げ、赤也の方へ向き直って言った。
「赤也、昨日は悪かった。許してくれ」
そうしてブン太が頭を下げたのには、赤也だけでなくわたしも驚いた。
「や、あの、丸井先輩、そこまでしてもらわなくても、全部俺がわるかったんですし、」
「えっと、ブン太…えーと、そう、結果オーライだよ!」
赤也と二人で焦ってブン太の肩へ手を伸ばすと、ブン太はそろそろと様子を伺うように頭を上げ、ふっと笑った。
「お前ら、お似合いだよ」
そうして少し三人で話していると、ブン太のうしろから、ジャッカルと幸村がやってきた。
「よかったなぁ、赤也!長年の思いが報われて・・・」
「ちょっ、ジャッカル先輩余計なこと言わないでくださいよ!」
顔を赤くした赤也が声を大きくして言うもんだから、繋がれたままの手にも力が入る。
その手に目線をやったわたしの耳元に、幸村がこっそり話しかけてきた。
「俺のおかげかな?」
「・・・うん、ほんとありがとね、幸村」
「俺個人としては、ちょっと損な役回りだったんだけどね」
「え?」
「まぁ、赤也に飽きたらいつでも俺のところに来ていいからさ」
「へ!?」
突然言われたことにまったく頭がついていかなくて、口をぱくぱくさせてしまう。
そんなわたしを見て幸村はふっと笑い、そのまま赤也に声をかけた。
「俺、赤也の気持ちわかってたのに、ちょっとイジワルしちゃってたよね。ごめんね」
「幸村部長・・・」
「これからは二人がどうなっていくのか、すごく楽しみだよ」
「楽しみ・・・っスか?」
「赤也。のこと泣かせたら、そのときは・・・さっき言った通りだからね、」
「え!!」
幸村はにこにこしてそう言い、「じゃあみんな練習に戻ろうか」なんて言って踵を返す。
「ちょっ・・・先輩!なに赤くなってるんスか!!」
「え、あ、赤くなんかなってないもん!」
「なってますってば!!」
「だ、だって、あまりの不意打ちでびっくりして・・・いやいやあれは冗談、冗談・・・」
「ちょっ、な、何言われたんですか!ゆ、幸村部長!俺の先輩になに言ったんですか!」
そう抗議する赤也を相手にすることもなく、幸村はいつもの涼しげな羽織りジャージ姿のまま、ブン太とジャッカルを連れてコートに戻っていく。「俺の先輩なんて、赤也も言うなあ!」と盛大に笑うブン太とジャッカルの声が聞こえるが、さっきの幸村の言葉のせいでうまく頭が回らない。いや、あれは深く考えちゃいけない。
「あれは冗談、冗談なのよ・・・」
呪文を唱えるかの如くそう呟いていると、
「いえ、あながち冗談でもないかもしれませんよ」
後ろから突然声がして、ぎょっとして振り向くと柳生と柳が腕組みをして立っていた。そしてその後ろにはなんとあの真田が、いつものように眉間に皺を寄せて立っていた。
「幸村くんは何かとさんのことを気遣ってますしね。私の目から見る分には十分有り得ると思いますよ」
「そうだな」
「え、柳先輩まで!?な、なななな何なんスか!一体!」
「だがしかし、一方通行では仕方がないからな。なあ、弦一郎?」
「ぶふぉあ!蓮二!なぜ突然俺に話を振る!!」
「特に理由はない」
「お前の行動に理由がないわけないだろう!」
「そうか。それならすべてここで言っても良いのだな?弦一郎」
「・・・っ、良いわけないだろう!何をやっておる!早く練習に戻らんか!!!」
そう言って真田はラケットを大きく振り上げながらコートへ戻っていった。
やれやれ、と言った仕草で真田の背中を見つめていた柳生と柳が、振り向いて言う。
「うまく逃げたな・・・弦一郎」
「私は二人を応援していますからね」
「そうだな。俺もお前達がうまくいくことを願ってるよ。弦一郎もああだが、どう反応していいかわからないだけだ。気にするな」
「ありがとう」
「なんか、柳先輩と柳生先輩に言われると、心強いっスね。ありがとうございます!」
お礼を言い、二人がコートへ戻って行くのを見送る。
「よかったーみんな祝ってくれて」
「そっスね!」
顔を見合わせて笑った途端、わたしたちの間に後ろからぬっと顔が現れる。
「仲良いのお」
「ひぃっ!」
「うわぁっ!」
おどろいて跳ね上がるわたしたちを、仁王が面白そうな顔で見比べる。
一歩後ろへ下がった仁王が、指を差す。
「赤也、その手離すんじゃなかよ」
「絶対離しません」
「、」
「なに?」
「・・・特になか」
「・・・は?」
何を言ってるんだコイツは、といった顔をしたであろうわたしを置いて、仁王は続けた。
「おふたりさん、仲良うしんしゃいよ」
「ホント、仁王ってよくわかんないやつだよねえ」
夕陽を正面に、コートを眺めながら呟いた。
仁王が戻ったのをきっかけに、メンバーたちは最後の打ち合いを始めていた。
「まぁつかみどころはないっスけど、いい先輩っスよ」
その意外な返答に隣の赤也を見ると、彼はポケットから出るストラップか何かを見ているようだった。
わたしの視線に気づくと、赤也は即座にその“何か”をポケットへ押し込んでしまった。
「なに?」
「ナイショ」
「えー!おしえてよ!」
「だーめ、俺と仁王先輩だけのヒミツ」
「なにそれ、きもちわるい」
「あーあ、今度教えてあげようと思ったのに言うのやーめた」
「えーそんなあ」
口を尖らせて見せると、彼はいたずらっぽく歯を見せて笑う。
その姿が全身でうれしいって言っているように感じて、どうしようもないくらいたくさんの気持ちが一気にあふれだす。
いとおしい。
うれしい。
ほんとうに、だいすき。
この思い、鼓動、ぜんぶ赤也に伝わってしまえばいいのに。
「はあ〜〜」
「え、ため息っスか!?」
「ちがうよー赤也のことすきだなぁってかみしめてたの」
「えっ、ちょ、先輩、もっかい言って!今の、もっかい!」
「だーめ」
そう笑ってみせると、ふいに赤也は視線をコートへ向けた。
首を傾げると同時に、繋がれていた手を強く握られる。
「赤也?どうしたの?手、ちょっと痛、」
「俺、負けませんから」
「え?」
「たとえ相手が誰であろうと、この勝負は絶対負けません」
ただ、強く握られていたせいかもしれないけれど。
その強気な言葉とともに、繋がれた手には伝わる振動があった。
「赤也、聞いて?」
「ん」
夕陽の中で見た赤也の表情は、影のせいもあると思うが、少し弱気に見えた。
その顔を見上げて、わたしは口角を上げて笑ってみせる。
わたしがすきになったのは、他の誰でもなく、目の前のキミ。
「わたしの中ではね、とっくに赤也が“ナンバー1”だよ」
目の前の彼は、一瞬驚いた顔をして、次に照れたように鼻の下を指で一掻きして、
そしていつもの得意げで強気なまなざしに戻ってこう言った。
「知ってました?先輩は最初っから俺の一番だったんですよ」
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おまけ。パソコン室での出来事の謎とき。
「でもさ、なんでわたしがパソコン室にいるって知ってたの?部活休みだったじゃない」
「そーだったんですけど」
「けど?」
「俺、先輩に1日でも会わないと落ち着かなくて」
「・・・・・・う、うん」
「あっ、先輩照れてます?」
「うるさい。それで?」
「そう、それで、仁王先輩にメールして聞きました」
「わたしがどこにいるかって?」
「そうです。そしたらなんか部活の資料とか持って教室出ていったから、部室か図書室かパソコン室じゃないかって」
「へぇ・・・」
仁王もよく見ていたもんだ、と思う。そしてなにより判断が的確だ。
「それでまぁ、いろいろあたって最後にパソコン室へ行ったところ、」
「わたしが寝ていたと」
「そ」
「なるほど」
「ホントは寝ちゃってる先輩に何かしてあげたかったんですけどね」
「え、なにかって何?!」
驚いたわたしに赤也がにやっとして言う。
「べっつに変なことじゃないっスよ?セーターかけてあげるとかそんなモンです。あれ?なに想像してました?」
調子よくわたしの前に顔を乗りだす赤也。
意地悪なことを言われても嫌いとも思えないのは、その表情が単にからかってるだけじゃなくて、うれしそうだから。
「ふん。今度赤也が寝てるところに出くわしたら、なんかしてやるんだから。覚悟してなさい」
悔しくて吐いたはずの台詞。それすらも赤也には効かなかったようで。
「寝てなくても、いつでもいいっスよ!なんなら今でも、」
と、目の前で赤也は目を閉じてみせる。あまりに調子がよすぎて、手でも離してやろうかと思ったけれど、嬉しそうにしているその顔を見ていると、そんな気持ちも瞬時に失せてしまう。
指で小さな鼻を押す。
赤也が目を開く。目が寄っててかわいい。
「とにかく。あの日は本当にありがとね」
ずっと伝えたかったお礼の言葉を伝えると、赤也は一瞬目をまるく見開いてから、
「全っ然!お礼言われるほど大した事してないっすよ」と、いつものように屈託のない笑顔で、笑った。
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まず、ひとこと。
今まで、ごめんなさい。
自分でも連載放置ってひどいなと思います。(他にもあるし・・・)
ごめんなさい。
既にこれを読んでくださってた方はここにいらっしゃらないようにも思いますが、
自分の中では1つ消化でき、区切りがつきました。
まだ、未消化もたくさんあるので、頑張っていきたい所存です。
読んでくださった方、ありがとうございました!
そして数年越しで本当にすみませんでした。
2010/10/29 UP
なつめ
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