(コイツの中でわたしってどういう存在なんだろう?)
そう考えちゃうあたり、やっぱりわたしはコイツに惚れているのだろうか?
c r e a m k i s s
「・・・なぁ」
「・・・」
「なぁ、聞いとる?」
「・・・」
「おーい、ー?さーん?」
目の前に手がちらついてハッとした。
(いけない!今、委員会中・・・!)
我に返ってあわてて視線を前へ向けるも、ホワイトボードの前には説明していたはずの委員長の姿がない。あれ?と思って辺りを見回してみても、さっきまで2、30人いたはずの会議室にはほとんど人もおらず、閑散としていた。隣に目を向けると、真顔の忍足侑士と目が合う。
「やっとこっちの世界戻ってきたな」
「あ、ははは・・・ご、ごめん。委員会終わっちゃってた・・・んだね」
「とうにな。ホンマ、ずっとボケーーーっとしよって」
「え、ど、どんな顔で?」
「こんな顔」
そう言って忍足は両手を自分の頬に当ててずり下げてみせる。
「・・・ひどいカオ」
「いや、やっとったの自分やから」
「なんかぶっさいくなペ・ヨンジュンみたい」
「え、そか?ほんなら俺明日からあのマフラーの巻き方して来な・・・」
「や、だからなんですぐそーやって冗談のるのよ」
「ええやん、俺そーいう奴やし」
そういいながら忍足は手元の資料を片付け出した。
忍足とは同じクラスで同じ委員。ちなみに、当人たちは何だか知らないうちに委員に仕立て上げられていたというか何というか。クラス委員だからみんなの意見で決定されるのはわかる。けれど、自分がやりたくないからと言って、やっとのことで推薦として挙がった人にただ賛成するのはどうかと思ったりもする。
(・・・なんて思いつつも文句も言わず委員をやっているのは、忍足と一緒だからっていう理由なんだけど)
クラス替えをしてからわたしが一番興味を持ったのがこの忍足侑士。ただのテニスバカかと思いきや、何だか面白くて妙にわたしのツボにハマってくる。そして最近では気にしすぎて彼に対して抱いているこの感情が何なんだかわからなくなってきたところ。俗に言う、ライクなんだかラブなんだかっていうやつ。
「あれ、そんなに資料あったっけ?」
忍足が片付けている資料の量がやけに多いことに気付いた。最初に配られたときは、ホチキスで留められた一つの資料しかなかったのに――そう思って自分の手元の資料を見て、愕然とする。明らかに量が増えていて、当然見たことのない資料ばかりだった。それでまた、自分が何も聞いていなかったことを悟り自己嫌悪する。最近、クラス委員だの何だのって言われ、いろんな仕事をやりすぎて疲れてたとは言え、自分の仕事を全うできてないなんて情けない。それならハイハイ何でも請け負うなというものだ。ホント、なんて役立たずなんだろう。わたしの資料もきっと忍足がとっておいてくれたに違いない。
「そんな落ち込まんでええって。俺ちゃんと話聞いとったし」
落ち込むわたしに気が付いたのか、忍足はわたしにそんなやさしい言葉をかける。
責めればいいのに。なんていいやつなんだろうと思う。
「・・・ごめん。ホント、ごめん」
「謝らんでええって。俺もボーっとしとんの気付いてて呼び戻さんかったんやし」
「忍足ってやさしいね」
「俺はいつだってやさしいっちゅーねん。ま、わからんことあったら聞いてくれてええからな」
「うん、ありがと」
「いーえいーえ。最初から最後まで、ちゃーんと話聞いとりましたから」
にっこりしながらも“ちゃーんと”を強調された。ちょっと嫌味!とか思ったけどホントに何にも聞いてなかったから反論できない。ここは素直に・・・素直に?お礼を言うのはちょっと癪である。
「・・・アリガトウゴザイマス、忍足様」
「・・・なんか気持ちこもってへん気ぃするけど。まぁええわ、許したる。その代わり、」
「・・・な、なによ」
「さっき何考えとったん?」
忍足は妙に静かな口調でそう言い、わたしの前の席に腰掛けた。わたしと忍足との間が机一個という微妙な距離になり、わたしの胸は急にドキドキし始める。なんでドキドキするんだろう、なんて野暮な質問かもしれない。だけど、もしかすると『つり橋効果』的な錯覚かもしれないと、心の中のもう一人のわたしがそんなことを考える。そうだ、一時の感情かもしれない。流されたら終わりかもしれない。そう思えば思うほどそんな気がしてきて、忍足を意識してしまう心を抑える。そしてそんな感情をむしろ取っ払う勢いでわたしは普段通りを装い、忍足と向き合う。
「なにも考えてないよ。ちょっとぼーっとしてたって言うか」
「嘘やな」
「な、何を根拠に」
「俺の勘や」
「は?」
「勘。俺の勘」
「・・・・・・」
「なんやねん、その疑いの眼は」
「だって言うこと胡散臭すぎる」
「失礼なやっちゃなぁ。俺の勘を侮ったらアカンで。テニスで鍛えたんやからな。俺の勘はなかなか外れへん」
「いやー・・・でもねぇ・・・」
「何でも聞いたるから、言うてみ?」
突然、そんなやさしい言葉をかけられて心がぐらついた。必死で忍足を意識しないように心がけているのに、そんな心がいとも簡単に呼び戻されてしまいそうになる。何を考えてたかなんて絶対に言えないのに、言ってしまいそうになる。でも、言えるわけがなかった。だって考えていたのは、目の前にいる忍足のことであって、そんな「言うてみ?」と言われたからと言って簡単に言えることじゃない。「あなたのコトを考えてたの」なんて正直に言ってしまった日には、笑われるかキモがられるかのどっちかだ。言える訳がない。
「えー・・・っとね」
「うんうん」
神妙な顔をしてうなずく忍足に、内心どうしようと心は冷や汗だらだらで。
「えっと、」
と、とりあえず何かしゃべろうと口を開きかけた瞬間、勢い良く、鳴った。何が?わたしのお腹が。それはもう、盛大にグウゥゥゥ〜という、教室に響き渡るような大きな音で。とっさにお腹に力を入れてみるものの、そんなものは当然後の祭りだった。もうこれは恥ずかしがっても仕方ない。とりあえず笑っとけ!と思ったら。
「・・・ブッ、ハハハハハハ!」
先に大きな笑い声が起こった。
そろそろと顔を上げる。すると予想ははずれることなく、目の前では丸メガネが腹をかかえて笑っていた。
「なによー!そんなに笑わなくっても・・・!」
「やーすまんすまん、堪忍な。何や、そんなん腹減ってたんか。ちゅうことは・・・」
「・・・ちゅうことは、何よ」
何か嫌な予感がする。
「アレやろ。委員会中ずっと“今日の夕飯何やろー”って考えとったんや?アッハハハハハ!」
「しっ、失礼な!ち・が・う・わ・よ!」
「強がらんでええって」
「強がってないわよー!」
「ほんなら何なん?」
「そっ、それはっ・・・」
何か上手い言い訳をしなきゃと思ったのに、わたしのお腹はとどまるところを知らなかったようで。憎いことに、ギュルルルルルルルルル〜と、全く可愛げのない音(しかもさっきより盛大な音)が会議室中に鳴り響いた。さすがのわたしもこれには恥ずかしくなり、お腹お押さえてその場に縮こまる。
「ブハッ、アハハハ・・・ってもう腹痛いわ。あかん、これ以上笑わさんといて〜堪忍や」
目に涙を溜めながら忍足は「堪忍堪忍」を連発。連発しているクセに、まだ笑っている。生理現象なんだから仕方ないじゃない、そう腹立たしく思ったときには、さっき忍足に対してドキドキした気持ちなんてどこかへ行ってしまっていた。なんだ、やっぱり『つり橋効果』だったのか。こんなヤツにさっきドキドキした自分がバカみたいだ。
「わたしもう帰る」
わたしはその場から立ち上がり、そう言い放って足早に会議室を出ようとした。もちろん笑っている忍足はそのままにして。すると、意外にもわたしの背中に焦ったような忍足の声が投げかけられた。
「!」
その声の大きさにびっくりして振り向く・・・と、ほぼ同時に何かが飛んできた。
わたしは慌てながらもそれをキャッチする。がさがさした袋に入っていたそれは。
「・・・・・・クリームパン?」
「それ食うとき」
「え!くれるの?」
「投げといて“やらん”言うたら拷問やろ」
「わ〜ありがとう!」
思わず正直にお礼を言う。するとまた目の前の忍足が笑った。
「ハハ、めっちゃ嬉しそうやな〜。そんなんで喜んでいただけるなんて、大変光栄でゴザイマス」
「 ! 」
忍足にそう茶化すように言われて気付く。
・・・不覚にも、わたしはクリームパン1つでだいぶ顔が緩んでいたらしい。
そうして、わたしは忍足からもらったクリームパンを食べるため、もうしばらく会議室へいることになった。本来会議室は飲食禁止の場所のため、ここで食べるのには抵抗があった。(我ながらこういうところがクラス委員体質なのだと思う。)しかし、戸惑うわたしに「はクリームパンもボロボロ食いこぼすんや?」とにやにやしながら忍足が言うもんだから、売り言葉に買い言葉。思わず「そんなわけないでしょ!」と言い返してしまったため、ここで食べるハメになってしまった。心の中で先生に謝り、また忍足の近くの席に着いた。
「開けちゃうよ?本当にいいの?」
「ええよ」
「忍足、半分いる?」
「プッ、いや、全部食べ」
「でも元は忍足が食べるつもりで買ったんでしょ?」
「まぁな。せやけど、そんな腹も空いとらんし、誰かさんのおかげで食うタイミングも失ったし」
「・・・う」
「遠慮せんでええって。腹減ったヤツに食われた方がクリームパンも本望やて」
そんなクリームパンの気持ちをふざけて言う忍足はやさしく笑っていて。その表情にまたわたしの胸はドキッとする。それを悟られないように俯き、そのままクリームパンの袋を開け、「いただきます」とパンを頬張った。ぱくっと一噛みすると、たちまち口の中に甘い味が広がり、一瞬でしあわせな気持ちになる。
「おいしい!」
「そないに?」
「うん。クリームパンだいすき」
「そか、よかったよかった」
そう言うと忍足は無言になった。やっぱりクリームパン食べたくなったのかなぁと思い、パンを頬張りながら顔を上げると、忍足が目を細めて笑った。
「ホンマ幸せそうに食べるなあー。“見たか!クラス委員の素顔!”なんてな」
「・・・わるい?」
「いや、可愛えなぁ思て」
「・・・え?」
驚きに、パンを食べる手が止まる。
目を大きく見開いているであろうわたしに対して、忍足の表情はいつもと変わらない。
「え、や、やめてよ。むせ返るからそんな冗談は、」
「冗談やないって。いつもそないに笑うとればええのに」
「どうして?わたしいつも笑ってるよ?」
「確かに笑うとるけど・・・何や最近疲れとったんやない?」
忍足は真面目な顔をしてわたしの目を真っ直ぐに捉え、言った。近くで目が合っているせいで――そして、忍足の言うことが当たっているせいで――わたしは彼から目を逸らすことができなかった。
「大変」や「疲れた」なんて誰かに言ったことはなかった。みんなそれぞれがどこかで同じように思ってて、それはきっとわたしだけのことじゃないと思っていたから。だから、気付かれないように、何ともないように振舞っていた。でも、どこかでやっぱり誰かに気付いてほしいと思っていた。「手伝うよ?」とか、そういう助けの言葉でなくて良かった。ただ「大丈夫?」とかそんな月並みな言葉でいいから、かけてもらいたかった。それに忍足は気付いていたというのだろうか?
「・・・どうして、わかったの?」
動揺する心を抑えて静かに問う。
すると忍足は「やっぱりな」と、少し大きめに息を吐き出して言った。
「これから行事あるやんか?それだけでも忙しいっちゅうのに、何かあるごとにクラス委員クラス委員言われて」
「それは忍足も一緒だよ」
「せやけど、は女で俺は男。体力の差なんか歴然としとるで?」
「そりゃそうだけど・・・」
「それに、さっき寝とった」
「・・・・・・スミマセン」
「まぁ、の気持ちもわかるで。確かに平等に仕事やるっちゅうのは俺も大切なことやと思う。せやけどな、あんま一人で無理したらあかん。特には表面に頑張りを出さんから、せっかく人一倍頑張っとるのに誰もそれに気付へん。そのまんまじゃみんないつまでもに頼りっぱなしで、いつかがダメになってまうで?」
心配顔の忍足。忍足にそんな顔をさせているのはわたし。でも、申し訳ないという気持ちよりも、嬉しいという気持ちの方が大きかった。わたしを心配してくれていることが、純粋に嬉しかった。そんな表情をしてくれて、そしてそんな言葉をかけてくれて。それで救われたように思った。わかってくれてたんだ、と。
「・・・ありがと。でも、やっぱクラス委員だし、頼まれたことはやらなくちゃ」
「真面目やな、は。ま、でもそこがらしいっちゅうか何ちゅうか」
「真面目、なのかなぁ・・・」
「俺からしたら十二分過ぎるほどに真面目やねん」
「ち、ちょっと、そんなに褒めても何も出ないわよ」
「何も期待してへんって」
「へへ」
「“へへ”って。あんな、俺が言いたいんはな、」
そこで一呼吸置いてから忍足は言った。
「もっと俺に頼り、ってこと」
その言葉に、胸の中が熱くなった。そして、言われて初めて気がついた。
忍足の言葉の通り、誰かに頼りたかったんだ、と。
「・・・忍足」
「なん?」
「・・・ありがとね。なんか、すごく救われた気がする」
「そか。そら良かったわ」
そう言った忍足はすごくやさしい目をして微笑んでいて。そして会議室は夕陽でオレンジ色に染まっていて。わたしを包み込むこの空間のあたたかさに、しあわせってこういうものなんじゃないかと、そう思った。魔法にでもかかったような気がした。
「ほな、明日からクラスで可愛え笑顔が見れるんやな。俺もきばってこ!」
グーッと背伸びをしながら忍足が席を立つ。
「そんなに楽しみなの?」
「おう、えらい楽しみや」
にっと少年のように笑って、忍足は机の脇に掛けてあった自分の鞄を手に取る。そしてそのまま帰るのかと思いきや、忍足はいきなりわたしの顔を覗き込んできた。えっ、と言う声も出ず固まるわたしの唇の端を、忍足の長い指がなぞる。
「クリームついてんで」
忍足はそのまま指についたクリームを何気なくぺろっと舐めた。そんな忍足の様子にわたしは固まるしかなく、そんなわたしを知ってか知らずか、「ほんなら帰るかー」と、忍足はわたしに背を向けて歩き出す。わたしはただ席に座ったまま会議室を後にする忍足の背中を追うことしか出来ず、視界から忍足の姿が消えてようやく我に返った。そして気付く。机の脇に掛けておいたわたしの鞄がないことに。
「・・・お、忍足っ!」
わたしは食べかけのクリームパンを片手に、彼を追いかけて会議室を後にした。
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短編で3つ続く予定です。予定は未定ですが・・・
UP:2005/2/7
TOUCH IN:2008/11/19
なつめ
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