あれから俺の相方の様子が何やおかしいっちゅうたら、やっぱ俺のせいなんやろか? sleeping kiss 「えーと、今渡してるのが文化祭の出店条件について書かれてるプリントです」 朝練を少し早めに切り上げ教室へと走ってきた俺の耳に、の声が飛び込んでくる。しまった、間に合わなかったと思いながら、俺は勢いよく教室のドアを開けた。 「すまん、遅なった・・・」 俺がそう言った瞬間、がこっちを向いて互いの目が合った。驚きの色を含む目。とりあえず俺はカバンを隅の方において、教卓の前に立っているのところへ行こうとした。汗が背中を伝っていたけれど、気にしている場合じゃないと思った。けれどは、「俺が説明代わるで」と言う前に「大丈夫、私やるから」と小さな声で言い、そのまますぐに説明を再開しまった。大丈夫、なんて言われて本当に大丈夫なのかと心配だったから、しばらく教室の前のドア付近でその様子を見ていたけれど、そんな俺の心配をよそにはテキパキと説明をこなしていく。そんな光景に俺は所在なさげな気持ちを覚え、大人しく自分の席に着くことにした。強引にいけば何かは手伝えたのかもしれない。けれど、今日のは何かいつもと違う感じがした。その“何か”はわからない。ただ、手伝わないで、と雰囲気で言われているような気がしたのだ。 自分の席へ行くと、真っ先に机の上に置いてあるプリントが目に付く。一昨日のクラス委員の集まりで“明後日の朝までにはクラスボックスに入れておきます”と言われたものだ。結構説明が必要な所があったし、しかも会議中は寝ていたから、俺は自分が説明すると言った。それなのに、「部活忙しいでしょ?」とは自ら引き受けてくれたのだ。 「大丈夫なん?ほとんど聞いてへんかったやろ」 「・・・まぁちょっと不安だけど、これから家帰って資料読み返してみるよ」 「ほんなら、わからんことあったら電話でもメールでもしてや」 「ありがとう」 一昨日の帰り、そんなやりとりをして、お互いの電話番号とアドレスを交換した。いつ連絡くるかなんてわからなかったから、一昨日は家に帰ってからも何だか落ち着かなかった。俺からも連絡することはできたけど、こっちからするのはおせっかいのような気もして、何となく憚られた。そうしているうちに結局夜中になり、連絡は来ないまま、俺はモヤモヤした気持ちを抱えて寝床についた。そうして次の日、大丈夫かと聞いたらあっさり「大丈夫みたい」と言われたのだ。そしてその言葉通り、説明をスムーズにこなしている。これでは拍子抜けというか、何というか。 「では、次のプリントの説明に移ります」 説明を続けるの声を聞いてプリントをめくる。 顔を上げて前を向くと、黒板にきれいに図をかきながら説明するの姿があった。 とあんなにしゃべったのは一昨日が初めてだった。元から明るくて何でもこなす子だと思っていたが、話してみて改めてそう思った。(しかも、盛大に腹鳴らしたりして面白い。)ただ、ちょっと一人で頑張りすぎる。だから、一昨日自然とあんな言葉が出た。考えたわけではない。自然ともっと俺に頼ればいいのに、と、そう口から出た。まぁでも、頼れなんて言っても早速今日この有り様なわけで。俺って口ばっかりやな、と自分を情けなく思う。 何でこんなにのことを考えてしまうのかは、わからない。ただ、何だかほっとけないのだ。 すき?いや、そういう感情とは違う気がする。だが、気にならないと言ったらウソになると思う。 「それで、出店する際の場所についてですが、」 がさっきかいた黒板の図を指差しながら説明している。その図をみて何か違和感を感じた。さっきから少し妙に思っていたが、どうも説明が詳しすぎる。会議中、ずっと起きていた俺ですら聞いていないようなことを話している。まさか俺も会議中寝てた・・・?いや、そんなはずはない。だが、俺ですらあんな細かい図は描けない、と思う。不思議に思って、鞄から一昨日自分が会議中に使っていたプリントを出し、今説明しているところを見る。すると、自分が付け足しで書いた内容や、そこに書かれてないもがの口から出ていることに気がついた。 (・・・まさか寝ながら聞いとった?なんてなぁ・・・まさかなぁ・・・) それから説明が終わるまで、俺は多分不思議そうな顔をしてのこと見ていたと思う。 しかし、は俺の方を一度たりとも見ることはなかった。 移動教室の無い3コマ目と4コマ目の間の休み時間、俺はに話しかけようと思って彼女を探した。しかし、他のクラスの生徒が来ていることもあって、教室内は誰がいるのかよくわからないくらい込み合っていた。俺はその時間を探すのを諦め、次の4コマ目の授業が終わってすぐの昼休みに、を捕まえることに成功した。 「なあ、」 後ろから呼ぶと、一瞬肩をビクッとさせてからは俺の方を振り返った。 「お、忍足くん・・・どうしたの?」 「どうしたっちゅうか・・・あんな、ちょっと聞きたいことあるんやけど」 何だかの動きが少しおかしい気がする。心なしか目が泳いでいて、視点があってない感じだ。 「え、な、何のこと・・・?」 「あんな、今朝のH.Rの時のことなんやけど、」 今朝、という言葉を出した時、息を飲んだのを俺は見逃さんかった。 「どーしたらあんなん詳しく説明でき、」 「・・・あっ、ちょっとゴメン。隣のクラスの友達が来ちゃったみたいだから・・・」 そういって彼女は一方的に話を打ち切り、教室のドア付近にいたらしい友達の元へと駆けていってしまった。H.Rの話を出したときの妙な動作に、友達に気付いたときの安堵の表情。やっぱり何かおかしい。本当は文化祭の説明が多少詳しかったことくらい、気にしなくて良いのかもしれない。けれど、俺はの動作ひとつひとつが気になって仕方がないのだ。 (何なんやろ・・・このモヤモヤ感・・・) そう考えたときにポケットで携帯が震えた。 取り出して見ると、メールが一件。かと思って開いてみると、岳人だった。 『ゆーし、授業終わったか?終わったんなら一緒メシ食おーぜ!迎えに来いよ!』 こっちの都合なんておかまいなしの一方的なメール。相変わらず、岳人らしいというか。 (誰とも約束なんてしてへんし、行ったるか) そんな軽い気持ちで岳人のところへ行き、俺は思いがけないところでの話を聞くことになった。 「おい、ゆーし。お前クラス委員だよな?」 「何やいきなり」 昼食を食べ終わってすぐの食堂で、岳人が俺に箸を向けながら真面目なカオして口を開いた。 「お前さ、ちゃんと委員の仕事してないだろ」 「何でや、ちゃんとやっとるで」 「いや、ウソついても無駄だぜ。俺は知ってんだ」 「ほな根拠はあるんやろな?」 「当ったり前だろー。教えてやるよ。俺、昨日の朝、跡部に頼まれてタローのとこに練習試合の申し込み書置きに行ったんだよ。そしたらさ、お前のクラスの女が熱心に先生になんか聞いてんだよ。文化祭がどーとか」 「は?」 「今の時期から文化祭のこと聞くヤツなんてクラス委員とかそんなんだろ?だから、わかっちゃったワケ。お前仕事してないんだな、って。アタリだろ?な、な!」 目の前で岳人が得意げなカオして更に箸を近づけてくる。普段なら「人様に箸は向けない!」と怒るところだが、今日はそんなこと気にしていられなかった。俺の頭の中では、今日起こったことが呼び起こされていた。そしてそれは、やがてが一本の線につながる。 (・・・なるほど、な。だからか。あんなん説明できたんは) 「おい、ゆーし?」 反応を示さない俺を変に思った岳人が、箸を持ってない右手を俺の目の前にちらつかせる。 それと同時にチャイムが鳴って、俺はふと我に返った。 「岳人、ありがとな。謎が解けた」 そう言って俺はポカンとする岳人をよそ目に、テーブルの上のトレイを片付けようと席を立った。岳人には悪いが、説明している暇なんてなかった。急いでトレイを片付け、食堂を後にする。すると、後ろの方から岳人が追いかけてきて叫んだ。 「ゆーし!何だかよくわかんねーけどちゃんと仕事はしろよ!!」 それからの午後の授業はろくに頭に入らなかった。の後ろ姿を見ながら考えることは同じ。 (・・・何で昨日連絡くれへんかったんやろ。そないに俺は頼りにならんのか?それとも俺と話したくないんやろか) 自分に対してなのかはよくわからなかった。けれど、無性に悔しかった。 放課後、図書室の掃除を終えた俺は一旦荷物を取りに教室へ行ったが、そこにの姿はなかった。 仕方無しにそのまま部活に出たものの、ほとんど集中できなかった。「侑士、お前今日変だぞ?熱でもあるんじゃねーの?」と岳人に心配されたが、それも無視して部活を続けた。だがついに「てめぇ、やる気ねぇならとっとと帰れ」と跡部に怒鳴られ、言い返す理由も特に見つからず、俺はそのまま部室へと戻り、一人、着替える。 部活中、特に何のことを考えていたわけではない。ただ、何だかスッキリしない。心の中で何かが突っかえているが、一体何が突っかえているのかがわからず、対処のしようがないのだ。・・・ただひとつだけ、言える事がある。おそらくこれにはが関係している、ということだ。 シャツを羽織って、ロッカーの扉を閉めながら辺りを見回すと、机の上に広げてある教科書とノート数冊が目についた。ボタンを締めてから近づいてよう見ると、汚い字で数学の公式やら計算途中の問題が書かれている。多分宍戸と岳人あたりが持ってきて部活前にやってたんだろう、ぐらいの見当は容易につく。たいていいつもテスト前に焦って部室で勉強するのがヤツらぐらいなのだ。それにしても数字くらいもっとキレイに書けないのだろうか。あまりの汚さにまじまじとノートを見てしまう。すると、課題の提出期限が書いてあって、それが明日までとなっていた。そういえば、俺のクラスも明日までの数学の課題があったような気がする。 (・・・俺、数学の教科書持ってきたっけか?) 鞄の中を覗いてみるものの、2冊あるうちの1冊しか数学の教科書は入っていなかった。運の悪いことに今日やらくてはならない課題があるのは、多分今持ってない方の教科書だ。取りに戻るのは面倒だと思ったが、明日の数学は1時間目だ。朝練をやる自分には時間など今日家へ帰ってからしかないことは明白だった。 「・・・しゃあない、取り行くか」 一人言のように呟きながら部室のロッカーの鍵を閉め、夕陽の差す中、俺はまた校舎へと向かった。 教室へ向かって廊下を歩く。人気のないせいで自分の足音だけが響き、遠くの方からまだ部活をやる野球部のかけ声が聞こえた。忘れ物を取りに行くときほど、教室までの道のりが長く感じられるときはないと思う。 教室前に着き、廊下にあるロッカーを開けて数学の教科書を取り出す。 鞄に教科書を放り込んだ時、教室からギッと椅子の擦れる音がした。 (・・・今の時間帯に教室に残ってるなんてよほど暇人なんやないやろか) そう思いながら後ろのドアから教室を覗くと、窓際の席でうつ伏せになっている人影を見つけた。 (あの席、まさか・・・?) もしかしたらかもしれへん、真っ先にそう思ってしまうのには我ながら都合がいいと思う。せやけど、確認せんわけにはいかんかった。音を立てないように、そっと人影に近寄る。うつ伏せになっているせいで顔は見えないが、机の横に掛けている鞄。それに今日何度と無く見とったからわかるその背中からであることは間違いなかった。 折角のチャンスとも思え、話したい気持ちが湧き起こる。けれど、寝ているのを起こしてしまうのには気が引けた。それにのことだ。きっと最近あまり寝ていないに違いない。そう思うと尚更このままにしておいた方が良い気がした。 すると、が寝とる前の机にファイルが乗っていて、分厚い資料が顔を覗かせているのが目に付いた。おもむろにその資料を手にとってみると、それは今朝の説明のために赤ペンでだいぶ補足された一昨日の集まりで配られたプリント。わざわざ先生に聞きに行ったということが、これで明らかになった。 (・・・やっぱりな) 確かに、俺なんかに聞くより先生に聞いたほうがわかるだろう。それに、頼りにしろと言ったたものの、俺が毎朝朝練をしているのは知っていただろうから、の真面目な性格から言えば、そんな俺に遠慮したに違いない。昨日もきっと夜遅くまで資料を読んでいたんだろう。もしかすると、今日も朝早く登校して、担任に聞きに行ったのかもしれない。 うつ伏せで寝るを見る。起きる気配はない。 (・・・せやけどな、) 俺は、こんなに疲れて眠ってしまうほど、に無理はしてほしくなかった。 昨日言ったことは、嘘じゃない。本当に、力になりたいと思って、そう口から出た言葉だった。 (・・・俺はな、昨日お前からの連絡待っとったんやで) そう思って、ハッとした。 俺は今、何て考えた? 「んん・・・」 小さく唸るような声がして、心臓が口から飛び出そうな程驚く。起こしてしまったのかと思いきや、は少し身じろぎをしただけで、まだ眠っているようだった。頭の角度が変わり、俺の方に顔が見えるようになった。 その寝顔に、また一度大きく心臓が鳴る。 (・・・今、わかった) 俺はただ、クラス委員としてでも何でもいいから、からの連絡が欲しかったということに。 (・・・知らないうちに引きつけられて、知らないうちに落ちとったんか、俺は・・・) 自分の中でわかってしまえば、納得のいく感情だった。 眠る彼女の横顔を再び見る。そのまま、俺は湧き起こる欲求に素直に体をまかせる。 彼女の眠る机に手をかける。 ギシッ、と机がきしむ。思わず体の動きを止めたが、幸い彼女は目を開けなかった。 そして俺はそっと近づいて彼女の上に影をつくり、そのまま唇の端にひとつ、キスを落とした。 -------------------------------------------------------------- WRITE 2005/03/14 TOUCH IN 2009/05/11 なつめ <<back next >> close |