つーかさ、今日俺の誕生日で合ってるよな?








a little signal








1時間目生物。
「丸井くんお願い、ちょっと定規を貸していただけませんか?」

2時間目英語。
「丸井くん、シャーペンの芯を一本だけ恵んでください」

3時間目世界史。
「ごめん丸井くん、ルーズリーフを一枚だけで良いので・・・」

4時間目古典。
「あっ、丸井くんちょっと・・・」

その先を聞く前にジロリと隣に目をやると、その人物はあからさまにびくっとして固まった。はぁ、と俺は盛大にため息をついてみせる。「毎時間毎時間うるせーんだよお前いい加減にしろ」と息継ぎなしに言ってやりたかったけど、そんな気も失せた。

「あんさ、お前ちっとは遠慮しろよ?」
「・・・ご、ごめん。でも、その・・・」

そう口ごもった彼女の目線は、俺の足元にあった。机の下を覗き込むとちょうど左足の脇に見慣れない消しゴムが転がっている。

「ったく・・・」

俺は面倒くさそうにかがみこみ(いや、正直面倒くさかったんだけど)、それを拾いあげてひょいっと隣に投げる。すると彼女は「わわっ」と小さく声を上げ、見事に取り損ねた。消しゴムは反対側にまた落下する。あわてた様子で俺と反対側に座るやつに消しゴムを拾ってもらう様子を、俺は途中まで目の端でなんともなしに追う。「ありがとう」と申し訳なさそうに彼女が言ったのを聞いて、教科書へ視線を戻した。

隣の席のとは今年同じクラスになった。それなりによく話す方だと思う。いつも笑ってて、話す雰囲気も穏やか。その割に、授業中突然指名されると、尋常じゃないくらい焦って真っ赤になったりする。だけど、不思議と見ててイライラするとかは全然ない。ま、こうやって隣の席やってる分には、害の無い、良いやつなんだと思う。でも、今日は俺の誕生日なワケで。フツーに考えると俺がプレゼントを受け取る立場ってモンだ。現に毎時間いろんな女の子たちからプレゼントをもらってる(でもさすがに4時間目ともなると受け取るのも疲れてきた)。それなのに隣のは定規貸せだのルーズリーフくれだのって毎時間俺からモノを奪いやがる。別にコイツから何かを期待してるワケじゃない。でも、さすがに毎時間これはないだろ。誕生日じゃなくたって迷惑だ。

古典の教科書を先生の朗読に合わせて適当に目で追う。すると、また隣から感じる視線。

「・・・今度はなんだよ」

半ば呆れて顔を向ける。するとは俺と目が合った瞬間・・・一瞬だけ表情を歪めた、ように見えた。“ように見えた”というのは、次の瞬間俺の目の前にいたのは「なんでもないの」といつものように笑う彼女だったからだ。

「さっきは、ありがとう」
「・・・おう」

本当はグチの1つくらい言ってやろうかと思っていた。だけど、喉まで出かかっていた言葉は、飲み込む前にどこかへ消えていってしまった。控えめに笑った笑顔が、俺にはなんだか作り笑いに見えて仕方がなかったから。


昼休みをはさんでの5、6時間目、は話しかけてこなかった。昼飯を食った後の授業はうんざりするくらい眠くて、あんまり内容を覚えてない。ただ数学UBの授業で、教科書を忘れたが何かやってて先生に怒られたのを聞いた気がする。あんまよく覚えてねえけど、確か。


放課後、俺の入ってる委員会の集まりがあってそれに出た。予想以上に時間がかかって、終わった頃にはほとんどの部活が終わってんじゃないかっていう時間だった。置きっぱなしにしてた荷物を取りに教室へ行くと、うちの教室の方から何人かの声が聞こえてきた。俺は見えないよう、隣の教室の入り口手前で足を止める。

「へーそうだったんだー」
「いっがーい」

同性の俺でも極力関わりたくないと思っている奴らの声だった。事あるごとにいちいち俺に絡んでくるから面倒くさい奴らだった。イヤミというか、遠回りにネチネチ言ってくるタイプ。どうせテニス部でちょっと人気のある俺が気に食わねぇんだろうけど、絡まれると時間を食うし、イライラするしで厄介だ。できるなら、アイツらのいるところになんて行きたくない。さて、どうしたもんかと俺は頭を掻く。しかし、その手は次に聞こえてきた声で止まる。

「ちょっ、やめてよ・・・っ!」

男の声に交じって聞こえてきたのは、女の子の声。張りあげられていて、誰の声かはわからない。けれど、アイツらが寄ってたかってからかっているだろうことは容易に想像できた。俺はまず、何が起こってるのかと、ドアの外から中の様子を伺った。窓際に男子が3人、そしてそいつらに囲まれるように女子が1人・・・?すると、男の1人が何かを上に掲げた。女子生徒はそれを取ろうと手を伸ばす。

「お願い、返して・・・!」
「いいぜ。ただし、コレが誰へのか言ったらな」
「アンタたちには関係ない、返して・・・!」
「だから、一言言えばいいだけじゃん。返さないなんて言ってねぇけど。なあ?」
「そうだぜ、言うだけならタダじゃん」

仲間の2人が同意する。

「そ、タダタダ」
「そんなこと、アンタたちには何も関係ないじゃない!なんでこんなことするのよ」
「それが関係あるんだよなー」
「なー」

その口調・・・きっとニヤついて言ってるであろうその表情、すべてが容易に想像できて、俺は我慢ならなくなった。飛び出して行こうと右手を強く握りしめた瞬間、聞こえてきた言葉に、その行動が遮られる。

「つーかさ、丸井へでしょ?」

(お、俺の、名前・・・?)

突然出てきた自分の名前に驚いている俺を置いて、ヤツらは次々に口を開く。

「だよねーアイツしか考えらんないよね。否定しないってことは、図星っしょ?」
「てかさ、アイツ確実に調子乗ってるよね。たかが誕生日であんなにチヤホヤされてさ」
「こんなのあげたってどうにもなんねえって、お前なんか」
「そうだ、俺来週誕生日だからこれもらってやるよ」
「お、いい考えじゃね?コイツ意外といいやつだから捨てられずに済むってー」
「や、やめて!!」

張り上げられた声。その声に、まさかと思った。この、声。

「うるせーな。もらってやるって言ってんじゃんか・・・って、あれ、何だこれ」

一人が何かに気付いたようだった。3人が1点に集まる。

「や、やめてっ、それだけは・・・っ!」

大きく叫んだ彼女の声は、さっきまでのものとは本気さが違っていた。
だけど、その声はアイツらに届いていなかった。

「手紙じゃね?」
「マジで!このご時世でかよ!もしかしてラブレターとかじゃねぇの?!」
「今どき有り得ねぇっつの!ハハ!どうする?開けちゃう?どうせアイツへのだし」
「やっ、やめてぇ・・・おねがい・・・だから・・・」

さっきまで張りあげていた彼女の声が、急に震えた。今までずっと保っていたものが、崩れたように小さくなった。消えそうなくらいに。その声に、俺の頭の中がカッと熱くなった。気付いたら教室のドアを蹴り上げ、教室へ踏み込んでいた。これ以上、黙ってなんていられなかった。いられっかよ。

そして、瞬間的に俺は捕らえた。
アイツらの陰で、怯えた表情をするの姿を。

「オメェら、何やってんだよ」

自分でも驚くほど低い声だった。
視線が一気に集まる。
俺を見たの眼は、驚きに見開かれていた。
――そして一筋、その目から涙が零れるのを、俺は見た。


「何泣かせてんだよ。最低だな、オメェら」
「ワォ!主役くん登場ー!正義のヒーローってか!カッコいいねえ」
「そういうところがムカつくんだよ。あ、はそういうトコがいいのかな?」
「せっかくだから今言っちゃえばいいじゃん。丸井くん、好きで〜す!ってな」

ヤツらは笑いながらべらべらとしゃべった。どうしようもなく怒りが込み上げ、ヤツらを睨みあげた時。真っ先に目に飛び込んだのは、囃し立てるそいつらの陰で俯きながら自分の体に腕をまわして耐えているの姿だった。俺はズカズカとヤツらの元へ行き、の腕を掴んだ。思いがけず細い腕に驚くが―、一瞬で気持ちを立て直す。腕を掴まれた彼女の体は―連中の誰かに掴まれたと思ったのか―大きく揺れ、強張ったのが見て取れた。俺を見上げた目は、大きく見開かれ、涙に濡れていた。なんでもっと早く教室に入っていなかったのかと後悔した。

、俺に任せて、行け」

かけてやる言葉なんて、ほかに見つからなかった。今はまず、ここから出してやりたい。そう、思った。

俺の言葉に、見開かれていた目が、さらに驚きの色を含んだように見えた。
目線を入口へ向け促すと、彼女は小さく頷き、鞄を持って教室を足早に出ていった。

その姿が見えなくなるのを確認し、俺はヤツらに向き直る。
――もう、遠慮はいらない。
思った瞬間、怒りの感情をぶちまけるがごとく、俺は連中の目の前の机を思い切り蹴り倒した。

「ふざけんなよ」



寄ってたかって女を泣かすなんてろくなヤツらじゃねぇことぐらいわかってたけど、コイツらはマジでどうしようもねぇヤツらだった。最初こそニヤついていたものの、俺が本気であることに気付くと、次第に慌て出した。部活停止になると脅してもきたが、そん時の俺を止める要素には1ミリも及ばなかった。仕舞いには、チッと舌打ちし、全員足早に去って行った。乱闘にでもなるかと思ったのに、口ほどにもねぇヤツらだ。

「バッカじゃねぇの」

誰もいなくなった教室。呟いた俺の視界の端に、何かが映った。おもむろに手に取ると、それは平たい箱だった。男の俺が片手で持つと、掌から少しはみ出るくらいの大きさ。きっと綺麗にラッピングされていたんだろうその箱は、包装紙がぐちゃぐちゃになり、リボンが解けてしまっていた。

はこれを守るために必死になっていた。彼女があんなに声を荒げていたのも、初めて聞いた。
いつも、隣の席で、穏やかに笑って、話しているのが、俺の中の彼女のすべてだった。

ふと、足元にくしゃくしゃになった紙切れがあることに気付く。持っていた箱を机に置き、かがんで手に取る。それは、端に一列に穴が並んでおり、ルーズリーフだということがわかった。机の上で皺を伸ばすようにして、広げる。そして、真っ先に目に飛び込んできた名前に、俺は目を丸くする。


『 丸井くんへ 』


心臓が大きく脈打つ。下には綺麗な字で、文章が綴ってあった。
俺は、加速し、大きくなっていく心臓の音を感じながら、その文章を目で追った。


『 丸井くんへ
手紙では初めまして。ルーズリーフでごめんね。というか、実は今日丸井くんからもらったやつなのです。
本当はちゃんと家で手紙を書いてきたんだけど、うっかり忘れてしまったので、今こっそり書いてます。
(だって、数UBなんて、聞いても聞かなくてもわからないから。)
・・・と、話がそれました。まず、お礼を。今日は毎時間迷惑をかけて、本当にごめんなさい。
本当にありがとう。とても助かりました。
昨日、夜遅くまで起きていたら、うっかりいろんなものを忘れてしまったみたいです。
でも、明日からはちゃんとします。ありがとう。

そして、手紙の本題です。
ささやかながら、誕生日をお祝いしたいなと思って、ケーキを作ってみました!
本当は手渡ししたかったんだけど、ちょっと恥ずかしいので、この手紙と一緒に置いていきます。
今日は委員会があるから、その後に見つけてもらえたかな?
変なものは入っていないので、良かったら食べてね。

HAPPY BIRTHDAY! おめでとう!
                                                    』


机の上の箱に手を伸ばす。包装を取り、蓋を開けると、中には小さなチョコレートのホールケーキが入っていた。同時に、甘くて優しい香りが俺の鼻を掠める。俺はどうしても我慢できなくなって、少しつまんで口に運ぶ。

(・・・ウマい)

丁度いい甘さが口の中に広がる。さっきまでイラ立っていた気持ちは、どこかへ消えてしまっていた。



うれしい、素直にそう感じた。









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ブン太バースデー記念前編!
2005/4/17 → 申し訳ないくらい改編2011/5/8

なつめ



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