きみがわたしにかけた魔法
どうかずっと醒めないでほしい
サ ク ラ 咲 ケ
昇降口を出て、近くの公園に向かいながらアドレス帳を開く。“切原赤也”の名前を見つけて通話ボタンを押そうとしたとき、着信がきた。赤也が痺れを切らしてかけてきたのかと思えば、画面には“自宅”の文字。
(しまった、親に連絡するの忘れてた!)
電話を取り、不安そうな声で結果を尋ねてきた母に合格を告げる。やったわね!なんていつものように大声を出して喜んでくれるのかと思えば、「良かったねえ、あんた頑張ってたもんね・・・」と、電話の向こうから聞こえてくる声が震えていた。ずっと応援してくれていた母に、今までの思いを込めて「ありがとう」を伝えた。
それからしばらく母と話し、通話を終えて時間を見ると、赤也に電話をかけようとしてから15分も経っていた。つまり発表からは40分近く経過してしまっていることになる。
(赤也、まだ待ってるかな・・・)
もしかしたら待ちくたびれて寝てしまっているかもしれない。(行く気はないけど、試験練習のため一応受けた私立の発表の時、約束の時間どおりに連絡したにもかかわらず赤也は寝ていた。)そう思いながらも、連絡を待っていると言った赤也を思い出してアドレス帳を開く。
そういえば前に「もし落ちてたりしたらどうするの」と言ったら、彼は笑って言ってたっけ。
―――「そしたら俺が精一杯やさしくなぐさめてあげますから!」
告白されたわけでもないのに、この言葉に心臓がばくばくしたなぁなんて思い出す。
プルッ・・・
1コール鳴ったかという速さで、受話器の向こう側から声が聞こえた。耳を当てなくてもいいぐらいの声の大きさだ。
「もしもしっ、先輩?!」
「もしもし、あかや?」
「先輩遅いっスよ!すぐ連絡してくれるって言ったじゃないっスか!俺ずっとケータイ握って待ってたんスよ?!」
「えーだってわたしすぐ連絡するなんて言ってないよ。赤也が勝手に言ったんじゃん」
笑いながらそう言うと「そりゃないっスよ〜俺ずっと待ってたのに。ちぇー」という拗ねた声。そんな声すらもかわいいと思ってしまうのは、だいぶ彼にはまってしまっている証拠だと思う。
「ふふ。ごめんごめん、だってさぁ・・・」
「だってさぁ・・・って、な、なんですか?」
一瞬、赤也がかしこまったのがわかった。今ならわたしの言葉ひとつで赤也の出方が変わる、そう思ったらちょっといじわるしてみたくなった。だっていつも赤也にいじわるされるんだもん。(いじわるって言ってもドキドキさせられるだけだけど・・・。)最後にひとつくらいと思って、いじわるなわたしは少し暗い声で話しはじめる。
「うん、その、あのさ、実は・・・」
「え・・・ちょ、先輩、あの、まさか・・・」
「うん、あのね、わたしもまさかって思ったんだけど・・・」
「え、そんな・・・」
「うん、実はね・・・わたし、」
「あ、あの!」
突然赤也が大きい声でわたしの言葉を遮った。
「あの、俺、何て言っていいかわかんないんですけど、でもあの!先輩はずっと頑張ってきたから!俺知ってますから!だから、その・・・何て、いうか・・・」
突然の赤也のフォローに、わたしは耐え切れなくなって思わず吹き出してしまった。
「ぷっ」
「なっ、何笑ってるんスか!こっちは真剣に・・・!」
「いや、あのね、赤也、ごめん」
「は?」
「あのね、わたし受かったの」
「え!」
「うん、受かったの!えへへ」
そう笑ったら、今度は携帯越しの赤也に怒鳴られた。
「えへへって・・・そりゃないっすよ!!こっちは本気で心配して・・・」
だんだん赤也の声のトーンが落ちてくる。頭の中に電話の向こうでシュンとなっている赤也が浮かんで、なんかちょっと申し訳なくなった。赤也は本気でわたしのこと心配してくれてたのに、わるいことしちゃったかも・・・。
「・・・あかや?ご、ごめん・・・」
「・・・・・・」
返事がない。
「ごめんってばぁ・・・。わたしの言葉で一喜一憂する赤也がかわいくて、つい・・・」
合格したっていうのに、何故か半泣きになりながら携帯を握り締めた。一緒によろこんでほしかったのに、喧嘩なんていやだ。ましてや、わたしたちは付き合ってるわけじゃない。ここで喧嘩してしまったら、このまま気まずい思いのまま卒業して、離れてしまうかもしれない。
(そんなのいやだ。わたし、これから赤也に言わなきゃいけないことがあるのに)
必死に「ごめん」と何度も言うと、携帯の向こう側から聞こえてきたのは「はぁ〜」という盛大なため息。
「・・・今度は、ホントっスよね?」
「え・・・?」
「だから、受かったっていうのはホントですよね?」
「う、うん」
「あ〜マジよかった!」
いつもの明るいトーンの赤也の声が聞こえてきた。
「やっぱ先輩っスよね!絶対大丈夫だと思ってましたよ!」
「・・・・・・」
「先輩?どーしたんスか?」
「赤也、よろこんでくれるの・・・?」
「当たり前じゃないっすか!俺、自分のことみたいにうれしいっスよ!」
へへ、と笑う赤也のあったかさに、なんかもう泣けてきた。
「ごめん、さっきだますようなことしてホントごめん・・・」
「いいっスよ、もう受かったんですからそんなこと!って、あーなに泣いてんスか?」
「だってあかやがやさしいんだもん〜」
「おれ、いつだってやさしいじゃないスか」
「まーた、言っちゃって・・・」
「はーでもホント良かったっス」というホッとしたような赤也の声に、わたしもほっとしたのか、じわりとあたたかさが広がっていった。たとえるなら、開きかけた桜の花が、さらに大きく開いていくような、そんな感じ。
「あっ、先輩、今から会えないっスかね?」
「今から?大丈夫だよー?」
「どこいるんスか?」
「高校の近くの公園だよ」
「あっ、多分俺そこわかるんで今からチャリ飛ばして行きます!」
そんな会話をして電話を切った。わたしは携帯を握り締めて、バスケットゴールの近くにあるベンチに座る。まだ風がつめたいせいか、視界に入る砂場や滑り台で遊ぶ子どもたちの姿はなかった。公園に植えられている桜もまだつぼみのままで、やけに遊具の色だけが目立つように感じる。
(これからわたし赤也に伝えるんだ。すきだって)
はぁっと、息を吐いて、空を見上げる。
(どうやって伝えようかな)
(どのタイミングで言ったらいいのかな)
(それ聞いたら赤也はどんな顔をするのかな)
自分の足元を見ながらあれこれ考えていると、目の前でキッという音がした。びっくりして顔を上げると、自転車を降りている赤也がいた。考え事をしていると時間が経つのは早い。わたしと目が合うと「お待たせしました!」と言って赤也は笑う。いつもと同じ笑顔。だけどいつもと雰囲気がちがうのは、見慣れない私服姿のせいかもしれない。見た目じゃわたしより年下なんてきっとわからない。これからどんどん男らしくなっていく赤也。そんな赤也にふさわしい女の子にわたしはなれるのだろうか?
「せーんぱい?どうしたんスか?難しいカオしちゃって」
「え?あ、ううん、大丈夫だよ」
「そーっスか?あっ、先輩、高校合格おめでとうございます!」
「ありがと。赤也が応援してくれたおかげだよ」
「いえ、ホント俺何もしてないっスから。先輩の実力っスよ!」
自分が合格したかのようににこにこ笑う赤也に、わたしも自然に笑みがこぼれる。赤也が笑うだけでこんなに幸せな気持ちになれる。わたしにこんな幸せな魔法をかけてくれるのは赤也しかいないと思った。
(何もしてなくないよ、赤也がいてくれたから頑張れたんだよ。だからこれからも一緒にいてほしい)
そう伝えようと思ってベンチから立ち上がり、赤也の真正面に立つ。
「あのね、あか・・・」
「あのっ、先輩」
わたしの言葉と赤也の言葉が重なった。
瞬時に顔を上げると、赤也の真剣な表情にとらわれる。
その慣れない赤也の表情に、わたしは何も言えなくなってしまった。
心臓がドクンと大きく鳴り響く。
「あの、俺、先輩の合格発表が終わったら言おうと思ってたことがあるんです」
その言葉にまた心臓が大きく鳴り出すのがわかった。
体全部が心臓なんじゃないかってくらい、ドキドキしてる。落ち着け、落ち着け、わたし。
目の前の赤也は、スッと一つ息を吸って言った。
「俺、その、先輩より1つ年下で頼りないかもしんないんスけど。せ、先輩のこと、すきです!」
「だから、付き合ってくれませんか?」と、そう言われて、心臓が止まるかと思った。
嬉しくて涙が浮かぶ。さっき合格がわかったときは、涙の“な”の字もなかったのに。
「先輩!?ど、どうして泣くんスか?俺、何か悪いことでも、」
「ちがうよ赤也。うれしくて泣いてるんだよぉ」
そう告げた次の瞬間、目の前に赤也を感じたかと思うと、そのままゆっくりと背中に赤也の腕が回ってきた。そしてゆっくり、ゆっくり、ぎゅうっときつく抱きしめられる。赤也の心臓もドキドキしてて、逆にそれがわたしを安心させた。初めて感じた赤也の体温、匂い。すきってだけで、どうしてこんなに落ち着くんだろう?
「・・・チョーうれしい」
「うん、わたしも。・・・ねぇ、赤也」
「なんスか?」
「学校、離れちゃうけど、いいの?」
「もちろん。そんなん俺たちなら大丈夫っスよ」
「それにわたし、赤也より年上だよ?」
「全っ然カンケーないっス!1つの差なんてあってないようなもんでしょ」
そう赤也が即答するもんだから、思わず笑いがこぼれる。「なんで笑うんスか?」と言いたげな視線を寄こした赤也に「さっき、1つ年下で頼りないかもしんないんスけど、なんて言ったの、どこの誰だっけ?」そう問いかけると、「俺のこといじめないでくださいよ」と、彼は少し顔を赤くして言った。そういう真っ直ぐなところが、どうしようもなく愛しいなって思う。
「ホントに、ありがとう。受験頑張れたのも赤也のおかげなの。赤也のこと、すごくすきだよ」
そう言うと、赤也は少し腕をゆるめてわたしの顔をのぞき込んできた。
弾けんばかりの笑顔で。
「やった!これって両想いってやつですよね!」
「ふふ、そうだね」
「先輩の合格に加えて両想い!もう超最高の日っスね!」
「そうだね。や、でも赤也になぐさめてもらうのも悪くないかなぁって思ってたよ」
「なに縁起悪いこと言ってるんスか、やめてくださいよそんなこと言うの」
「えーだってどんななぐさめ方してくれるのかなって気になるじゃん」
「そういうもんスか?」
「そういうもんです。ちなみにどんななぐさめ方してくれるつもりだったの?」
そう尋ねると、赤也は少し神妙な顔つきになって言った。
「え、そりゃあもちろん、“ずっと俺がいるんで、泣かないでください!”って言って抱き締めて頭なでて、そんでもってキ・・・」
「そうか。ということは、どっちに転んでもわたしは赤也のものになっていたのか」
そうつぶやくと、目の前の赤也は「え?俺のもの?!え!!」と顔を赤くしている。(可愛いけどスケベなこと考えてるに違いない。)まぁいっかと、わたしはそんな赤也の両腕を軽くつかみ、かかとを上げて、その薄く染まる頬にキスをする。
「えっ、先輩、あの、え、」
赤也の顔は見た事ないくらいに真っ赤で。慌てふためく赤也に向かってわたしは言う。
「今のは、応援してくれたことへのお礼。赤也から、は?」
わたしの言葉に赤也は緊張したようだった。ごくんと唾を飲み込んで、恐る恐るとでも言わんばかりにわたしに顔を寄せてくる。それに合わせてわたしが目をつむると、頬に軽く一つ、そしてそのまま唇にも一つ赤也はキスを落とした。閉じていた目を開くと、近い位置に赤也の顔があって。さすがにそのまま見詰め合っていることに恥ずかしさを覚えて、わたしは口をひらく。
「今のはどういった意味ですか?」
「1つは合格おめでとうのキスで、ふ、2つ目は・・・」
そう言いかけた赤也は、突然辺りをキョロキョロ見渡したと思えば、私の耳元にそっと唇を寄せて言った。
「だいすきのキスです」
花を咲かせるためには、光と闇、温度、水、栄養と、さまざまな条件が揃うことが必要だけど、
わたしが幸せでいるための条件は、ただあなたが笑顔で側にいてくれること、ただそれだけだから。
だからどうか、あなたを幸せにできる唯一の条件も、わたしと同じでありますように。
わたしたちのこれからにサクラ、咲ケ。
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最後の1話をUPするのが遅くなってしまってすみませんでした。
去年受験を頑張ってらっしゃったルリちゃんに、勝手ながら献上いたします!
おめでとうございましたー♪そして1年遅れでごめんねっ。
2007/3/30 なつめ
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