「結果出たら、ぜったい連絡くださいよ!一番にくださいよ!約束っスからね!!」

キミは一体わたしにどんな魔法をかけたのだろう?





サ ク ラ 咲 ケ





昨日の放課後、家へ帰るため下駄箱で靴を履きかえていたときのこと。

その日は午前中からずっと頭に浮かんでくるのは明日の発表のことばかりで。もし自分の番号がなかったら――そう考えるたびに吐き気が込み上げ、気分が重かった。

(だめだ・・・考えるのやめなきゃ・・・)

靴を履き終え、つま先を地面にトントンとつけると少し靴が緩い。靴紐を結び直そうとその場にかがみ込んだとき、背後から誰かが来る気配を感じた。

(やばいパンツ見えてるかも・・・!)

慌ててスカートを抑えて恐る恐ると振り向くと、そこには見慣れた人物が立っていた。

「あれっ、先輩じゃないっスか!偶然っスね〜」

そう言って、にこにこしながらわたしの方に向かってきたのは1つ年下の赤也。赤也はわたしの幼馴染(と言っても小学校からの付き合いだけど)である蓮二の部活の後輩だ。そのつながりから知りあったとは言えども、わたしと赤也の出会いは偶然のものだったと思う。

「あー赤也、ひさしぶり!・・・ってあれ?部活は?」

明らかに部活が始まっている時間なのに制服姿。だけど目の前の赤也には全然焦っている様子がない。

「いやー・・・じつは英語の補習で残されちゃって」
「えーまたあ?」

そう返すと、赤也はへへと少しはにかむように笑った。英語――じつはこれがわたしと赤也の知り合うきっかけとなったものである。赤也は国語が得意なものの英語はからきし駄目で、いつも英語の授業中は寝ているらしい。(だからしょっちゅう先生に呼びだされては課題を出されているとのこと)(←蓮二情報)

そんな赤也が、ある日蓮二に泣きついてきたのだ。大量の英語の課題を抱えて。わたしと蓮二が廊下で話しているときに。

「柳せんぱぁ〜い、助けて下さいっ!」
「懲りないな赤也は。きちんと授業を受けていないお前が悪い」
「そんなぁ・・・お願いしますって・・・」
「だめだ」
「柳先輩しか頼れる人いないんスよぉ」

なんて厳しく応じていた蓮二も、だんだんと涙目になる後輩を目の当たりにしては、放っておけなくなったらしく。

「・・・悪い、。赤也の面倒みてやってくれないか」
「・・・え?」
「頼む」

そう言って、蓮二は赤也とわたしを残して行ってしまったのである。それがはじまり。それからというもの、赤也は蓮二よりもわたしを頼りにしてやってくるようになった。赤也曰く「先輩の方が優しい」のだそうだ。そりゃまぁそれまで関わったことがないわけだから、蓮二と同じように厳しくはできないわけで。

そんなこんなでわたしは赤也に懐かれてしまったらしい。最初はわたしの得意の英語を教えるってこともあって、先生みたいに得意げになってる部分もあった。だけど、自分でも気付かないうちに、赤也がわたしを頼りにしてきてくれることを待つようになっていた。「わかった!」と、目の前でうれしそうに笑ってくれると、わたしも心からうれしいって思った。そしていつの間にか、そんな赤也をすきになっていた。

「ったく、ひとがあんなに一生懸命教えてあげたって言うのに」
「いやーやっぱ先輩が教えてくんないとダメみたいっス」

その台詞にわたしの心臓はどくんっと大きくはずむ。だけど、それを隠すように、わたしは赤也のくせっ毛頭をぐしゃぐしゃっとした。だって、なんかまだ、この想いに気付かれたくないから。こんな些細なことがすごくうれしくて仕方ないなんて言ったら、赤也きっと笑うもん。

「ったくもー、ホント赤也は口が上手いんだから」
「ホントですってば!」

赤也に会ったことで、いつの間にかわたしの抱える不安は吹き飛ばされていた。姿、声、笑顔。不思議だけど、赤也のぜんぶがわたしのプラスになる。恋はパワーとか言うけど、ホントにそうだ。赤也がいてくれるだけで何でも頑張れる気がする。でも、次にふと思いだしたように言った赤也の言葉で、わたしは現実に引き戻される。

「あ、そーいや先輩、明日発表っスよね?」
「あー・・・うん。そうなんだ。ホントさ、どうしようね・・・」
「え、あの、やっぱ先輩も不安だったりするんスか?」
「だ、だってわたし、みんなと違って外部受けたし・・・」

立海大付属中は中学から大学までエスカレーター式で、それなりの成績さえ修めていればこのまま高校に進むことができる。だからたいていの子たちはそれを狙ってこの中学校に入学してくるのだ。例に漏れず、わたしの親しい友だちもみんな立海の高校へと進む。最初はわたしもそのつもりだった。もっとみんなと一緒にいるつもりだった。もっとみんなと一緒にいたかった。そしてもちろん赤也とも。きっと赤也もこのまま立海の高校に進んで、またテニスを続けるに違いない。だけど、わたしは見つけてしまったのだ。自分のやりたいことを。そのためには、立海にいるよりももっといい道があることも。自分のために、自分で決めた道。そのために立海から離れると決めて外部を受験した。
なのに。なのに、何故か不安でたまらない。
外部を受験しようと決めてからずっと、その決断は正しいと信じ、突き進んできた。でもいざ受験を終えて発表を目の前にしてみると、受験に対してあった不安よりももっと大きな何かに飲み込まれそうになる。

もし、もしだめだったら。
そしたら、みんなとまた一緒にいられる。夢を叶えるには困難になるけれど、赤也ともいられる。だけど、今までの努力や、応援してくれた家族や友だちに、どんな顔をしたらいいかわからない。

もし、合格していたら。
そうすれば、やりたいことに近づける。願いが叶う。けれど、友だちと別れ、全く新しい環境に行くことになる。新しい場所で上手くできるのかな。それに、赤也とも、もう・・・。

「なに言ってるんスか!」

自分のつま先を見ながらしゃべっていたわたしの頭に、赤也の声が降ってきた。

「先輩は自分のやりたいことを見つけた。だから、立海じゃないところへ行く。そーっスよね?」
「・・・・・・うん」
「それってすごいことじゃないっスか!俺カッコイイと思いますよ!」
「・・・え?か、かっこいい・・・?」
「そうっスよ!俺はたまたまテニスが好きで、もっと上手くなりたいからこのまま立海へ上がりますけど。でも結局は俺も先輩も同じだと思うんですよね。やりたいことをやるって意味で」
「そう・・・かな・・・」
「だってとことんテニスやるって決めてる俺ってカッコイイっしょ?」
「・・・プッ。赤也、普通自分でカッコイイって言う?」
「だってぜってー俺カッコイイもん。まぁ先輩の場合は外部に出るってことで別の不安はあると思うんスけど、でも夢があれば何だって大丈夫っスよ!」

そう言ってグッと親指を出した赤也は、いつもなら笑ってしまうんだろうけど、きらきらしててかっこよかった。ただ、真面目な顔でしばらくそんな状態でいるもんだから、つい笑っちゃって。そんなわたしを見て、「あ、なに笑ってるんスか!俺超いいこと言ったのにー」と赤也はむくれた。

気付くと、心の中の不安はいつの間にかなくなっていて。あんなにプラスとマイナスの波に揺られていたのに、ちゃんと方向を見つけて泳ぎ出していた。ホント赤也は不思議なくらいわたしにパワーをくれる。まるで魔法使いみたいに。

「ありがとね、赤也」
「いーえ!明日連絡くださいよ!」

その言葉にわたしがグッと親指を出すと、赤也も同じように親指を出した。
刹那、その指が触れる。

(・・・!)

驚くわたしにいたずらっぽい笑顔を残して。赤也はそのまま部活に向かって行ってしまった。



後ろ姿を見ながら思う。
だめだ、わたしホントに魔法にかかってる。
でなきゃ、なんでこれだけでこんなにドキドキするのかがわからない。










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2007/2/20
なつめ



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