「あ、仁王ー!ちょっと!」
そう言って小走りに仁王の元へ行く後姿を 俺は今日も見つめてる。
Smile for me
「またかい」
「ね、今日も時間あるー?」
仁王を見つけた途端コレだ。あいつは最近いっつも「あっ、ブン太ごめん!」とか言って俺をほったらかしにして仁王の所に行きやがる。俺の了承も得ずに、だ。くそー腹立つなぁ。今日もは教室で俺と話している途中、廊下を歩く仁王を見つけてパタパタと廊下に出ていってしまった。俺はいつもこうやって机に肘をつきながら、ふたりの様子をうかがう。いつものように仁王としゃべって楽しそーに笑う。バカ、そんな顔すんなよ。お前好きなやつバレバレなんだよ。
俺がお前のこと好きなの知らねえだろ。このニブチン。
俺がをすきになったのは多分きっとずっと前。多分って言うのは、そういう自覚をしたのが最近だから。
とは去年からクラスが一緒で、何度か席が近くになることもあった。けど、そんな感情をに対して持ってるなんて思ってもみなかった。話してて楽しい友達、ただそれだけだと思ってた。まあ正直言っちまうと、すきなのかなぁとか頭かすめたこともなかったわけじゃない。でもその時は、まさかこんなドジなやつすきなわけあるかって思ってた。だって何も無いトコでこけたりするんだぜ?有り得ないだろ。
ありえない、ありえない、ありえない。ホントにそう思ってたんだ。
でも、今年に入ってから何故かと仁王が親しくなった。仁王とはクラス違うっつーのに。何でかなんてそんなこと俺にはわかんねえし、どっちにも聞けなかった。聞くのが怖かった。で、そこで気づいたわけ。あー俺のことマジだったんだ、って。俺、気付くの遅すぎ。
「・・・ねぇ、ちょっと、ブン太!」
そう呼ばれて顔あげるとの顔があった。
「ん、あれ?お前仁王ンとこ行くんじゃねえの?」
「もう話し終わったよ。てゆーかさっき5限目の予鈴鳴ったし」
「は!?マジで?いつの間にチャイム鳴ってんだよ」
「だいぶ物思いにふけってたようですねー。何ですか、仁王君とわたしの行方とか気にしてました?」
「(コイツ、人の気も知らねえで・・・)んなわけあっか。あっちの校舎の可愛い子見てたんだよ」
「ふーん、そう。あ、ねぇちょっといい?」
「何だよ?」
「あ、あのさ、明日、一緒にお昼食べられない?」
「は?」
「だ か らぁ、お昼だってば!」
「誰と誰が?」
「あたしとブン太が」
「どこで」
「どっかで」
「・・・マジで言ってんの?」
「うん、マジ。大マジ」
のカオは真剣で。
一体何を考えてるのかわからなかった。
「てゆーか昼なんていっつも仁王と食ってんだろ」
「あー、いや別にそれに深い意味はなくてですねぇ・・・」
「・・・(なんで急にかしこまんだよ。明らかに態度おかしいっつの)」
「もーいいじゃんそんなの!だからどっち?OK?おっけー?」
「・・・(選択肢にノーねえし)」
「ねえブン太!」
「あーわかったよ。食えばいんだろ、一緒に」
「何でそんなに嫌そうなのよーブーブー」
「ブーブー言うようなブタとなんか飯食わねーぞ」
「わーごめん!もう言わない!だから明日よろしく!」
そうが言い終わるとすぐに5コマの授業の先生が教室に入ってきて、は慌てて自分の席へと戻っていった。そして早々とかったるい現国の授業が始まる。
前の方の席のやつらが教科書を読んでいる間、俺はさっきのとの会話を思い出していた。
(つうかさ、「よろしく」ってなんで飯食うのによろしくとか言われなきゃなんねえんだ?)
(がすきなのは仁王だろ?俺が登場していいワケ?あーマジわけわかんねえ・・・)
でも、そう思っても俺はと飯を食うことを断ろうとは思わなかった。だってアイツと飯食うなんて、これから先あるかどうかわかんねえし。そういえば前にの弁当見たときかなり美味そうだったな、と思い至る。家の弁当がすっげえ羨ましくて(俺、昼はいっつも購買だし)、確かしつこく何度もくれってせがんだんだよな、俺。まさかあれ覚えてて、明日作って来たりして。・・・なんて、あるわけないか。
と、そんな風にどこか期待を膨らませているうちに、なんとなく明日の昼が楽しみになっていた。
次の日、俺はいつもより早く朝練が終わったため人気のまだ少ない校舎を教室に向かって歩いていた。今日は珍しく仁王が朝練に来なかった。仁王は考えてることはよくわからないが、練習には真面目に出ている。今までほとんど休んだことのない奴が休むなんて何か変な感じがした。教室ついたらメールしてみっかな、とか思いながら3年の廊下の方へ行くと、誰かの声が聞こえてきた。だいぶ遠くから聞こえてくるけど、女子の声には違いない。こんな朝早くからなんて女子ってホント話好きだな。そう思って廊下を曲がると、少し先の隅の方にがいんのが目に入った。
(ん?アイツ何やってんだ・・・?)
よく見ると誰かとしゃべってるようだった。ということは今聞こえてきたのはの声。何話してんのかはわかんなかった。けど、しゃっべってる相手は見えた。
(よりによって何で朝からこんな光景見なきゃなんないんだよ・・・)
の隣にいたのは仁王。そしてその隣には楽しそうに笑うの姿。
そんな二人の光景を見て、俺は瞬間的にイラ立ちを覚えた。
(お前らなんでこんな朝早くから会ってんだよ)
(仁王、お前だって朝練休んでまで話さなきゃなんねえことなのかよ)
(お前、そんなにが大事なのかよ)
(なんでそんなに楽しそうに笑ってんだよ・・・!)
多分、どっちに対してとかそういうんじゃない。きっとこれは自分に対して、だ。何もできない自分に対して。すっげーイライラした。だから俺は二人に気づいてない振りをして教室に入ろうとした。そのとき。
「・・・でね、今度の試合見に行こうかな、って」
聞こえてきたのは嬉しそうなの声。
俺は奥歯をグッと噛み締め、まだ誰もいない教室へと入った。
自分の机に行き、ドンッと重たいカバンを置く。
(今度の試合にが来る。でもの目は俺じゃないヤツを追う?・・・ふざけんな)
「あ、ブン太おはよー!」
ちょっとしてからが教室の中に入ってきた。俺の気も知らず、明るく挨拶しながら近寄ってくる。は何も悪くねえのに、を見ただけでイライラした。このままじゃ当たっちまいそうだ。こっち来んな、そう思ったときにはもう既に目の前にがいた。
「・・・どうしたの?ブン太。具合悪い?」
「そんなんじゃねーよ」
は心配そうな顔で俺のこと覗いてくる。
いつもならそんな顔すんな、大丈夫だ、って笑って言ってやるのに。今日はそんな余裕がなかった。
「ホントに・・・?」
「・・・・・・」
「あ、あのね、今日お昼一緒食べようって言ってたでしょ?」
何も答えない俺に何かいつもと違う感じを察したのか、は話題を変えようとしているようだった。
「それでね、あたし今日お弁当作ってきたんだ。ブン太の分も。ほら」
そう言っては自分のカバンから弁当箱を二つ取り出して俺に見せた。俺の目の前にふたつの弁当箱。
昨日、あれだけ期待してたの弁当。なのに、それを見て、俺は言ってしまった。止められなかった。それが、絶対に言っちゃいけないことだってことに気付かずに。
「は?、お前ソレ渡す相手間違ってんだろ?」
「え?」
「お前さ、今度の試合見にくんだろ?」
「えっ!?な、何で知ってるの!あ、も、もしかしてもう仁王くんから・・・」
の口から出た「仁王くん」という言葉に、俺の中でプツンと何かが切れた。
「あ、あのね、色々あってその、今度の試合・・・」
「今度の試合ね、」「わかったよ」
言葉が重なった。
「え?」
「だから、わかったって言ってんだろ」
「な、何が・・・?」
「何が、って今度の試合に仁王見に来んだろ?俺がそん時なんとかしてやるって」
「えっ、なんとかって、ブン太何言って、」
「さしずめ、今日の弁当も仁王に食わせる前の予行練習ってやつ・・・」
言ってる途中で俺の腕に何かが当たった。
下を見るとが持っていた弁当箱がふたつ、落ちている。ひとつはふたが開いて中身が出てしまっていた。
「何してんだよ。せっかく作った弁当・・・」
弁当箱を拾おうとしゃがみ込むと、頭の上からつぶやくような声が聞こえた。
「・・・ブン太が前にいいなって言ってたから、だからあたし・・・」
の足元にぽたっと雫が落ちた。
「・・・っ、ブン太のばかっ・・・」
俺が見上げるより先に頭の上からそう声がして、は教室から出て行ってしまった。
「・・・っ、何なんだよ。わけわかんねぇよ。くそっ」
俺は立ち上がって、目の前の椅子を思い切り蹴飛ばす。
(だってお前は仁王がすきなんだろ?)
(だったらそれでいいじゃねえか。何で認めないんだよ)
(お前が認めないといつまで経っても俺がのこと諦めらんねえんだよ)
床に転がったままの弁当箱。そこから色とりどりの具が散らばっていた。
(何でこんなことになんだよ。俺はただ、笑って一緒にこれを食いたかったんじゃねぇのかよ)
やりきれない思いを抱えて、再び弁当を拾おうとしゃがみ込んだ、そのとき。
「“ねぇ仁王、ブン太って何がすきかなあ?”」
「“お弁当とかって作っていったら引かれると思う?”」
教室の前の方から声がした。声だけで誰かはわかったが、反射的に顔を上げる。半ば睨みつけるように目をやると、教室の前のドアに飄々とした表情の仁王が寄りかかるようにしていた。
「何のつもりだよ、仁王」
俺の問いかけも無視して奴は続ける。
「“明日、お昼誘ってみようかと思うんだ”」
「“卵焼きだったらしょっぱいのと甘いのどっちがすきだと思う?”」
「“ねぇ、ブン太ってすきな子いるのか・・・”」
「・・・っ!」
最後の言葉を聞き終える前に、俺は教室から飛び出した。
「だいぶ物思いにふけってたようですねー。何ですか、仁王君とわたしの行方とか気にしてました?」
「あ、あのさ、明日、一緒にお昼食べられない?」
「それでね、あたし今日お弁当作ってきたんだ。ブン太の分も。ほら」
「・・・ブン太が前にいいなって言ってたから、だからあたし・・・」
何言ってんだよ、俺。
のこと、一番わかってるつもりして全然わかってなかった。
俺はお前がすきなんだよ。
そんくらいわかれよ、バカ。
走っていったを見つけるのは簡単だった。屋上への入り口とか人のいなさそうな所を探そうと思ったら、4階の廊下の真ん中にぺたりと座り込んでる後姿を見つけた。俺は走るのをやめてゆっくり近づいていく。
「」
後ろから声をかけた。でも下を向いたまま何も返してこない。
ゆっくり一歩づつ近づきながらまた「」と呼ぶ。
彼女は顔をあげない。
そのまま近づいてってちょうど真後ろに来た。
「」
三回目を呼んでから、俺は前に回りこんでしゃがんだ。顔は、見えない。
「お前、また転んだのかよ?」
そう言ったとたんはばっと顔をあげた。唇を噛んで、その目には涙。
にこんなカオさせてんのは俺。
泣かせたのは俺。
全部悪いのは俺。
傷つけたのは俺だってわかってんのに、何でだよ。
「ごめん」の一言が出てこない。
「ご、ごめっ・・・んね、ぶんた・・・」
先に口を開いたのはの方だった。
何でお前が謝るんだよ。悪いの全部俺じゃんか。
「でも・・・っ、あ、あたし、仁王くんじゃなくて、ぶ、ブン太のことが・・・っ、ひゃっ!」
「もう、黙ってろ」
突如として言い表せない愛しさが込み上げてきて。
俺はしゃがんでを腕の中に閉じ込めた。
「ごめん。ごめんな・・・」
絞りだしたような小さな懺悔はに届いただろうか。心の中でも幾度となく「ごめん」と繰り返す。
するとは「ひと、来るよ・・・?」と小さく言って、俺の腕の中で身じろぎした。こんなところでこんなこと、普段の俺なら絶対できない。でも、今はそんなことどうでもよかった。俺はの言葉に抵抗するかのように、抱きしめる腕に力を入れる。そうすると、逃れようとしていたも観念したようにおとなしくなり、しばらくすると俺の背中に腕を回してきた。たどたどしかったけれど、それがなおさら愛しく思えた。ただ抱き合っただけなのに、その体温がお互いの気持ちを伝えた気がした。たとえ言葉がなくても。
「俺さ、」
抱きしめていた腕を解いて、の頬にできた涙の跡を指でなぞる。
俺の目がを捉え、そしての目が俺を捉える。
「のこと、すきなんだ」
ふたりで教室に戻ると教室はもう人で溢れていた。
席に戻ると、落ちていたはずの弁当箱がキレイに片付けられて机の上にちょこんと置いてあった。きっと仁王が片付けてくれたんだろう。あの仁王が、しゃがんで弁当箱を片付けている姿を想像して、二人で顔を見合わせて笑う。仁王には後で合わせて礼を言わねぇとな、と思う。
今までと変わらない笑顔。
だけど今日から、俺の隣に、の隣には俺。
繋いだ手に力を入れて、の笑顔をずっと守っていこうと心に誓った。
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「おい仁王、いろいろ・・・あんがとな」
「ブンちゃんは早とちりさんじゃからのう」
「うるせぇ」
「礼言いに来たんじゃなか?」
「・・・・・・(くそっ)」
「仲よくやりんさいよ」
「あったりめーだ!・・・サンキュ」
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からかいながらも真っ直ぐなブン太がほほえましく、そして羨ましいと思うのが仁王だと思う。
WRITE:2004/12/16
TOUCH IN:2008/11/25
なつめ
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