そして隣同士の昼休み。
Smile for you
「わあ、ホントいい天気だね!」
「だろ?だろ?ぜってーココがいいと思ったんだよ」
屋上の貯水槽の上。お昼を持ってこっそりやって来た。ふたり並んで、座る。ホントは危ないから立ち入り禁止なんだけど、たとえバレて怒られたって平気。少しでも人より空に近いところにいるってこと。そしてなによりブン太と一緒ってことが、わたしを幸せな気分にする。
「あー腹減った」
ブン太が空を見上げた瞬間風がビュッと吹いた。彼が目をつぶったその隙にわたしは後ろに回り込む。
「…ッテ、目に髪の毛入るっつーの…」
乱れた前髪を直したブン太の視線が一点で止まり、そして彼は目の前のソレを両手で受け取った。
「…食っていーのか?」
「もちろん。だってブン太のために作ってきたんだよ?」
そう言ってもブン太は手に取ったお弁当箱をじっ見つめてるだけだ。
お弁当を入れている袋のひもにすら手をかけない。
「食べたくないの?」
「バカ、食いたいに決まってんだろ。ただ、俺がコレ食ったらお前何食うんだよ?」
「でも…」
「やっぱ食うモンねぇんじゃねーか。ほら、が食えって」
そう言ってブン太はわたしの膝の上にお弁当箱を置いた。
赤い、チェックの袋に入ったお弁当。ブン太がわたしのことを考えて言ってくれてるのはわかる。けど、でもこれはブン太のこと考えながら作ったお弁当。ブン太に食べて欲しくて、バランス良く、彩りも考えて可愛く作った。わたしが食べてしまったら意味がない。第一、朝にお弁当を一個ダメにしてしまったのはわたし。投げなければよかった、と今更ながらに思う。本当に。
「よっし」
隣でブン太が携帯をパチンと閉じた。何か口元がちょっと笑ってる。
「どうしたの?」
「ん?ああ何でもねーよ。じゃさ、とりあえずふたりで食おうぜ」
そうウインクしてブン太はお弁当を開け始めた。“とりあえず”の意味はよくわからなかったものの、ブン太が楽しそうだったから、わたしも「うん」と頷いておいた。
「そういやさー」
わたしが作った卵焼きに箸をつけたブン太が、何かを思い出したように口を開いた。
「なにー?」
「仁王に聞いたんだろ?俺が卵焼き甘いのとしょっぱいの、どっちがすきなのかって」
「えっ、な、何で知って…!って、さては仁王くん…」
ブン太にバラしたな…!あれだけ内緒にしてって頼んでたのに。
やはりその辺が詐欺士体質なのか。まぁ、結果的に今隣にブン太がいるわけだから、許すけど。
「あいつ、何て答えた?」
「えー気になる?」
「なんとなくな」
「聞かないほうがいいと思うけどなぁ」
「は?何言ったのか言ってみろい」
「えーとね」
「おう」
「“丸井のヤツは雑食だから、たとえ酸っぱくても美味い言いよるよ”」
「あぁ?んなわけあっかよ。酸っぺー卵焼きなんか食えっかっての」
そう言い放ってわたしが作った甘い卵焼きを口に入れたブン太。何か反応が返ってくるかなーと思ったけど、何も返ってこない。まさか本当はしょっぱい方が好みだったとか…?そう思って恐る恐るチラリと横目でブン太を覗いたら、その不安は一瞬でかき消された。
仁王くんが“丸井のヤツは雑食だから、たとえ酸っぱくても美味い言いよるよ”って言ったのはホント。でもその後に彼は“のなら何だって美味い言うじゃろ”と付け足した。そのときはどんな意味が込められてるのかなんて気付かなかった。でも今ならわかる。お弁当を口に運ぶたび、目を細めておいしそーな顔をするブン太を見れば。
ピーヒョロロロロロ…という泣き声がして、上を見上げると大きな鳶が飛んでいた。太陽の光が眩しくて、その影はただ黒くしか見えなかったけど、自由で勇ましい。鳥っていいな、と思う。全てを見れる。そして自由。わたしにとってブン太も自由人で。ブン太といる時だけわたしも本当に自由になったように思える。
そうやって空を見上げていたわたしの耳に、突然ガチャッと真下のドアが開く音が聞こえた。やばっ、先生!?隠れなきゃ、と思ったわたしとは正反対にブン太はそのドアの方を覗き込んだ。
「丸井せんぱーいっ」
「おっ、赤也!こっちこっち」
“赤也”という名前には聞き覚えがある。確かブン太が所属するテニス部の1コ下の後輩だ。テニスも上手くて、ブン太とも仲が良いのは知ってるけど、何で彼がここに?
「ったくもー丸井先輩ってば人使い荒いんスから…」
だんだん声が近づいてきて、ひょこっと黒いくせっけの頭が覗いた。
「サーンキュ、赤也」
「ハイ、メロンパンにー焼きそばパンにー牛乳プリンで」
「おう、金は後で部活ン時返すから」
「ホント丸井先輩ってよく食いますよねーだからそんなに太るんスよ?」
「うっせー赤也。ちっとはだまってろい」
ブン太にポカっと叩かれた赤也くんは「あてっ」と声を上げた。そんなふたりのやり取りが可笑しくて、わたしは思わず噴き出す。
「えっ、先輩!?」
わたしの存在に今気付いたらしい赤也くんが身を乗り出してわたしを見てきた。あれ?何でわたしの名前知ってるんだろ。不思議そうな顔をしているであろうわたしに気付いてか気付かないでかはわからないけど、赤也くんは続ける。
「あっ、スイマセン。俺としゃべるのって初めてっスよね?俺テニス部一年の切原赤也です」
「名前はブン太から聞いてるよー。初めまして、赤也くん。です」
にこっとされたのでにこっと笑い返してみる。赤也くんって人懐っこい感じで可愛い。
「やっぱ丸井先輩の言う通り可愛いっすね、先輩。一回写真でしか見せてもらったことなかったけど、」
「ばっ…赤也、てめ何ベラベラ一人でしゃべってんだよ!やめろっての!」
今度はボガっと叩かれて「あでっ」と短く悲鳴を上げる赤也くん。あーあー可哀想。ダメだよブン太、後輩には優しくしなきゃ。そんなふたりの様子を見て、ごめんね赤也くん、と心の中で謝っておく。でも、おかげでこっちはいいこと聞けたから、ありがとう、とも付け足しておく。
「ったく、赤也お前もうしゃべんな!教室戻れ!」
「ひっでー丸井先輩。俺がパン持ってきてあげたこと棚に上げてないっスかー?」
「うるせー、じゃな赤也!さんきゅ!」
「ちぇっ、心こもってないっつの」
「何か言ったかー…?」
「や、何でもないっスよ!」
ちょっとビクビクした声で赤也くんはそう答えて、少し重いドアを開いた。ギィィィーっと音がしたと同時に一言。
「せんぱーい、丸井先輩ってワガママなとこありますけど、照れてるだけですっげーいい先輩ですから!宜しくお願いしまーす!」
赤也くんの出て行ったドアがバタンと閉まってから、ブン太は固まっている。さっき赤也くんが持って来てくれた(というか多分ブン太があの時携帯で頼んだんだろう)ものを手に持ったまま。
「ブン太、どした?」
「わっ、お前こっち見んな!」
半ば強引に顔を覗き込むと、ブン太の顔がほんのり赤かった。
「わー照れちゃった?照れちゃった?」
「うるせー」
「だってそうだよねー。まさかブン太がわたしのことを可愛いとか言って後輩に写真見せてたなんてねー」
「…」
そう言ったらブン太は顔を反対側に向けてしまった。
だってさ、ブン太が今照れてるってことはさっき赤也くんの言ったことが本当なわけで。それに、照れてるブン太なんてこれまで見たことなくて。嬉しいんだもん、わたしがブン太のことをいっぱい考えてたように、ブン太もわたしのことをいっぱい考えて、想ってくれていたってことが。
そっぽを向いて黙ってしまった様子を見ていると、ブン太の手から牛乳プリンが落ちた。
「ブン太、落ち…」
牛乳プリンを拾おうと手を伸ばしたら、その手を取られた。
顔を上げると同時に引き寄せられ、ブン太の唇がわたしの唇に触れる。
いきなりのことに固まってしまったわたしに対して、ブン太は余裕の表情。
「、顔真っ赤」
さっきの仕返しをされたと気付いた頃には、時既に遅し。
心臓がものすごくバクバクいってて、全身の血液が顔に集まってるんじゃないかってくらい顔が熱い。
「ブ、ブン太のばかっ。ファ、ファーストキスだったんだからね…!」
やっと出た強がりにブン太は笑って一言。
「そんじゃセカンドキスはまた明日な」
その一言で、わたしが明日のこの時間、リベンジしてやることを心に決めたのはブン太には内緒。
そして次の日の午後、わたしからキスをしかけてふたりして真っ赤になるのは、またあとのはなし。
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2005/2/17
なつめ
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