人が後悔するのは
同じことを繰り返さないようにするためで
落ち込むためじゃない





ステップ バイ ステップ





放課後、部活が終わってから一旦教室へと引き返した。翌日1時間目にある英語の教科書を忘れたことに気付いたからだ。焦った様子で部室を出たものの、校舎内へ入るにつれてその足取りは遅くなった。ひとりになって頭の中に浮かんでくるのはは丸井のこと。ぼんやりと考えながら教室へたどり着き、自分の席へ行って机の中に手を入れる。けれど、出てきたのは汚い数学の教科書で、あれ?と思って教室を見回すと見慣れない掲示物に囲まれていた。そこでようやく自分が違うクラスに入っていたことに気付き、慌てて自分のクラスへと向かう。クラスを確認し、今度こそ自分の机の中から教科書を取り出す。そしてまた、すっかり静かになった廊下を下駄箱に向かって歩く。

丸井が今もわたしをすきかなんて保証はない。でも、わたしが丸井をすきな気持ちは本当だと思う。丸井を誰かに取られたくない、そう思った。初めて、そう思った。自分がこんなことを思うなんて思ってもいなかった。独占欲なんてない、そう思っていたけれど、これがきっとそうなのだと思った。

だから思った。伝えたい、と思った。丸井に、この気持ちを。
丸井が去年わたしに伝えてくれたように。

(・・・いつ伝えよう。・・・明日?でも心の準備が・・・)

告白なんてしたことがないため、丸井を目の前にしたときのことを考えるだけで緊張した。けれど、この決心が鈍らないうちに伝えなければならない。そして何より、丸井があの子に告白してしまう前に。

(・・・うん、早いほうがいい。絶対。後悔だけは、したくない)

そう結論を出したのは丁度下駄箱へとたどり着いたときだった。既に人気のない昇降口で靴を履き替えると、前方に誰かの気配がした。目線を前へ移すと傘立ての上にでも座っているのか、投げ出された足が見える。ズボンだから男子だ。どうせまた彼女でも待っているのだろうと思い、振り向きもせずに横を素通りする。すると、ガタッという音と共に「おいっ」という声。そしてわたしは左腕を掴まれる。びっくりして振り返ると、面白くなさそうな顔をした丸井がいた。

「お前なぁ、ちっとぐらい振り向け」
「えっ、丸井、なんで・・・」

あまりの驚きに思ったことがそのまま口から出る。ずっと考えていた丸井が突然目の前に現れて、どうしていいかわからない。そんなわたしの動揺をよそに、丸井は掴んでいたわたしの腕を放して言った。

「ちょっと、聞きたいことがあって」

そう言う丸井の顔にちょっとした照れのようなものを見つけて、今日の体育のあの一言が思い出される。

「へー結構可愛いじゃん。ああいう子と一回付き合ってみたいもんだよな。狙ってみっか」

(聞きたくない。聞きたくないよ。待って、お願いだからまだ何も言わないで)

先にわたしに言わせて、そう思うのに、いざ伝えようとしても大事な言葉は喉の奥でつっかえて出てこない。悔しくて唇を噛む。そんなわたしの様子に気付かないのか、丸井は続けて言う。

「あんさ、俺って軽く見える?」
「え?」
「なんかさ、俺って軽く見えんだって。他の奴等から見ると」
「そ、そうかなぁ・・・?」

何て答えて良いかわからなくて曖昧に返す。
どうして今こんな質問してくるのか、丸井の考えてることがわからなかった。

「俺、すきになったら結構速攻タイプだろ?それが原因なのかなって」

その言葉に、さっきまで固まっていた決心が大きく揺らいだ。速攻ということは、丸井はもう転校生のあの子に告白するつもりなのだろうか。わたしのことはもう過去のことで、もうすきじゃないってことなのだろうか。

丸井の考えていることが全くわからなかった。なぜ今日、このタイミングで、わざわざわたしを待ってまでこんなことを言ってくるのか。前にわたしが振ってしまったことに対しての、ただの天罰なのだろうか。そんなこと、いくら考えたってわかるはずはないのだけど、このタイミングで言われてしまったら、わたしのこの気持ちはどこへ行ったらいいのだろう。ぐるぐると頭の中を同じようなことが回って、思考が、心がぐちゃぐちゃになっていくようだった。

(丸井、わたし決心してたの。わたしの気持ち、伝えようって決めてたの。なのに、どうして?)

「だからさ、俺どうしたらいいんだろ・・・って、な、んで泣きそうになってん、の?」

慌てた口調で丸井が言う。それを聞いて、自分の目に涙がたまっていたことに気付く。みるみるうちに視界がぼやけて、一度まばたきをすると、ぼたぼたっと涙がこぼれ落ちた。泣きたくなんてない。泣いていいわけなんてない。だってきっと、いきなり目の前で泣かれて丸井は困ってる。丸井は何もわるくない。だから泣いちゃいけない。

止まれ、止まれと指で目をこする。けれど、込み上げてくる熱は止められなくて、そしてどうしようもなく苦しくて。
ただただ涙が溢れた。

「おい、どうしたんだよ。俺、何か悪いこと言っちまった・・・?」

頭上からおろおろした丸井の声が聞こえてくる。ちがう、丸井のせいじゃない。ごめん、困らせてごめん、丸井。そう言いたいのに言葉がつまってなかなか出てこない。大きく頭を横に振り、必死に口を開く。

「・・・っ、ちが・・・っ」
「・・・なにが、ちがうって・・・?」

聞き返す丸井の声が近くに感じた。と、思ったと同時に、目をこするわたしの手を丸井が取った。驚いて目を開けると、滲んだ視界でもわかるくらいすぐ近くに丸井の顔があった。驚きからか、自然と涙が止まる。

「・・・落ち着いて話せるか?」
「・・・・・・うん」
「ゆっくりでいいから」

そう優しく言われ、わたしは徐々に落ち着きを取り戻していく。
今日伝える予定ではなかった言葉。まだどう切り出すかも考えていなかった言葉。
順序なんて、どうでもいいと思った。伝えたいのは、ひとつだけ。ふうと大きく息をひとつ吐いて、前を向く。

「わたしね、丸井のことが、すきなの」

目の前の丸井の目が、大きく見開かれた。そうだよね、いきなり泣かれて、泣きやんだと思ったら今度は告白されて。ホント、わたしは丸井のことを困らせてばっかりだ。けどね、それでもすきだよ。だいすきだよ。誰にも負けないくらい、丸井のことが。

「・・・あの子のことが気になってるなら、それでいいの。ただ、どうしても伝えたくて」
「・・・あの子?」
「・・・・・・転校生の、子・・・」

本当は、どうでもよくない。あの子のことなんて、すきにならないで。そう言いたいのに、言えない。だって、わたしは丸井にそんなことを言える立場じゃない。

また涙が込み上げてきて、まずいと俯いたその時。

「悪かった、

言葉と同時にやってきたもの。それはわたしの近くにあって、だけど手が届かないでいた、ぬくもり。丸井に突然抱き締められたわたしは、驚きに体が動かない。そんなわたしを更にぎゅっと抱き締め、丸井は続ける。

「ごめんな。俺、のこと追い詰めたんだよな」

何のことかわからなくて、丸井の腕の中でじっと次の言葉を待つ。すると丸井は静かに口を開いた。

「俺さ、去年お前に告っただろ?あの後自分でもちょっと早すぎたなって後悔してさ。でもまぁそれからも友達でいれたから、それでいいやって思ってた。けど、それからも他にいいなって思えるやついなくてさ。逆にのことばっか気になっちまって」

丸井はそこで一度言葉に詰まった。けれど、一呼吸おいてまた口を開いた。

「俺はこんなに気になってんのにの気持ちさっぱりわかんなくて。最近すっげーイライラしてる自分に気ぃついた」

抱きしめる腕の力が弱まり、わたしは丸井を見上げる。すると丸井はばつが悪そうな顔をしながらわたしの頬に手を当て、親指で涙を拭ってくれた。

「だから、ワリぃ。の様子を窺おうと、わざとの近くであんなこと言った。まさか追い詰めちまうなんて思ってなかったんだ。マジごめん・・・」

丸井はそう言ってまた謝った。その表情に、胸が苦しくなった。どうして丸井が傷ついたような表情をするの?ちがう、丸井は全然悪くない。丸井を傷つけたのはわたし。悪いのははっきりしなかったわたし。自分の気持ちを守ることだけを考えて、丸井の気持ちなんて考えてなかった。わたしなんかより丸井の方がずっとずっと辛かったのに。気付かなくてごめん。気付いてあげられなくてごめん。だからそんな顔しないで。

「丸井」
「・・・ん?」
「ごめんね」
「謝んなって」
「今頃、すきだってわかって、ごめん」
、」
「・・・もう、遅い、かな・・・」

わたしの涙を拭う指が止まる。不安げに見上げると、丸井は眉を下げて笑って言った。

「余裕で間に合ってるよ」



去年、あの時わたしが頷いていたら。この抱きしめてくれる温かさを既に知っていたかもしれない。
けれど、こうやって遠回りしてきたからこそ、今はこのぬくもりの大切さがわかる。



「一回振られてんのに未練がましいかもしんないけど」

そう照れながらも言ってくれた、「すきだ」という言葉に、
「だいすきだよ」とつぶやいて、丸井の背中に腕をまわした。










---------------------------------------------------
次の日のこと。

「あんさ、
「なに?丸井」
「昨日の傷開いちゃったんだけど、舐めてくんな・・・」

ばこーーーーーーーーん

「いてぇだろい」
「いてぇじゃないでしょ」
「なんだよ、俺たち付き合ってんだろ」
「それとこれとは別でしょ、バカ!」
「ばっ・・・バカってことはないだろ」
「バカだからバカって言ってんでしょ!ばかばかばかばかばか!」」
「ったく、ちょっとだまれ」

呆れた彼氏が彼女をいきなり引き寄せてキス1発で黙らせたことは周知の事実である。


---

1話に収めるには長すぎだったことに気がついたので小分けにしてみた2008年の冬。

WRITE:2005/5/1
TOUCH IN:2008/11/26
なつめ



Powered by NINJA TOOLS





<<back



close