「ねー聞いた?」
「高尾くん、すきな子からしかプレゼント受け取る気ないんだって!」

朝から学年中を飛び交う噂は、登校したばかりのわたしの耳にもいともたやすく入ってくる。

「本命って誰なんだろねー」
「聞いたことないよね」
「彼女いないってことでしょ?興味あるー!」

教室へ足を踏み入れると、案の定噂好きなクラスメイトが窓側に集まって話していた。わたしはさも興味のない様子で廊下側真ん中の自分の席に着く。教科書類を机の中に入れようと鞄を開けたところで、ふと手が止まった。

鞄の中。上の方をぎゅっと白いリボンで結んだ黄緑色の袋。高尾への誕生日プレゼント、だ。

高尾にあげると決心して一ヶ月も前に買った。高尾が笑ってくれることを想像して選んだ。
たまに校内ですれ違って挨拶するみたいに、何気なく渡して終わるつもりだった・・・のに。
ぎゅっとスカートを握りしめる。



ほどなく予鈴が鳴り、担任が教室へ入ってきた。
挨拶をして、担任が今日の連絡を話し始めたところで時計を見る。

まだ、一日は始まったばかり。
目をつぶって一つ大きく深呼吸をする。



高尾とは中学が一緒で、クラスが一緒になったのは3年の時の1回だけだった。それまでただのチャラけたバスケバカだと思っていたのに、一緒のクラスになってそうではなかったことに気付かされた。
高尾は本当にいろんなことに気が付く。それは授業中、休み時間、関係なく発揮される。一見調子いいだけに見えてさりげなくフォローしているから、周りが気付かないうちに物事がうまくまとまっていたりする。もちろん取り繕っている感じもなく、基本的におしゃべりで明るい性格なのも手伝ってか、クラスメイトからも先生からも信頼されていた。彼の周りにはいつも誰かがいる。彼女は・・・2年までの彼のことは知らないが、3年の頃にはいなかったように思う。

いつだったか、掃除の時間に高尾と何気なく話をしたことがあった。

「高尾ってさ、結構いろんなこと見てるよね」
「そ?」
「うん。いろいろ気付いてフォローしたりしててさ、すごいなって思うんだよねーいつも」
「本人、あんま考えてなかったりよ?」
「それ、なおさらすごいよ。わたしなんて全然気付かないのになあ、分けてほしいその能力」


なんて言ったら、高尾はきょとんとした顔をしていた。それで自分が真剣に褒めていたことに気付いて、途端に顔に血が上ってくるのがわかった。だけど、目の前の高尾は変わった素振りもなくて。「さーんきゅ」とはにかむように笑って、そのまま掃除に戻っていった。

何も言わなかったのは、たぶん気付いていたからなんだと思う。恥ずかしくなって、焦っていたわたしに。

そんなところが、いいなって思った。



午前の授業はあっという間に終わってしまった。昼休みもどこからか高尾の話が聞こえてきて、重い腰を上げる気にはなれなかった。もう誰かのプレゼントを受け取ってしまった、という話が聞こえてこないのだけが救いだった。

そっと、机の中に手を伸ばす。他の教科書よりも少し小さい数学の教科書。その下にある音楽の教科書を少し引っ張り出してみる。ひっくり返すと“高尾和成”とそこそこキレイな字で書いてあった。(男子にしては。)これは今日、返そうと思っていたものだ。



先週の木曜日、音楽の移動教室で廊下を歩いていた時のこと。
教科書を忘れたことに気付き、教室へ取りに戻っている途中だった。

?なに急いでんの?」

声をかけられて振り向くと、高尾とその隣に緑間くんが立っていた。緑間くんは高尾と同じバスケ部で、とてもバスケが上手い。そして、高尾が小さく見えるほどの長身。(高尾だってそこまで低いわけじゃないのに。)多分、学校中で彼を知らない人はいないんじゃないかと思う。

そしてそんな二人は揃いもそろって同じクラスだから、いつも一緒にいる。と、言っても高尾が緑間くんにくっついているイメージが強いけれど。高尾とは何気なく挨拶することがあっても、緑間くんとは話したことがなかった。
二人は移動教室だったのか、手元に数冊の教科書を抱えていた。

「音楽の教科書、ロッカーに忘れてきちゃって」
「んなの?はいコレ」


おもむろに高尾が音楽の教科書を差し出した。

「え?貸してくれるの?」
「オレ今丁度音楽だったんだわ。どーせ来週まで使わねえし持ってけって」
「ありがとう〜ここから教室遠かったから助かる!あ、じゃあ終わったら返しに行くね。一組だっけ?」
「おう。つーか来週の今日までに返してくれりゃいーし。木曜まで音楽ねえからさ」
「わかったーホントありがとう!」

1分もあったかどうかわからないやり取り。だけど、それでもうれしかったのは事実で。やっぱりわたしは高尾に惚れてるんだと自覚してしまった。

本当はすぐに返しに行こうと思っていたのに、その日は先生に呼ばれたり委員会があったりと返すことができなかった。そうして今日の誕生日にあわせて返すことを思いついたのだ。プレゼントを渡すついでに・・・否、プレゼントを渡しに行く口実になるかもしれない、と。

でも。

“高尾はすきな子からしかプレゼントを受け取らない”

(受け取ってもらえる?そんな、まさか)

(受け取ってもらえなかったら、どうなる?)

高尾の教科書を机の中に滑り込ませながら、小さくため息をつく。

よわむし、けむし。いくじなし。

鞄の中のプレゼントはきっと泣いている。











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高尾と真ちゃんを勝手に同じクラスに仕立てた上、一組という設定です。
主人公は・・・五組とかそれ以降のちょっと離れたクラスのイメージです。
お話の進行上でも関係ない情報ですが。笑
そしてもうひとつ、2012年の高尾くんの誕生日は水曜日です!と補足情報。

ひとつのページに載せるには長くなったので3つに区切ってUPします。

2012/12/14 なつめ






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