そうして結局、放課後になってしまった。掃除が終わり、どこのクラスも閑散としている。わたしは微妙な時間から委員会が入っていたため、帰るに帰れず友だちをひとりひとり見送っていた。最後の友だちに「帰らないの?あ、もしかして誰かに告白でもするの?なーんて」と冗談交じりに言われて、「委員会あるから帰れないんだってば!」と笑って返す。内心ドキリとしつつ。

教室でひとりになり、時計を見上げる。委員会まではまだ15分ほど時間があった。
机の脇にかけていた鞄を手に取る。そして、同じ委員であるちゃんを誘いに二組へ向かった。

だけどそれは表向きの理由。一組の様子を窺いたい気持ちが、明らかに大きかった。
クラスが離れていると、用もなく来づらかった。音楽の教科書を返さなかったのも同じ理由でしかない。

二組を覗くとちゃんはいた。だけど、隣のクラスに探していた姿はやっぱりなかった。
きっともう部活が始まっているのだろう。

中学の頃から、高尾は掃除が終わるとすぐに体育館へ向かっていた。「あー早くバスケしてえなあ」って、口癖のように言っているのをよく耳にしていた。バスケに懸ける思いは人一倍。そこも、すきなところだった。

委員会召集のアナウンスが校内に響き渡り、そのままちゃんと一緒に委員会へ向かう。
その途中に体育館につながる渡り廊下があり、思わず足を緩め耳を澄ます。かすかに聞こえる、あの独特なボールの音。床を蹴るバッシュの音。きっと高尾の音も混ざっている。その姿を見たい気持ちを抑え、ちゃんの背中を追いかけて委員会へ向かった。



委員会が終わった時刻はまだ夕方とは言え、教室の窓から見える空はすっかり夜の暗さだった。昇降口でちゃんと別れ、靴を履き替えて外に出る。11月下旬にもなると夕方の空気は冷たくて、マフラーでしっかり首元を隠す。

何気なく体育館の方に目をやるとまだ灯りがついていた。

(さすがに部活終わってるでしょ・・・)

そう思って校門に向かう。

(でも本当にこれでいいの?)

校門の前まで来たところで、わたしは踵を返した。

校門から体育館までのさほど遠くないこの距離。
ドクドクと心臓がうるさいくらいに鳴り響く。

(うるさい。うるさい。うるさい。)

ぎゅっと制服の上から胸のあたりを掴む。くるしい。

どうするとか、何を言うとか、どうなるとか。今日一日散々考えて動けなかったはずなのに、今のわたしはなにかに突き動かされるかのようにただ体育館へ向かっている。

体育館に行くと決めた。
高尾に会うことを決めた。
それが、わたしが出した答えだ。



深呼吸して、体育館の大きな入口からそろそろと中を覗く。運良く扉は開いていた。いきなり誰かと目が合ってしまったらどうしよう、そう思うが、それも杞憂だったと一瞬で悟る。体育館はがらんとしていて、誰もいなかったのだ。ただ、灯りがついているだけだった。

(消し忘れ・・・?もー・・・)

決心していた分、拍子抜けしてしまった。
でもどこかで少しホッとした自分もいて、我ながら情けないなぁと少し笑った時だった。

「ここで何をしているのだよ」
「きゃっ!」

後ろから突然声をかけられ、飛び上がる。振り返ると、わたしを見下ろすように立っていたのは緑間くんだった。高尾といつも一緒にいるから見慣れてはいるものの、実際話したことはなく、面と向かって1対1で立っているとその身長の高さに少し怯む。そんなわたしの様子に気付いてか、長身の彼は少し気まずそうな顔をしてメガネをくいっと上げた。

「あっ、えっと、今日はもうバスケ部終わっちゃった・・・よね?」
「少し前に終わったところだが」
「そう、なんだ。だよね・・・うん、わかった」

緑間くんの言葉にやっぱりと思うと同時に、鞄を持つ手から力が抜けた。「高尾はもう帰った?」そう訊きたかったけれど、言葉が出てこなかった。一度は会うことを決めたというのに、情けない。本当に情けない。

「ご、ごめんね。教えてくれてありがとう」

そう作り笑顔で言うのがいっぱいいっぱいだった。
そうして彼に背中を向け、五段ある階段をひとつ降りた時だった。

「用があったんじゃないのか?」

思いがけず声をかけられ、階段の途中で立ち止まる。振り返ると、緑間くんは何か言いたげな顔をしてわたしを見ていた。他人のことにあまり興味のなさそうな彼が、ましてや話したこともないわたしを呼び止めたことが意外だった。

「え・・・と、うん、まぁでも大した用じゃなかったから、」

咄嗟に自分の口から出た言葉に自己嫌悪したが、笑顔を貼りつけてごまかす。
彼がそれ以上聞いてこないことを良いことに、わたしはその場を立ち去った。

歩き出してすぐ、後方から緑間くんを呼ぶ声が聞こえた。それに対し緑間くんが反応したかどうかは、振り返らなかったからわからない。だけど、なぜだかしばらく、わたしは背中に緑間くんの視線を感じる気がした。










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真ちゃんもすきです。秀徳に入りたいほどに秀徳がすきです。
最後に真ちゃんを呼んだのは、宮地先輩なイメージです。
「おーい緑間、何やってんだよ!部室閉めっぞ!」的な叫び希望。

2012/12/15 なつめ






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