いきなりが走り出したほんの数分後、俺の携帯が鳴った。








      渇 い た 雲








普段滅多に踏み入れない保健室。
急いで中へ入ると、うな垂れるようにしてソファに座っていた人物が顔を上げた。

「‥‥ジロー、は‥?」
「寝てる。多分貧血だろうって先生が」

ジローが目を向けた先のカーテンを覗く。すると、さっきまで俺と話していたがベッドに横たわっていた。起こさないよう静かに近付いていく。薄暗いせいもあるかもしれないが、やはり顔色は良くなかった。

が倒れた」とジローから電話をもらったときは頭が真っ白になって、一瞬息が止まった。そうでなくとも、俺との間に食い違いが起きていたことがわかったばかりだったというのに。

貧血と聞いて安心はしたものの、完全には拭いきれない不安からの頬にそっと触れる。
・・・・・・あたたかい。そのぬくもりを実感して心の奥底からほっとする自分がいた。

を起こさないよう、極力音を立てずにカーテンを出る。ソファに目をやると、さっきと同じような姿勢でジローが座っていた。時計を見ると既に5時間目が始まっていて、保健の先生に教室へ戻れといわれるかと思ったが、彼女は俺達に背中を向けて机に向かっていた。何かを察したのかはわからないが――そんな彼女に甘えて俺はジローの隣へと腰掛けた。しかし、隣へ座っても何を話していいかわからず、無言のまま机に向かう先生の背中を見つめる。すると隣でジローが「ごめん」と呟いた。突然の謝罪だった。

「なんでジローが謝るん?」
「・・・おれの、せいなんだ」
が倒れたんが?ジローの?」
「・・・おれが、二人のこと、だめにした」
「ジロー・・・今、なんて、」
「・・・ごめん忍足。忍足の気持ち、に伝わってないんだ」



それからジローはぽつぽつと話した。本当は俺としか知らないはずの手紙のことや、その内容。そして、その後の俺たちを見ていて手紙のことを言い出せなかったこと。それから、さっきにこの手紙を見せたときのことも。



「・・・そか。そういうことやったんか」
「・・・ごめん」
「謝らんでええって。もう過ぎたことやし」
「・・・おれのこと怒っていいよ」
「何でお前のこと怒らなあかんねん」
「・・・だっておれのせいで、」

そう言うジローに俺は大きく息を吐いて言う。

「せやけどジロー、お前わざと手紙取ったんか?」

ジローはうな垂れたまま小さく横に首を振る。

「せやろ?故意やったらそりゃ大問題やけど、それとちゃう。それにな、もし仮にジローがわざとや言うても、俺にはお前がそないなことする奴とは思えへん」

ぴくりとジローの肩が動く。

「さっきがジローを責めへんかったのも、ジローのこと信じてるからやって」

その後、ジローからの言葉はなかった。
ただ、ジローの足元にこぼれた滴が、保健室の床に小さな水溜りをつくった。




それからしばらくして隣に俯いて座っていたジローが立ち上がった。その場でくるりと俺の方を向いたかと思うと「忍足ごめん。ありがとう」と少しだけ赤い目をして言った。俺が少し笑うと、ジローも精一杯笑おうとしてくれた。俺たちの間ではこれだけで十分だと思った。

「じゃ、おれ先教室戻るね」

保健室のドアへ向かうジローの背中に、俺は一つだけ気になっていたことを投げかけた。

「なぁジロー、最後に一つだけ確認してもええか」
「なに?」

ジローは振り返りはせず、その場で足を止めた。俺はそのまま続ける。

「なんで俺に言うてくれへんかったの?手紙のこと」
「・・・だからそれは、舞子ちゃん見てたら言えなくて」
「まぁそれも一つの理由や思うけどな、ジローホンマはお前んこと、」

そう言いかけた俺をジローの言葉が遮った。

「ねえ忍足、知ってる?」
「・・・なん、」
ってね、すっげーかわいい顔して笑うの」
「・・・・・・」
「でもね、気付いたんだ、おれ」

なにを?と問う代わりにジローの背中をじっと見つめる。するとジローは自分のつま先へ視線を移して言った。

「忍足と話してるが一番かわいいの。で、おれはそんなが好きなんだ」

「だからさ、」とジローは続け、そして振り返ってにっと笑って言った。


「おれのだいすきな笑顔、忍足が守ってね」



そう言ってジローは保健室を去って行った。
ドアが閉まり、その背中が見えなくなっても、俺はずっと同じ方向を見つめていた。










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WRITE:2008/10/15 UP:2008/11/13
なつめ



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