知らず知らずのうちに迷い込んでいた 暗い森の中 光を求めて ようやく見つけた 小さな 小さな光 見失わないよう 掴もうと手を伸ばした その先に 渇 い た 雲 息を乱すくらい校舎を走るなんてどれくらいぶりだろうか。食欲がなく、あまり食べていなかったせいもあって息はすぐに上がる。足がもつれる。けれど、何があったのかを一秒でも早く知りたい――その思いが私を突き動かしていた。 廊下を歩く人を避けながら教室の後ろのドアまで行くと、前のドア前にジローくんが下を向いて立っていた。まるでわたしが今ここへ来ることがわかっていたかのように。走っていた足を止め、呼吸を整えながらジローくんの方へ歩いて行く。するとジローくんが顔をあげた。目が合う。教室からは楽しそうに昼ご飯を食べる子たちの声が聞こえてくる。でも、私とジローくんの周りの空気だけは違った。 「ジ、ジローくんっ・・・、」 聞きたいことがあるの、と続けたくても息が乱れて声が出せない。ゼェゼェして喉が張り付いてしまったような感じだった。ジローくんはそんなわたしを見てか、それともこれからわたしが聞こうとしていることが何かを悟ってか、複雑な表情をした。 「・・・さっきと忍足が教室出てったから、もしかしたらと思って待ってた」 「待って、た・・・?」 「・・・おれに聞きたいことあるよね?」 その言葉に思わずはっとしたような顔をすると、ジローくんは表情を変えずに制服のポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。ゆっくり取り出されたそれは、どうやら紙切れのようだった。 ジローくんはしばらくそれを見つめ、そしてわたしの目の前に差し出した。その顔にいつものような笑みはなかった。わたしはジローくんの顔と紙切れを交互に見る。 「な、に・・・?」 「開いて?」 ジローくんの手から紙切れを受け取る。それはルーズリーフの断片で、二つに折られてはいるもののぐしゃぐしゃに折れ目がついていた。どこかに詰め込まれていたかのか、少し擦れたような汚れも見られる。 おそるおそる開くと字が並んでいた。 少し癖のある字。それは見覚えのある字だった。 一瞬、息が止まる。手が震える。 声が、出ない。 「これ、きっと」 ジローくんが小さくつぶやく。わたしは視線を紙切れから離すことができないでいた。 「これきっと、去年の夏休み明けぐらいのだと思う」 そのままジローくんは話し始めた。 「おれ、たしか英語の授業がはじまる前から寝てて、いきなり先生にあてられたんだ。けど、教科書もってくんの忘れててさ。どうしようってあせってたおれにが教科書かしてくれたんだ。席となりだったから」 確かに、去年の夏休み明けの席替えでジローくんと席が隣になった。よく教科書やノートを見せてあげていたから、いつ頃のことかなんてわたしの記憶ではわからない。でも、きっとジローくんが言うんだからそうなのだろう。彼は嘘は言わない。 「そん時、たぶんこれ教科書にはさまってたんだと思う。おれ、たしか先生にこの英文くらいメモっとけって言われて、あせって目の前の紙に書いちゃったんだ。それが多分そこの表に書いてるきたない字のやつ」 そう言われて裏をめくってみると、確かにジローくんが書いたのか、汚く英文が書かれている。でもこれじゃあ汚すぎて読めない。わたしがそう思うと同時に「どうせ読めないくらいなら書かなきゃよかったのにね、おれも」と、自嘲的にジローくんは言った。 「それで・・・おれ、うっかりそのまま紙をはさまずにに教科書返しちゃったんだ。授業終わってこの紙、机にそのまま突っ込んだんだろうね。次に見つけたの、3年に進級する前の3月でさ。なんだろって開いたら、そういうこと、書いてあって、それで、」 そこでジローくんが口を閉ざす。わたしは紙切れを握り締める。 「ど、どうして・・・どうしてその時教えてくれなかったの・・・?」 責めたい気持ちを抑えてそう言った。当然責めたい気持ちはあった。 なんで教えてくれなかったの?ジローくんのせいでわたしこんな思いしてるんだよ?苦しんでるんだよ、って問い詰めて責めたいと思った。でも、俯いて唇を噛んでいるジローくんを目の当たりにして、そんなこと、できなかった。だってきっと彼は自分のしたことを責めてる。きっとこの手紙を見つけたときから、ずっとひとりで。 「ごめん。ほんとうにごめん。あのとき、おれも思ったんだ。や忍足に言わないとって」 「じゃあどうして今まで・・・!」 「ごめん。言いわけにしか聞こえないと思うけど、その時にはもう忍足に彼女がいたんだ。それでもと忍足は仲良くしてて。舞子ちゃんもしあわせそうで。おれがこれを言ったらみんなどうなるんだろうって・・・そう思ったら、言い出せなかった」 頭を下げてごめん、ごめんと謝るジローくんの声。 わたしは混乱する頭を整理することができなかった。次第に頭がぐらぐらしてくる。落ち着けと思うのに、どんどん動悸は激しくなり、ジローくんの声がだんだん遠くなる。気のせいか、目の前の景色まで遠のいていくような感じにとらわれる。そして目の前のジローくんが目を大きく開いたのを見た瞬間、グラッと目の前の世界が傾いた。 大きな声でわたしの名を叫んだジローくんの声は、わたしに届かなかった。 だんだん遠くなる意識の中、最後に浮かんだのは忍足の笑った顔だった。 --------------------------------------------------------------- WRITE:2007/10/28 UP:2008/11/13 なつめ << back top next >> |