ずっと、ずっと、誰にも負けないくらいずっと

あなただけを、見てきたんだ









03.叶わぬ恋とは知りながら










せんぱーい!」と呼ぶと、にこっとして「なにー?」と聞いてくる。
それだけで俺がこんなに幸せになれるってコト、先輩知らないっしょ?

そんな俺と先輩が知り合ったのは俺が中学でテニス部に入ってから。

俺は立海大付属中のテニス部に憧れ、入部した。全国ナンバー1の学校でナンバー1になってやろうっていう野望があったから。でも、その出だしは見事にくじかれた。(まあ今になって思えば随分すげーことしたなぁと思うよ、俺。)

「くそっ、ぜってーナンバー1になってやる・・・!」

現部長の幸村先輩に副部長の真田先輩、それに真田先輩の親友とも言える柳先輩に敗れた俺は、そう叫んでコートに膝をついた。コートを握りこぶしで何度も叩いた。くやしくて、くやしくて、涙が止まんなかった。そんな俺に、誰も近づいては来なかった。ただ一人を除いては。

「お疲れさま!キミ、強いね!あのオジサン相手によくやったよ!」

いきなり頭上から声がして、見上げるとにっこりしながらタオルを差し出す女の人。にっこり、とは言ってもバカにしたような笑いじゃなくて、本心からそう言ってるんだとわかった。でもコートの真ん中でいきなり訪れた展開に俺の頭はついていけなくて。あっけにとられぼーっとしていると「ほら、そんなぐじゃぐじゃの顔しないの!」といって、彼女は俺の顔をタオルでがしがしと拭った。けれどその顔を拭く力があまりに強くて、俺は彼女の手を押さえて抗議した。

「ちょっ・・・あ、あの・・・!」
「ん?痛い?」
「・・・ハイ」
「それなら思い切り泣きなさい」

その言葉に思わず顔を上げる。俺の目に飛び込んできたのは、太陽の光とそしてすごくやさしく笑う彼女の顔。

「悔しいときは泣いていいの。その分強くなれるから」

その言葉に、また目から涙がぼろっとこぼれて。俺は黙って彼女にされるがまま顔を拭かれた。でもさっきみたいに力は全然入っていなくて。そのやさしさにまた泣けた。

しばらくするとポンと軽く頭を叩かれ、ゆっくり目を開けると彼女はさっきと同じ笑みを俺に向けていた。

「さっぱりしたかな?」

にこっと俺の顔を覗き込む。その動作に思わずドキッとした。

「あっ、あの、タオル汚しちゃってすいません。俺、洗って返します」
「いいよいいよ、それくらい。それより練習しなきゃ!」
「え、でも」
「ほら、“ナンバー1になってやる”んでしょ?」

そう言った彼女は楽しそうで。あの顔は今でも忘れられない。

「はいっ!ありがとうございます!」

立って大声で言うと満足したように笑って。

「あ、名前なんて言うの?」
「切原赤也です」
「あかや、ね。頑張れあかや!」

そう言ってタオルをぶんぶん振りながら彼女は走っていってしまった。自分の名前を名乗らずに。ま、だから余計に印象深くなったのかもしれないんですけどね。そう、それが何を隠そう、俺の憧れの人先輩との出会いだった。





それから2年間、部活に来ればほぼ毎回先輩をみることができた。1日1回でも先輩を見ると嬉しくなる。たまに廊下ですれ違ったときに手を振ってくれたり、声かけてくれたりするとたまんなく嬉しかった。"好きな人を一回でも見れたら手帳に印をつける"とか言ってる女子なんて理解不能だったけど、なんかちょっとだけわかる気がした。だから先輩が風邪で寝込んだ日とか、テスト期間で部活動が中止になるときとか。そういう日は心が落ち着かなくて、一日が物足りない感じだった。あと、他の幸村部長とか真田副部長とかと笑いながら俺にはわからない話をしているとき、なんで先輩と同じ年じゃないんだろって悔しかった。そして羨ましかった、幸村部長とか真田副部長が。それでも、先輩に対するその気持ちは強い憧れだと思ってたし、自分の近くにもそういう人がいつか現れるだろうって思ってたんだ。

でもそれは違ってた。3年になった先輩が引退してしまった後の部活は、胸のどこかにポッカリと大きな穴があいてしまったかのようだった。それでもまだ、たまに覗きに来てくれたりしたから俺はそれを励みに毎日頑張れた。いつもどこかで先輩が見ていてくれる、そう思いながら。

でもそれから先輩が卒業して、俺は3年になって。廊下を歩いていても、校舎のどこにも先輩の姿はなくて。部活中、振り向いても、辺りを見回してみて、やっぱりあの元気な姿は見えなくて。声すらも聞こえなくて。俺の中での先輩の存在がこんなにも大きかったことに、俺はその時になってようやく気がついた。

(どうしようもないくらい先輩に会いたい。声が聞きたい。笑顔が見たい。そんで、できることなら・・・抱きしめたい)


そして気付いた。先輩のことがすきなんだってことに。




そう自覚してから動くのは早かった。俺はすぐに先輩がそのまま立海大付属高校へ進んだこと、そして今もなおテニス部のマネージャーを務めているということを聞き出した(丸井先輩から)。そして迷うことなく、俺もそのまま上へあがることを決め、そして今、また先輩と同じ場所にいる。


「ほら、次、赤也の番だよ」
「わーかってますって!」


背中を押されてコートに出る。それだけで、やる気倍増。いや、10倍。いや100倍。いや、それ以上かも。
振り向くと、そこには俺のすきな顔で笑ってる先輩がいて。込み上げてくる愛しさを抑えて、俺はコートに立つ。


「ファイトーあかやー!」


だいすきな人が、俺の名前を口にする。
それだけで顔がゆるみそうになるなんて、ホントに俺、相当やられてるなと我ながら思う。

けど、この想いはホンモノだから。

だから、たとえ俺があなたにとって弟みたいな存在だったとしても、俺にとっては、愛しくてたまらない唯一のヒトだから。
それだけは、絶対に変わらないから。

だからどうか、いつか俺だけをみて。












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以上、赤也くんの過去をお伝えしました。

2005/03/21 UP
2008/02/02 加筆修正
なつめ



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