占いなんてぜんっぜん信じてないっスよ、そんなもん
04.恋占い
「あーハラ減ったー」
土曜日、部活後のミーティングが終わったと同時に丸井先輩がみんなに聞こえるような声で言った。すると珍しく幸村部長が「じゃあ皆でご飯食べて帰ろうよ」なんて言ったもんだから、その後みんなで近所のファーストフード店に向かおうという話になった。メンバーは幸村部長に丸井先輩、ジャッカル先輩に仁王先輩、それに俺。あと、驚くことに真田副部長も。(柳先輩と柳生先輩は予備校だってさ。)もちろん真田副部長は最初いつものように「俺は行かん」と一点張りしていた。けど、みんなに誘われてるうちにグゥ〜なんて盛大な腹の虫を鳴らせてしまったもんだから、断わるに断われなくなってしまったらしい。この真田副部長の真っ赤な顔には笑いを堪えるので必死だった。
ま、そういうわけでそんな真田副部長の背中をみんなで押しながら部室を出ると、そこには先輩が立っていて、俺たちのこの光景をみてきょとんとしていた。取り乱していた真田副部長は先輩と目が合ったのか、一瞬止まってコホンとひとつ咳払いをしてから「今から昼食を食べに行くのだが、も行くか?」などとちゃっかり先輩を誘った。(チェッ、俺が誘おうと思ったのに。)先輩は真田副部長の言葉に笑顔で頷く。それを見て内心ホッとしつつも、歩き出した先輩たちの後ろをついていく先輩の顔がどこか少し不安げだったのが気になって「どーしたんスか?」と耳うちするような声で尋ねると、同じように小さな声で先輩が言った。
「今月ね、実はちょっとお財布ピンチなんだ・・・」
「なんだ、そんなことっスか」
「そ、そんなことって・・・」
「心配しなくても大丈夫っスよ」
「え、どうして?」
「いざとなったら俺が先輩の分も出しますって」
ホントは自分の財布もピンチだったりするんだけど、そんなこと棚に上げて言った。いやだってホント俺おごってあげたいし。足りなそうだったら俺はパンとかライスだけでもいいし。いやむしろ食わなくてもいいくらいだし。先輩の喜ぶ顔が見れるなら俺はなんだってしてみせる。そんな心の内からにっと笑って見せると、一瞬驚いた顔をみせた先輩も「ありがとね、赤也」と言って笑ってくれた。(可愛かった!)
ファミレスに着いてからは特に何が起こるわけでもなく、全員でテニスの話やら何やらいろんなことを話しながら食べた。あ、でも、すごい勢いでパフェを平らげる丸井先輩には驚いたかな。あと、ソフトドリンク飲み放題のおかわりを取りに行くのに全く慣れていない真田副部長の動きは可笑しかった。こらえて笑ってたつもりだったんだけど、そんな微力な努力も虚しく、俺はまた真っ赤な顔した真田副部長に殴られた。すっげー痛かった。痛かったけど、その様子を見た先輩が笑ってたから、殴られても損はなかったかなって思う。こんな風に何かあるたびにすぐ先輩の顔を見てしまうのは俺のクセ。もう今日だけで何度先輩の笑顔見たかなんてわかんないけど、俺は先輩の笑顔はひとつも見逃したくないんだ。
それからファミレスを出るとき、結局先輩は自分のお金で足りたようだった。俺としてはせっかくの出番がなくなってちょっとつまんなかったけれど、「赤也、足りそう」と嬉しそうに俺を見上げて言う先輩が可愛かったからそれはそれでよかったということにして。
ファミレスを出てぞろぞろと通りを歩いていると、ゲーセンが目に入る。いつもなら素通りするんだけど、何故か今日はそこで仁王先輩が立ち止まった。
「どーしたんスか?」
「ちょっと寄っていかん?」
前を行っていた他のメンバーも仁王先輩のこの言葉に驚き顔で振り返る。けれど、仁王先輩はそんなみんなのリアクションもおかまいなしで(というか見てもいない気がする)目の前のUFOクレーンにお金を入れた。
「・・・どうする?みんな」
「どうするも何も、俺は帰らせてもらう」
「ちっとくらい寄ってってもいいんじゃねぇの?なぁ、ジャッカル」
「ああ、どうせすぐ終わると思うぜ」
ひとりだけ「帰らせてもらう」と言った真田副部長を先輩たちは引きとめたけれど、それを振り払って真田副部長はくるりと向きを変えて歩き出す。いつものように眉間に皺を寄せる真田副部長に、幸村部長はやれやれと言った感じの顔だ。けれど、そんな真田副部長の前に立ちはだかったひとりの人物がいた。そう、そんなことができるのはこのヒトだけだと思う。つい今も俺の隣にいた、できればずっと隣にいてほしいヒト。
「ちょっと真田、待ってよ!」
「!」
真田副部長へと駆け寄った先輩は、迷うことなくその腕を掴んだ。驚きで真田副部長の動きが止まる。
「何だ、」
「え、えっと・・・」
先輩もとりあえず引きとめようと思ったのか、言葉につまってるように見えた。掴んでいた腕もブレザーを掴む感じになっていた。でも、離してはいない。
「用が無いなら帰るしかないだろう。時間の無駄だ」
「いや、だからえっと・・・あっ、あれ!真田あれやろうよ!」
そう言って先輩が指さしたのはこともあろうか相性占い。それを知っているのか知らないのか、先輩は真田副部長をその機械の前までひっぱって行き、早々とお金を入れて相性占い始めてしまった。そんなふたりの様子を、残りの先輩たちと俺はゲーセンの入り口付近から見る。
先輩の隣で真田副部長はただ立っているだけだった。でも、先輩は相性占いをしている間、ずっと真田副部長のブレザーを離さなかったし(たぶん逃げないようにするためなんだろうけど)、真田副部長も初めての相性占いなのか(いやむしろゲーセン自体が初めてなのかもしれない)その画面をじっと覗きこんでいて、後ろ姿だけならフツーのカップルと同じだった。わかってるのに、そう見えた。くやしかった。そういうんじゃないってわかってるのに、真田副部長に嫉妬した。先輩の隣に立つのが俺だったら、と。
「えーウソー!」
相性占いをするふたりなんて見ていたくもなくて、足元に落ちている小石を蹴っていると叫び声が聞こえてきた。顔を上げると薄っぺらな紙1枚を持った先輩がこっちに駆けてくる。
「で、どうだったの?」
楽しそうに結果を聞く幸村部長に、変な顔をして紙を差し出す先輩。その表情のせいか、思わずみんなでその紙を覗き込む。俺は後ろの方から背伸びをして覗いた。(結果なんて見たくないけど、やっぱちょっと気になるし。)
「・・・88パーセント!?」
黒く太めに印刷されていた数字を丸井先輩が読み上げて、3人が顔を合わせたと同時に笑い出した。幸村部長なんて目に涙を浮かべながら「すごいよ」とか言って笑ってる。ダブルスのふたりは腹かかえて笑ってる。笑えないのは俺だけ。(もちろん真田副部長と先輩も笑ってない。)
わかってる。わかってる、けど。たかがゲーセンの占いだけど、でも俺は、「どうせ遊びなんだから」と割り切れるほど大人じゃない。そんな程度の気持ちじゃないんだ、先輩に対する想いは。
「ちょっと!遊びなんだからいいでしょ!そんな笑わないでよ!」
真っ赤な顔して先輩が叫んでるのに対し、真田副部長は眉間にしわを寄せていた。マジかよーと言ってげらげら笑う先輩たちに「たかが占いだ」と言う真田副部長の声が聞こえてくる。“たかが占い”その言葉が俺の中に響く。
「じゃあ誰か他の人もやろうよ!って、ちょっと!何でそんなに笑ってるの幸村!」
先輩は笑いすぎで涙目になっている幸村部長をパシパシと軽くたたく。その手が俺に触れることはあるのかな、そう思っていると、幸村部長が思いがけない一言を言った。
「ねえ、そしたら赤也とやってきたら?」
(・・・え、俺!?)
いきなりの言葉に焦る。そりゃ先輩となら“たかが占い”でもやりたい。けれどさっきのように他の先輩たちから注目されるのかと思うといやだったし、正直相性が悪かったときに立ち直れないと思った。けれど先輩は俺の方を「どうする?」と言わんばかりに少し首を傾げながら見ていて。心の中で「どうしよう、何て言おう、どうしよう」と同じ言葉ばかりがぐるぐるとまわった。すると突然丸井先輩に「オイ、赤也、お前顔赤くないか?」と言われて、俺は反射的にパッと下を向いてしまった。
(ヤバい、どーしたらいいんだよ・・・!)
そう思っているとどこからか変な視線を感じて、その方向に顔を上げる。するといつもの飄々とした表情の仁王先輩がでっかいぬいぐるみを抱えて立っていた。
「あ、仁王じゃん。どーしたんだよ」
俺の視線で仁王先輩に気付いたのか、丸井先輩がそう問いかける。しかし仁王先輩はそれに答えることなく、先輩の前にやってきてそのでっかいぬいぐるみを差し出した。
「、コレやる」
そう言って仁王先輩が差し出したのは、ピンクのふかふかしていそうなブタのぬいぐるみ。
「わーかわいい!仁王、コレくれるの?」
「ああ。やる」
先輩はうれしそうにそのぬいぐるみを受け取って、ぎゅっと抱き締めた。「やわらかーい」とにこにこしている先輩がまたすごく可愛くて、俺はさっきまで悩んでいたのもすっかり忘れて、一瞬でもそのブタになりたいと思ってしまった。(バカだ、俺。)そしてそんな先輩を見ながら仁王先輩は表情を崩さずに続ける。
「それ見たとき、ああに似とるなーと」
「はぁ!?」
「そっくりじゃろ」
「似 て な い!」
「まぁまぁそう言わんと」
そんな言い合う二人を尻目に、丸井先輩が「そんじゃ帰っか!」と言い出したので、また来た時のようにみんなでぞろぞろと歩き出す。まるで相性占いのことなんてなかったかのように。
楽しそうに歩くみんなの後ろを、俺はひとり面白くない気持ちで歩く。別に相性占いがやりたかったわけじゃない。ただ。ただ、先輩の近くにいるのは俺じゃないって、いつも自覚させられる。制服のスカートを翻して、肩ぐらいの髪をなびかせて。とても楽しそうに先輩たちとふざけ合って笑う姿。その笑顔を誰よりも多く見たいと願うのは叶わないことなのか?どうやったら俺はアナタのいちばん近くにいられる?
先輩たちの後ろ姿を見ながら考える俺の頭を、誰かがこづいた。びっくりしてその手の主を見ると、いつの間にか隣には仁王先輩がいて。相変わらず読めないカオをしているな、と思った。
「たかが占い、されど占い?」
「・・・何が言いたいんスか?」
すべてお見通しとでも言うような仁王先輩を軽く睨み返すと、
「ま、がんばりんしゃいよ」
そう言って、仁王先輩は俺の頭の上に何かを置いてスタスタと先に行ってしまった。
俺は慌てて立ち止まり、頭の上のモノを確認する。
別に、占いなんて興味ないから気にしてないっスよ、全っ然。
あんなの、運試しみたいなモンでしょ?
良かったからって、どーなるワケじゃない。
別に、占いなんて。
絶対、絶対、俺と先輩がやったら誰よりもいいに決まってるんスから。
仁王先輩の背中を見ながら、俺は可愛いブタのキーホルダーをギュッと握り締めてそう思った。
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なんだかんだで仲良しな立海がだいすきなんです。
2005/03/25 UP
2008/02/04 加筆修正
なつめ
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