――――先輩、今日一緒帰らないっスか?












05.告白












部活が終わりいつものように正門へ向かって歩いていると、後ろから自転車の気配を感じた。反射的に道の端へ避けようとすると「先輩っ」という声が聞こえ、立ち止まって振り返ると自転車から赤也がひょいと降りている姿が目に入った。赤也はそのまま自転車を引いてわたしの隣へとやってきて、わたしに一緒に帰らないかとそう尋ねた。それにわたしは一つ返事でOKする。


街路樹の下をふたり並んで帰るのは久しぶりだった。中学のときは結構一緒に帰っていたけれど、わたしが先に高校生になってからの1年は見かけることすらほとんどなかった。当時は、もう会うことはないかもしれないとも思っていたから、また赤也がわたしの後輩になって一緒にいられることに最初は少し不思議な感じだった。(赤也はテニスの強い外部を受けると思っていたからね。)でも、懐いてくれていた後輩の赤也とまたこうやって一緒に話したり帰ったりできることを嬉しいと思ったのは事実。今はなんか、こうやってふたりきりなのが久しぶりなせいか、少し緊張する。

昼間だとまだ暖かさが感じられるこの季節も、さすがに下校時間にもなると結構寒い。前からビュッと風が吹いてきて反射的に首を縮めると、隣で赤也が「寒いっスね」と言った。横を見上げると、さっきまで半袖でコートに立っていた赤也も鼻先を少し赤くしていて。「鼻先赤いよ」と言うと、「先輩こそ」と言われ、互いに笑う。

隣を歩く赤也はとうにわたしの身長を追い越していて、見上げないと目が合わない。中学で初めて会ったときはわたしの方が大きかったのに。でも、それより今年高校で再会したときに驚いたのは、その伸びていた身長よりも幼さの抜けた顔だった。実を言うとそんな男らしくなった赤也にちょっとだけドキッとしたんだけど、それはわたしだけの秘密だ。でも、ぐしゃぐしゃって撫で回したくなるくせっ毛頭と懐っこい笑顔は全然変わってなくて、それがわたしを安心させた。(例えるとおっきいわんこみたいな。)

そんな赤也とこうやって久しぶりに一緒に帰っていて気付いたことがひとつ。自転車を引いているせいもあるかもしれないけど、多分赤也はわたしに歩調を合わせてくれている。知らないうちに見た目だけじゃなく、内面もすごく成長したんだなぁって感じる。わたしもこんな風にちゃんと成長しているのだろうか。知らないうちに全て赤也に追い越されてしまうのではないかと、少し不安になる。

「赤也は大人になったよね」
「え?突然どーしたんスか」
「なんかね、そう思って言ってみた」

へへ、と笑って見せると、赤也は少し何かを考えているような表情をしたが、すぐに「大人なんてまだまだっスよ」と、普段の顔に戻って言った。

それから話したのは、今日の部活のことや最近あったこと、あと部活の時以外のレギュラーの話。そんなたわいないことを話して笑った。この感じが懐かしいと思った。

「改めて考えてみると」

少し真面目な声が聞こえてきて、隣を向く。赤也は上の方に視線を泳がせていた。

「みんな中学から上がって来て、ずっと一緒なんスよね。これってすごいことだと思いません?」

赤也の言うとおり今のメンバーは中学のときのメンバーと変わっていない。幸村や真田、柳、仁王、ブン太、柳生、ジャッカル、赤也、そしてわたし。みんなが中学から高校に上がってきて、テニスを続けている。これはみんなにとって、そしてもちろんわたしにとっても“立海”が特別だということ。

「みんな同じ気持ちなんだよね」
「同じ気持ち・・・っスか?」
「“またここで、このメンバーでテニスがやりたい”っていう同じ気持ち」

そう言うと赤也は「そーっスね」と言い、こっちを向いてニッと笑った。わたしも微笑み返す。

「・・・でも、俺」

突然、何かを言いかけて赤也が口をつぐんだ。一旦口を開くと最後まで言ってしまう赤也の性格からは珍しいことだった。さっきまでの笑顔も、そこには見えなかった。

「赤也?」
「・・・・・・俺、」
「うん?」
「俺、それだけじゃないんです」

赤也は目線を自分の足元に向け、ゆっくりと歩きながら口を開いた。いつもと違う、真面目な口調だった。

「確かに、またテニスしたくって来たんです。幸村部長も真田副部長も、みんないたし。でも、」

隣で赤也が立ち止まる気配がして、わたしも立ち止まって赤也の方を向く。その距離およそ2歩。赤也の髪の毛が風で乱れているため、その表情はわからない。

「でも、先輩がいたから」

ポツリと小さく聞こえた言葉。

先輩がいたから、来たんです」

その瞬間、ザァッと風が吹いて周りのイチョウの木が一斉に揺れた。ひらひらと木の葉が舞い散る。それと同時に赤也の表情も、見えた。

(・・・ねぇ赤也、わたし、何て答えたらいいのかな)

赤也の顔は口調と同じように真剣で。こんな真剣な表情、試合以外では見たことない。

「・・・俺、」

直感的に、次に言われる言葉が頭をよぎった。それと同時にその言葉がわたしの耳に届く。

「俺、先輩がすきです」

風が冷たいせいかこの言葉のせいかはわからない。けれど向かい合った赤也の頬は、さっき「鼻先赤いよ」と笑ったときよりもずっとずっと紅潮していて。きっといつものわたしなら可愛いと思うはずなのに、その真剣な目に捕われてその時のわたしは何も考えることができなかった。


身動き一つ、できなかった。














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「赤也は大人になったよね」
その言葉に返したい気持ちを抑える。
誰のために、何のために、と。

2005/06/19 UP
2008/03/05 加筆修正
なつめ



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