あの時告るつもりなんて全然なかったんだ
ただ、もっと先輩の傍にいきたくて
06.嫌い
俺が先輩に告った次の日。コート練習が終わって部室に行くと、そこにはもう幸村部長と丸井先輩、ジャッカル先輩がいてしゃべりながら着替えていた。もちろん途中から入ってきた俺には3人が何の話をしてるのかわからない。俺はその話に耳を傾けながら自分の制服の入ったロッカーを開けた。着替えるため汗だくになって肌に張り付いていたたユニフォームを脱ぐ。肌が外気に触れ、さっきまでの不快感が一掃される。部活を終えた後のこの瞬間が一番気持ちいい。
―――――俺、先輩のことすきです。
そう告げた後、先輩は俯いてしまった。そして、しばらくしてから小さい声で「少し考えてもいいかな」と言った。
俺は何も考えないで先輩に思いを伝えてしまった。だから俺の言葉に俯く先輩を見て初めて、自分が大変なことをしてしまったことに気がついたんだ。
――今までの先輩後輩と言う関係が、今ここで崩れるかもしれない。
そんな恐怖が俺を襲って全身が冷たくなるような感じがした。そもそも俺は先輩よりひとつ年下で。そういう風に見てもらるかどうかすらわからなかったのに、勢いで告白するなんて俺はバカだ。
先輩が言葉を発するまでの間。ホント1分やそこらの時間だったんだけど、俺の頭の中にマイナスの思いばかりが浮かんだ。「ごめん」という一番聞きたくない言葉が最後に頭をよぎって、俺は手の甲に爪が食い込むくらい、強く手を握った。
先輩の言葉の後、何を話しながら帰ったのかは正直覚えてない。周りの景色も、風が吹いていたかすらも思い出せない。けど、別れ際にいつもと同じ笑顔で笑ってくれたはずの先輩の顔が、いつもと違うように見えたことだけは覚えている。
「てゆーかさ、俺思うんだけど」
いきなりそう切り出したのは丸井先輩だった。俺はYシャツのボタンをとめながら先輩の方を向く。着替え終わった丸井先輩は背もたれの方を前にして、椅子にまたがって座っている。
「真田ってのことすきなんじゃね?」
「はあ!?」
そこにいたみんなの声が揃った。だって、あの、真田副部長が?え、まさか。
「だって、何かとのこと気にかけてるし」
「それはマネージャーだからじゃないの?」
幸村部長が冷静にそう返した。それに対して丸井先輩は言う。
「それもまぁ否定しねーけど、この前ん時も一緒に食べに行くの誘ったのって真田だったじゃん」
確かにこの前先輩を誘ったのは真田副部長だ。だけど、先輩は俺らのマネージャー。誘って当たり前なんじゃないか。それだけで何ですきとかそういうことになんの?
「丸井先輩、あの状況で誘わないってほうが逆に仲間はずれみたいで変なんじゃないっスか?」
「だな、飯の話してたのにだけ誘わねえってのも有り得ないだろ、普通」
ジャッカル先輩も同意してくれた。けどやっぱり丸井先輩はまだ引き下がらない。
「仁王がゲーセン行き出したとき、に引き止められて文句も言わず相性占いやってたじゃん」
そういえばそうだ。いつもの真田副部長なら「くだらん!」とか言って絶対やらなそうなのに。しかもよりによって相性占い。真田副部長は自分が嫌だと思ったことはやらない人だ。じゃあ何で?やっぱ先輩に気があるから?
(やだ、そんなのぜってーやだ)
そんなことを思っている俺に気付くこともなく、丸井先輩は続ける。
――それにさー真田にフツーに話しかけられる女なんてくらいだろ?
――結構かわいいし
――いくらテニス一本っつってもアイツも男だからな
次々に丸井先輩の口から出てくる言葉を聞いてると、だんだんそんな気がしないでもないような気すらしてくる。この間の相性占いのときの二人の後ろ姿とか、俺にはわかんない話をしながら笑ってるときとか、どんどんいろんなことが思い浮かんできた。こんなこと、考えたくないのに。
あの昨日の告白の先に、どんな返事が返ってくるかなんてわからない。自信だってあるわけじゃない。でも、もしかしたら、と頭の隅にある期待。それが、更に薄らいでいくような気がした。
「・・・で、赤也。お前どー思うよ?」
「えっ、な、何がっスか?」
途中から丸井先輩の話を聞いてなかった俺は、驚いて丸井先輩の顔を見る。先輩は怪訝そうな顔で俺を見上げていた。
「何がって、そりゃお前今の話聞いてたんならわかんだろ?」
じっと俺を見つめる丸井先輩の目。その視線に耐えられなくて「そーっスね、そう言われたらそんな気もしますね」なんてその場しのぎなことを言った。だってなんか俺の考えてること、見抜かれちゃいそうな気がしたから。正直なところ、人の恋愛話はすきだ。ましてや部内のメンバーで、しかも真田副部長となると興味ないわけない。ただ、話に乗るにはその相手が悪かった。先輩が相手だなんて、下手なこと言うと先輩達に俺の想いに感づかれそうだ。
するとここで、幸村部長が予想もしてなかった一言を言った。
「そういえばさ、赤也。今日はとあんまり話してなかったけど、何かあったの?」
ドクッと大きく心臓が脈打った。
「え、そーでしたっけ・・・?いつもどおり話してましたけど・・・」
「そう?じゃあ俺の思い違いかな」
「そ、そーっスよ!」
平静を装って言ってはみたものの、幸村部長の言ったことは間違ってない。どうしてこの人はこう勘がいいんだろう。幸村部長の言うとおり、今日は先輩に何を話しかけたらいいのか全然わからなかった。一生懸命話題を考えてみても「今日も寒いっスね」とか「雨降りそうですね」とかありきたりなものしか浮かんでこなくて。先輩もそれに対して「うん」とか「そうだね」くらいしか答えず、話は続かなかった。情けないことに、冗談一つ言えなかったんだ。
「あ、そーいやさ、赤也あんときちょーっとおかしかったよな」
「なんスか、あのときって」
「ん?と真田が相性占いやってるとき」
今日の先輩との微妙なギクシャクを丸井先輩にも見られてたのかと思って軽く返したら、前のことを掘りおこされた。そこには触れないでいてほしいのに。
「そ、そんなことないっスよ」
俺はまた軽くはぐらかすことを決めた。けどそんな考えは甘かった。あの丸井先輩がすぐに諦めるはずが、ない。
「いや、おかしかった。だって幸村くんに“赤也やってきたら?”って相性占い薦められたときの赤也、顔赤かったぜ」
「・・・っ、それは」
言い淀んだ俺を見てか、丸井先輩はニヤっとして続ける。
「で、俺の勘だと」
何か悪い予感がした。これ以上言われると、マズい。そう、思った。
「赤也ってのこと、」
「ま、丸井先輩何言うんっスか!」
思わず声が大きくなってしまった。瞬時に部室内が静かになる。さっきまであんまり関心をもってないようだったジャッカル先輩も驚いた顔をしてこっちを見ている。これ以上何か言うと墓穴を掘る。そう思ったけれど丸井先輩は容赦なくて。
「やっぱ当たってんだろい。そんな声デカくなるってことは」
「丸井先輩、ちょっ・・・!」
「のこと、すきなんだろ?」
確信を突かれて。顔が、いや、体全体がカッと熱くなった。
この時、素直に認めていればよかったと、俺はすぐに後悔することになる。
「まぁ毎日毎日後片付けとかやたら嬉しそうに手伝ってるしな、見てりゃそれくらいわかっ・・・」
「ち、違いますよ!」
丸井先輩の話を俺は遮った。慌てたせいで声が荒くなったことなんて気にしていられなかった。丸井先輩はびっくりして目を見開いてる。きっと、丸井先輩が見たこと、言うこと、全て当たってる。違うことなんて何もないんだ。でも、ずっと大切にしてきた気持ちを、晒されて、笑われるかもしれない、その恐怖に俺は勝てなかった。
「そんなことあるわけないじゃないっすか!先輩がトロくて要領悪くてどーしようもないから俺は・・・っ」
「おつかれさんー」
いきなりガチャッと部室のドアが開いて、タオルを首にかけた仁王先輩が入ってきた。部室にいた全員の視線が仁王先輩に集まる。けど、俺の視線は違った。俺のいた場所から見えたもの。仁王先輩のうしろ。それは確実に、俺が何があっても絶対に見間違えることがない、だいすきで、だいすきで、大事にしたい、ひと。
(、せんぱ・・・)
声にならなかった。全身から一気に血の気が引いた。俺と先輩の目が合う。その瞬間、先輩の目が悲しそうに歪むのを俺は見た。けれど何の言葉も出てこなくて、俺はただ立ち尽くして走り去って行く先輩の背中と、それを追いかけて行く幸村部長の背中をぼんやりと見ていることしかできなかった。
傷つけてしまうくらいなら、強がらなければよかった。
自分を守ろうとして、一番大切にしたいものを傷つける。
そんな俺は全然大人になんかなってない。
----------------------------------------------------------- いっそ罵ってくれたらよかったのに。
2005/08/11 UP
2008/02/05 加筆修正
なつめ
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