自分でも自分の気持ちがわからない






07.好き






まだ、返事は決めていなかった。否、決められなかったのだ。今までわたしは赤也をそういう風に見たことがなかったのだから。かわいい弟のような存在の赤也。そんな赤也をきらいなわけがない。すきだ。だけどそれは恋人としてのすきじゃない。だから、付き合うなんてことは全く考えられないのだ。昨日まで弟だったのに今日から彼氏、なんて考えられるほどわたしの頭はそんな都合よく切り替わるものではない。

明白なことは、わたしが赤也の言葉にYESと言えないということ。それはよくわかっている。けれどそれと同時にNOという勇気も持ち合わせていないのもまた事実だ。恋人にはなれないけど今までの関係をそのままに、なんて考えるわたしは自分勝手と弱虫以外の何者でもないのだろう。

今日の部活中はいつもみたいに赤也としゃべれなかった。“後輩”と言い聞かせても、赤也を見るたびに告白のときの真剣な表情を思い出してしまって、何もなかったようになんて振舞えなかった。でも、そんなわたしに対して赤也は何度か話しかけてきてくれた。少し控えめではあったけど、その感じが逆に嬉しかった。わたしのこと考えてくれてるなって思えて。

だから、なおさらショックだったのかもしれない。さっきわたしが部室に記録のノートを届けに行った時、偶然会った仁王が部室のドアを開けて聞こえてきた言葉。あれは紛れもなく赤也の声で。どんな状況で言われた言葉かはわからないけれど、赤也からあんな言葉は聞きたくなかった。ただ、傷つくのはわたしの方なのに、わたしと目が合った赤也がひどく傷ついたような目をしていたことが頭から離れない。

、待てって」

校門から出たところでわたしは肩をつかまれる。ぐいと振り向かされると、目の前には少し息を乱した幸村がいた。わたしの顔を見て一瞬目を大きくしたようだった。

「・・・離して」
「・・・・・・」
「離してよ」

「・・・なに」
「大丈夫?」

そう言った幸村の顔は心配そうで。いつもの幸村はこんな顔しない。いつもならわたしのことからかってくるじゃない。なんで?助けて、もらいたくなる。

、ちょっとあっち行こう」

そう言われてわたしは黙って幸村の後ろをついて行った。歩いている間、幸村は何もしゃべらなかった。その時初めてわたしは自分の頬に生暖かいものが伝わっていたことに気がつき、それを手で拭った。幸村にはさっき見られてしまったのだろうけど。



幸村はそのまま学校のすぐ近くの団地に入っていった。そしてその一角にある公園に足を踏み入れる。シーソーとすべり台しかない小さな公園。もう辺りは薄暗かったため、遊んでいる子供たちは見当たらない。幸村は1本だけ立っている街頭の近くのベンチに腰を下ろした。わたしもその隣に座る。風が吹いていないためか、そんなに寒くはなかった。幸村はわたしが落ち着いたてきた頃合いを見計らって、視線をこちらへ向けながら口を開いた。

「・・・で、。赤也と何があったの?」
「ち、ちょっ・・・なんでいきなり赤也なの」
「だって赤也なんだろ?関係してるのって」
「・・・・・・」

なにもいきなり本題に入ろうとしなくてもいいんじゃないの幸村くん。でもまぁ情緒不安定な乙女に直球投げてくるとこなんかが、さすが立海大付属高校テニス部部長とも言えるべきところなのかもしれないけど。なんて俯いて考えていたらとどめがきた。

「もしかして告白された?」

黙ってはいたものの、びくっと大きく体が揺れてしまった。しまった、と思いながらちらと隣を見ると、さっきまでわたしを見ていたはずの幸村は上の方を見上げていた。

「あ、あの・・・」
「そっか。赤也もやっと、か」
「・・・やっと?」

そう聞き返すも、幸村はそれに対しての答えはくれなかった。一体なにが“やっと”なのだろう。

「それで返事はしたの?」

そう聞かれてわたしは首を横に振った。

「じゃあどうするの?」

そんなこと言われてもわたしの中でも答えが出ていないのだから、答えられるはずがなかった。黙ったまま俯くわたしに、幸村がゆっくりと言う。

にとって赤也はどういう存在?」

その優しい声に、わたしの口も自然と開く。

「・・・・・・かわいい弟、みたいな・・・」
「ふーん、可愛い弟か。じゃあ恋愛対象にはならないってこと?」
「・・・・・・たぶん」
「じゃあさ、その弟がいなくなってもは大丈夫なの?」
「え・・・」

赤也がわたしの側からいなくなる?そんなの嫌だってわかってる。だから返事ができなくて悩んでるんだ。断れば少なくとも今まで通りの関係という風にはいかないだろうから。

「いやだよ、いやだけど急に彼氏とかそういう風には考えられないんだもん・・・」

そう言ったわたしに幸村は一つ息を吐いてこう言った。

はさ、赤也が年下だから弟みたいに思ってるんだろうけど、赤也にとってはひとりの女なんだよ。だからも赤也のことをひとりの男としてちゃんと見る。年なんてどうやったって変えられないものなんだから、それをぬいてひとりの男として。考えられない、じゃなくて考えなくちゃ。年のことなら赤也の方がずっと悩んでたと思うよ。だからこそちゃんとした答えを出さなきゃいけないんじゃないのかな」

「ひとりの男として・・・?」
「そう」

幸村に言われて、考えてみる。ひとりの男としての赤也。
毎日笑顔で話しかけてくれる赤也。
笑顔で手伝ってくれる赤也。
背が伸びて、大人っぽくなったけどわたしへの接し方は何一つ変らない赤也。
いつも心配してくれる赤也。
真面目な顔をして、わたしのことをすきと言った赤也。

赤也にとってわたしが先輩なのは変わらない。けれど。

(赤也はいつもわたしをひとりの女の子として扱ってくれていた・・・?)

「あとは、今日流した涙の意味を考えればいいんじゃないかな」

そう言って幸村はベンチから立ち上がると「部室に荷物置いてきちゃったから」と、ひとりで歩き出してしまった。

涙の意味?それは赤也に言われたことがショックだったから。

(・・・ショック?どうして・・・・・・?)

あんな言葉(とろいとか要領悪いとか)なんて、ブン太とか他の友達にだってよく言われている。いつものように笑って流せばよかったのに、どうしてできなかった?

そう考えて、一度大きく心臓が鳴った。

今までわたし、赤也にはそんなことを言われたことがなかったんだ。

ドリンクを出すのが遅くなっても「俺も手伝いますよ!」と言って赤也は手伝ってくれていた。日誌を書くのが遅くなって、周りのみんなが「早くしろ!」って言う中で、ひとり「頑張ってるんだからいいじゃないっスか!」と味方になってくれていた。ボールをコートにぶちまけて練習を中断させちゃったときだって、真田に怒られて半泣きだったわたしをかばって「誰だって転ぶじゃないっすか!」とあの真田にまで立ち向かっていってくれたこともあった。この間の幸村のラケット踏んづけちゃったときにだって、赤也は一番にわたしを心配してくれた。ノートも拾って持って行ってくれた。

(そうだ、いつだって赤也はわたしのことを大事にしていてくれていたのに)

なのに、わたしはそれに気づかないでそれが当たり前かのように過ごしていた。先輩思いの後輩、くらいで。そんなわけないんだ、他にこんな後輩はいない。

だからなおさら、さっきの赤也の言葉が突き刺さったんだ。赤也に突き放されたようで、悲しかったんだ。




わたしはこの時初めて自分と、そしてひとりの男としての赤也と、向き合った。

風がなく、少し肌寒い秋の夕方、自分の心だけが妙に温かかった。











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先輩にとって後輩はあくまで後輩でしかないけれど、
後輩にとって先輩は憧れとともに他の感情も抱きやすい、
そんな存在だと思う。

2005/08/13 UP
2008/02/06 加筆修正
なつめ



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