こんなに、想われていたなんて






08.息もできない







次の日、赤也は部活に来なかった。今まで片手で数えるくらいしか休んだことのないあの赤也が、だ。真田は「熱が出たらしい」なんて言っていたけれど、多分昨日の部活後のことが原因で休んだのだと思う。目の前ではみんながいつも通りコートで練習していて、赤也がいないこと以外は何も変わらないいつもの風景。それなのにわたしの頭の中に浮かんでくるのは赤也のことばかり。

きっと赤也は昨日言ったことを後悔しているのだろう。昨日のあの言葉には何か理由があるはず、それはわたしもわかっているつもりだ。だって赤也がわたしに「すき」と言ったことは嘘じゃない。あの時の目は本当だった。それに、昨日わたしが部室から去る前に見た赤也の目が、酷くつらそうなものだったから。だから「気にしなくていいよ」とか「わかってる」と早くそう声をかけてあげたいのに、その反面、もしかしたら赤也はわたしのことを本当にそう思っているのかもしれないという考えが頭を過ぎり、急にこわくなる。そんなはずない、そんなはずあるわけないと何度も心の中で繰り返すけれど、不安はいつまでたっても消えてはくれなかった。

今日赤也がいなくて心配に思う自分と、ほっとしている自分。会いたいけれど会いたくない。そんな気持ちが代わる代わるわたしを支配していくけれど、時間とともに考えはどんどん悪い方向へと向かっていった。こんなにに自分が臆病なんて、知らなかった。

赤也のいない部活はやけに長く感じられた。ひとり部室の近くで備品の整理をしていると、仁王が寄ってきて「いつもより顔悪いのう」なんて嫌味を言ってきた。だけど反論する気も起きなくて、そのまま無視をして仕事を続けていると、今度は柳がやってきた。「、顔色が良くないようだからもう上がっていいぞ」その言葉に、今日は素直に甘えることにした。自分ではまだ出来ると思ったけれど、こうやって心配をかけてしまうのならいない方が良いと思ったからだ。

「ありがとう。じゃあ今日だけ、お願いします」

わたしがそう言うと「気にしなくてよかよ、たまには休みんしゃい」と仁王がわたしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。その行為でさっきの言葉もわたしを心配して言ってくれたのだとわかる。



そうして部室へ向かって歩いていると、いつもよりコートから部室までの距離が長いように感じられた。何でだろう、そう考えてハッと気付く。

(いつも隣に赤也がいたんだ)

いつもいつも、わたしは赤也と部室に戻っていた。たわいない話をして、笑いながら。それだけじゃない。片付けも一緒にやっていた。やってくれていた。きっとわたしよりもずっと練習でつかれているはずなのに、いつもにこにこして手伝ってくれていた。

(それも、わたしだから?わたしのために・・・?)

一旦女マネの部室に行って着替え、荷物を取ってから、わたしは男子テニス部の部室へ行った。ろくに仕事もせず抜けてきてしまったのだから、せめて部誌くらい書こうと思ったのだ。机の上に置いてあった部誌を手に取り、新しいページに日付から書き始める。そして、一通り書けるところまで書いたところで前のページをめくってみると、やたら汚い字が並んでいた。担当の欄を見ると“切原赤也”。あまりに汚すぎて、思わず笑ってしまう。そしてまた、赤也のことを考えてしまう。

(気付けばわたし、告白されたときからずっと赤也のことばかり考えてるなぁ)

昨日幸村に言われて気付いたのは、赤也にすごく想われていたこと。そして昨日のあの赤也の言葉が、どうしてこんなに胸に突き刺さったのかということ。言われた内容が問題なんじゃない。赤也に言われた、というのが酷くショックだったんだ。

(そして、赤也のことが、)



「おう、具合大丈夫かよ?ってか、あれ?なんで赤也の傘がここにあんの」

いきなり部室に入ってきたブン太にも驚いたが、何より彼の第一声に驚いた。だってそう言ってブン太が手に取ったのは、ちょっと前にわたしがコンピュータ室でマネージャーの仕事をしていたとき拝借した傘だったから。しばらく持って来るのを忘れていて今日持ってきたのだけど、誰のかもわからなくて結局部室まで持ってきてしまったのだ。それが赤也のだなんて。そんなこと、あるはずがない。

「え、嘘でしょ?だってただのビニール傘じゃない」

あの日は部活も休みで。だから年中無休に近いテニス部員が学校に残っていたなんて考えられない。しかし、ブン太は自信ありげな口調でこう言った。

「いや、これ赤也のだって。汚えし、変なとこで骨一本折れてんだろ?」
「ああ、それはこの間丸井くんが切原くんを殴ったときに折れたやつですね」

間髪入れずに、ブン太の後ろから部室に入ってきた柳生が解説を加える。は?殴ったってどういうこと?
わけがわからない、という顔をしているであろうわたしの顔も見ずにブン太は続ける。

「だってよ、赤也のヤツ傘の先で真田と俺の相合傘とか書いたんだぜ?しかもグランドにでっかく。冗談じゃねーよ、真田に見つかったらどうなるか・・・っつか第一キモチ悪ぃし」
「まぁ、だから土ぼこりで汚れているわけです」
「おい比呂士、お前ちっとは俺に同情しろよ」
「ご愁傷様です」
「・・・」

ギャアギャア言うブン太と冷静な柳生を目の前にして、わたしは頭の中を整理できずにいた。ひとつひとつ、思い出して整理する。

この傘はわたしが一人コンピュータ室で仕事をしていたときに勝手に拝借したもので。その日部活はなくて。わたしが作業をしていたことは、テニス部の誰にも言っていない。でもこの傘は赤也ので。そして、そういえばわたしがやりかけで寝てしまった仕事も、終わっていて・・・。

わたしは勢いよく椅子から立ち上がった。それに驚いたのか、目の前にいた二人がびくっとしてわたしの方を向く。

「ごめん、わたし、行かなきゃ」

机の脇に置いていた鞄を手に取って部室から出ようとしたとき、後ろから「!」と呼ばれた。振り向くとブン太がビニール傘をわたしの方に差し出していて。わたしがその傘に手を伸ばすと、ブン太は一度視線を逸らし、またわたしの方を見て口を開いた。

「あんさ」
「なに?」
「赤也に、謝っといてくんね?」
「どうして?」
「今から赤也に会いにいくんだろ?」



ブン太の言葉を聞いて、わたしは走り出す。
手には、傘。
汚れているし、曲がってもいるけれど、優しさのこもった赤也の傘。



俺さ、昨日赤也に“のこと好きなんだろ”ってみんなの前で言っちまった。だから赤也、焦ってあんなこと言っちまったんだと思うんだ。俺も言いすぎたって思ってる。でもさ、あいつ、中学の頃からずっとのこと見てたから、なんかこう見てらんないっつーか・・・。



これを聞いて「そっか。赤也もやっと、か」と言った幸村の言葉の意味も、理解する。



もうとまらない、とまれないよ。
昨日のことがあったからこそ思ったの、赤也のことがすきなのかもしれないと。
わかったの、自分では気付いていなかった、赤也という存在の大切さを。



今まで気付かなくてごめんね、気付こうとしなくてごめんね。
わたしやっと自分の気持ちがわかったの。
この溢れてやなまない想いを、どうか受け止めて。




赤也のことが、すき。













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どうでもいいかもしれない補足。
一応立海には男子部女マネ専用の部室がある設定です。
いろんな男子部の女マネが着替えるとこです。だってさすがに一緒は・・・ちょっと笑
いつもはボールとか置きに真っ直ぐ赤也と男子の部室へ行って、
それから着替えに女マネ部室へ行っていた主人公です。

2005/12/25 UP
2008/02/06 加筆修正
なつめ



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