憧れって時にスゲー厄介なモンになる。
F r i e n d s h i p
「お、赤也!」
「あ、丸井先輩。ちわっス」
昼休み、弁当を食ってなお腹が満たされない俺は購買へと足を運んだ。昼時の戦場のような光景が嘘みたいなくらい静かな購買で、売れ残りのバアムクーヘンとメロンパンのどちらにしようかと悩んでいると、後ろから聞き慣れた声で名前を呼ばれる。
「お、赤也。なに、お前今から昼メシ?」
「いや、食べたんスけどなんかまだ腹減ってる感じなんスよ。そう言う丸井先輩は?」
「俺?俺はコイツが『いちごみるく飲みたーい』とか言いやがるから」
そう言って丸井先輩が自分の後ろを指差すと、
「えーブン太も飲みたいって言ったじゃん」
という声とともに丸井先輩のうしろからひょこっと顔が覗いた。初めて見る顔だ。
キレイ系というよりは、かわいい系だと思った。
「あれ?赤也って初めてだっけ?」
俺の表情を見てか、丸井先輩が俺とその“”って人を交互に見ながら言う。
「そっスね、初めてだと思いますよ」
「わたしも会うのは初めてだと思うよ。ね、切原くん」
「あれ、何で俺の名前」
ふいに名前を呼ばれ、驚く。
「ブン太からテニス部のことはいろいろと」
「あーそうっスよね。で、丸井先輩の彼女サンなんですか?」
「え!・・・えーっと、その・・・」
俺の問いに、何故か彼女は真っ赤になって慌てている。
そんな彼女の様子を見て、丸井先輩が「おい、そこは即答するところだろぃ」と口を挟んだ。
「だ、だって」
「だってじゃねーよ。ったく・・・コイツ。俺の彼女な」
仕方ねぇな、とでも言うように丸井先輩が紹介すると、先輩は赤い顔をさらに赤くした。
「わ、わたしいちごみるく買ってくる!」
「ちょっ・・・おい、!」
そう言って先輩は購買から少し離れたところにある自販機へと逃げて行ってしまった。そんな後ろ姿を見て丸井先輩は溜め息をつく。けれど、その表情が今までに見た事ないくらい柔らかくて。あぁすげーすきなんだな、って思った。
「・・・ったく。ワリ、赤也。また放課後な」
「あ、ハイ。それじゃまた」
そう言って先輩の方へ向かっていく丸井先輩の背中を、俺はなんとなしに目で追う。
自販機にお金を入れていた先輩は、歩いてくる丸井先輩に気付くとパッと花が咲いたように笑顔になった。そうして、そのまま丸井先輩が自販機のボタンをピッと押し、下から飲み物を取り出すまでを安心した表情で見ていた。取り出した飲み物を丸井先輩が先に飲み始めたのを見てむくれるも、その手は自然に丸井先輩のブレザーの裾をつかんでいて。
(ヘェ、なんだかんだで仲いいんじゃん)
おぼろげにそんな光景をいいなぁと思っていた。
その時は、まだ。
それからというもの、先輩とは校内で会った時に挨拶を交わすようになった。
どちらからともなく、会えば自然に。時間があれば、ちょっと話したりすることも結構あった。
「あっ、切原くん。おはよー」
「オハヨーございます」
「今日天気いいよねー」
「そっスね」
「授業中寝ないようにね」
「先輩こそ」
「・・・・・・ガンバリマス」
「なんスかそれ、自分で言っておきながら・・・」
「だって窓際の席なんだもん。寝るよフツー」
「ハハッ、そりゃ確かに」
「あ、友達呼んでる。じゃあ、またね」
「今日も帰り、丸井先輩迎えに来るんスか?」
「むっ、迎えになんて行ってないもん!ブン太が来いって言うから、」
「はいはい。じゃ、また後でね、先輩」
そう俺があしらうようにわざとらしく言うと、先輩は決まって「こら、先輩をからかうんじゃないの」とむくれる。
だけど、ほんのりと顔を赤らめながら言うもんだから、迫力もクソもない。
丸井先輩のことを話に出すと、先輩は途端に落ち着きがなくなる。俺はそれをわかっていて、わざと丸井先輩の話をする。そしていつも同じように返ってくるリアクションを見るのが、いつの間にか俺の楽しみになっていた。慌てて、早口になって、赤くなって、むくれる。そんな動作のすべてが丸井先輩のことをすきだと言っているようで、かわいいと思った。そして、いいなぁと思っていた。
(俺も誰かにこういう風に想われたいよなぁ)
先輩に会うたび、こんなやりとりを繰り返し、そんな風に感じていた。
知らないうちに惹かれていたなんてことには、全く気付くことなく。
そして、ある日の放課後。たまたま3年の教室前を通り過ぎたときだった。
ふと目を向けた教室に一人でいる先輩を見つけ、俺は教室の入り口から声をかけた。
「せーんぱい」
「あ、切原くん」
窓際の後ろから2番目の席(恐らく先輩の席と思われる)の机の上に座っていた先輩は、俺の突然の呼びかけに特に驚いた様子も見せずに、俺の方へ顔を向けた。俺はそれを合図に、教室内へと足を踏み入れる。
「なんか3年の廊下だけすげー静かなんですけど、何かありましたっけ?」
「ああ、3年生だけテスト期間ずれてるから、みんなすぐに帰っちゃったのよ」
「へえ・・・で、先輩はひとりでどーしたんスか?丸井先輩待ち?」
そう問いかけると、間髪入れず「そうそう、ブン太待ちなの」と先輩は少し笑いながら言う。
「丸井先輩、成績でも悪くて呼びだしくらってんスか?」
「ちがうよ、図書室に借りてた本返しに行ってるの」
「へぇーあの丸井先輩が本なんて・・・」
「意外だよねー」
「雨でも降るんじゃないっスか?」と、俺がふざけて言うと、
「あはは、そうだね。降るかもね」と、先輩は足を空中で少しバタつかせながらこたえた。
「あ、じゃあ俺、丸井先輩戻って来るまでここにいていいっスか?」
「うん、いいよ。なんか話そっか」
俺は先輩が腰掛けていたその前の席に、向かい合わせになって座った。
予想してたよりも距離が近くなって先輩をいつもより近くに感じる。
心なしか少しドキドキする胸の意味も考えず、俺は先に口を開いた。
「俺、ずっと聞きたいことがあったんですけど」
「なに?」
「丸井先輩と先輩って、どういう経緯で付き合い始めたんスか?」
「・・・え!け、経緯・・・って、えーと、それはどういう・・・」
「いや、俺が聞いてるんスけど」
「あー・・・そうだよね、ごめん。でも、なんかね、経緯っていう経緯が、あるような、ないような・・・」
「なんスか?それ・・・」
「あー・・・わかんないよね。うん、まぁ、なんていうかちょっとあってね」
そんなに言いづらいことなのか、先輩は口ごもり、そのまま俯いてしまった。
「でも、どっちかがすきだって言ったワケでしょ?」
俺の直球の問いに、先輩はゆるく首を横に振った。信じられなくて、俺は目を見開く。
「・・・え、言ってないんスか?」
「・・・うん」
「じゃあなんで、」
「そ、そんなの何だっていいじゃない。一応、付き合おうってことになって、付き合ってるわけだし」
「付き合うのに、一応ってなんなんスか」
「・・・・・・」
「丸井先輩と先輩は、すき合って付き合ってるんじゃないんスか?」
黙りこくっている先輩。俺は何だか少し腹が立って、こう続けた。
「俺は付き合うって言うのは、ちゃんとすきだって気持ちを伝えてからのことだと思いますけど」
「・・・・・・」
「丸井先輩って、ホントに先輩のことすきなんですかね・・・」
ボソッと呟いた言葉に、先輩がびくっと反応した。
怒っているのかと思えば、違った。覗き込んで見ると、それはひどく、不安そうな表情だった。
(俺ならそんなカオさせないのに――・・・)
反射的にそう思った。
そう思って――そして、ようやく気付いた。
なんでこんなに追い詰めるようなことを言っているのか。
なんで腹が立っているのか、ということに。
(・・・俺、先輩のこと――)
そう気付いてすぐ「お互いの気持ちを通わせないままに付き合って、本当に幸せになれんの?」
――と、言いそうになって、やめた。これ以上、先輩を追いつめたくないと思った。少なくとも、先輩は丸井先輩のことを本当にすきなんだろうと思う。丸井先輩がどうなのかは・・・よくわからない。でも、先輩のことをすごく大事にしているのは、丸井先輩のこれまでの先輩へ向けられる表情で想像がついた。
(・・・でも、俺にとっても先輩は大事な存在だし、可能性がゼロってワケじゃ――・・・)
そう思い、俺はずっと思っていたことを口にした。
「先輩、俺のコト、“赤也”って呼んでくんないんスか?」
「・・・え?」
「丸井先輩たちも“赤也”って呼ぶし。“切原くん”ってなんか柄じゃないっつーか」
彼女の口から“赤也”と紡いで欲しいと、ずっと思っていた。丸井先輩たちもそう呼ぶから――と、今はそう言ったが、それはさっきこの気持ちに気付くまでの理由だった。今はもう違う。少しだけでも、俺のことを意識してほしくて。だから、言った。
「え、と・・・き、急には難しいかも・・・」
「徐々にでいいっスから」
「・・・う、うん」
「気長に待ってますって」
そう丁度話が終わったあたりで、丸井先輩が図書室から戻ってきた。
「あれっ、赤也いたのかよ」
「いちゃ悪いっスか?」
「別に悪ぃなんて言ってねぇだろい」
「そんな風に聞こえましたケド」
「気のせい気のせい。、待たしてゴメンな」
「あ、ううん。大丈夫。切原くんと話してたから」
「・・・先輩」
「・・・あ、ごめんつい」
「いいっスよ、気長に待ってるんで。じゃ、俺部活行くんで」
「おう、あんまり後輩いじめんなよ」
「丸井先輩ほどじゃないっスから安心してください」
「ったく赤也は口が減らねぇなぁ。ま、頑張れよ!じゃな」
そう言って、俺は二人を残して教室を出た。
・・・そのときの俺は、全然気付いてなかったんだ。
丸井先輩が、ずっと廊下にいただなんて。
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