F r i e n d s h i p
次の日、部活を終えて部室を出ると、外に丸井先輩が立っていた。
フーセンガムを膨らましながら上を見上げていて、俺に気が付くと片手をあげた。
「あれ、テスト期間で今日も早かったんじゃないんスか?」
「まぁ、そうなんだけどよ」
「なんスか、俺の出待ちっスか?」
「そうだな、そういうことにしとけ」
「は?」
「もう帰んだろ?一緒帰ろうぜ」
そう言って丸井先輩はつかつかと歩き出した。
俺は丸井先輩が待っていたわけがわからないまま、その後を急いでついて行く。
「そーいえば先輩は?」
「今日は先帰ってもらった。用あるっつって」
「・・・用?」
「そ、用」
「誰に?」
「お前に」
(・・・は?丸井先輩が・・・俺に、用?)
何だろう、と思っていると、前を進んでいた丸井先輩の歩みが止まる。それに合わせて俺も止まる。
すると、丸井先輩はそのまま前を向きながら口を開いた。
「なぁ赤也、お前俺に言いたいことあんだろ?」
「え?なんスか急に・・・」
「時間ならたっぷりあるからさ、聞いてやるって」
「・・・そんなこと急に言われても、特にないっス」
「ホントか?」
「ハイ」
「ホントのホントか?」
念を押されて、一瞬、昨日の放課後の出来事が脳裏に浮かぶ。
でも、あれは俺自身のことであって、丸井先輩には関係ない、ハズだ。
(いや、でもまさか先輩が丸井先輩に何か言った・・・?)
・・・まさか。だって俺は先輩にまだ何も伝えてやいない。
それにおそらく、昨日の様子だと、先輩も俺の気持ちには何も気付いていないハズだ。
そう考え、少し間を空けた後、また俺は「ハイ」と答えた。
そんな俺に、丸井先輩は少し言いづらそうに口を開いた。
「・・・赤也、あんな?俺さ、あン時、いたんだ」
「え?」
「ワリぃ、聞くつもりはなかったんだけど」
その言葉に、一気に全身が冷たくなった。凍ったように体が動かなくなる。
丸井先輩が、あの時、いた。・・・あの時、なんて言われて思い浮かぶのは、もちろん昨日の放課後しかない。
俺と先輩が話していた、あの時。
思いもしなかった丸井先輩の言葉に、俺は動揺を隠せなかった。
次に俺の口から出た言葉は、自分でも情けない程に震え、弱々しいものだった。
「・・・あ、あの、先輩は何か・・・」
「は何も言ってない」
「・・・じゃあ、」
「お前」
「え?」
「俺が聞きたいのはさ、お前の、気持ち」
「あ・・・え、と・・・」
真っ直ぐに問われて、何も言葉が出てこなかった。でも、逃げるわけにもいかなかった。背中にイヤな汗が滲むのがわかる。回転しない頭で、どうしたらいいのか、どう言ったらいいのかを考えるけど、焦りが募るばかりで何も浮かんでこない。丸井先輩の声は怒っている風でもなく、だからこそどうしたらいいのかわからなかった。
「・・・ワリ。お前ばっか問い詰めてフェアじゃねえよな」
「え?」
振り向いた丸井先輩と目が合う。
目に映ったのは、怒っているわけでも笑っているわけでもない、いつもの丸井先輩だった。
「俺は、がすきだ」
その言葉を聞いて、ドクンッと大きく胸が鳴る。
「・・・・・・赤也、お前は?」
丸井先輩は、俺にそう問う。そしてそのまま急かすでもなく、俺の口から出る言葉を待っているようだった。
「丸井先輩、おれ・・・」
「おう」
「俺は・・・いや、俺も、先輩がすきです」
怒られるかもとか殴られるかもとか、そういう決心をしてそう口にした。けれど丸井先輩の反応は俺の予想とは全く反していて、一言「そっか。そしたら、ちょっと話すっか」と、言っただけだった。そのまま、俺と丸井先輩は近くにあった公園へ移動し、片隅にあったベンチへと座る。
「・・・すいません」
「何で謝んだよ」
「・・・だって、」
「赤也、俺はお前に謝ってほしいワケじゃない」
そう言われて、俺からぽつぽつと話をし始めた。
最初は先輩へ対する思いが憧れだったこと。そして気付いたときには、好きになっていたこと。
たった1回でも俺のモノにしたいって思ったこと――。
丸井先輩は静かに俺の話を聞いてくれた。
自分の彼女のことなのに、最初から最後まで俺の話を頷きながら聞いてくれた。
話が終わり、短い沈黙が訪れる。先に口を開いたのは、丸井先輩だった。
「そっか」
「・・・・・・」
「じゃ、今度は俺の話」
そう言って、丸井先輩は自らゆっくりと話し出した。
ずっと俺が知りたいと思っていた、先輩と丸井先輩が付き合いだした経緯を。
「俺さ、ずっとのことがすきだったんだ」
「片思いだったんスか?」
「そ」
「告白しなかったんスか?」
「そん時はさ、にすきなヤツがいたんだ。それも俺の友達でさ。
初めて聞いたときは、さすがの俺もショックだったな」
丸井先輩はその頃を思い出すかのように、少し笑いながら話す。
「カッコワリぃけどさ、がすきなヤツといられる方がいいって、俺自分から引き下がったんだ」
「引き下がったって・・・先輩、その人と付き合ったんスか?」
「いや、なんつーか、俺が間入って取り持つような感じ」
「へぇ、丸井先輩、やりますね」
「ったりめーだろい。・・・でもな、それがまずかった」
「何があったんスか?」
「・・・最初はそれでも良かったんだ。だんだん二人が仲良くなって、が毎日うれしそうで。まぁ俺は・・・全く平気ってワケじゃなかったけど、それでもが笑ってくれてたから、いいかなって思ってた」
そこまで話すと、丸井先輩は一旦口を閉ざした。
ちらっと表情を盗み見ると、少し唇を噛み、辛そうな表情をしていた。
「でも、ある日見ちまったんだ。そののすきなヤツが他の女の子と歩いてるの」
「・・・え、そ、それって、」
「そ。そいつにはちゃんと彼女がいたってワケ。しかも、中学校から付き合ってたっていうオマケまでついて」
その事実を、丸井先輩は何度となく先輩に伝えようとしたらしい。けれど、結局伝えられないままに先輩はその人に告白してしまった。そして、振られてしまった。傷ついて泣きじゃくる先輩を目の前にして、事実を伝えなかった自分を激しく責めたと、丸井先輩は今でもそのことを悔やんでいるように、言った。
そして丸井先輩は、自分が事実を知っていながら言えなかったことを先輩に告げた。責められることを覚悟して、伝えた。でも、先輩はそんな丸井先輩の思いを受け止めて、丸井先輩を一切責めなかった。きっと、丸井先輩のやさしさが先輩へ伝わったんだと、俺は思う。
そしてそれから少し経って――付き合ってほしいと、丸井先輩から告げたのだと言う。
『、あんさ』
『ん、なに?』
『俺と・・・付き合ってくんない?』
『・・・え?』
『俺、のこと、もう絶対に傷つけないって誓う。だから、』
『・・・うん、いいよ』
『・・・え、マジ?』
『うん』
『絶対、大事にすっから』
『・・・うん、知ってる』
『・・・知ってる?』
『だって、もう大事にされてるもん。ずっと。丸井に傷つけられたことなんて、一度もない』
『・・・、でも、』
『わたしね、丸井がいてくれて本当に良かったって思ってる。わたしも、丸井に返したい』
『・・・返す?』
『うん。丸井がわたしにしてくれるように。大事にされるだけじゃなくて、わたしも丸井のことを大事にしたい』
丸井先輩の話を聞いて思った。
この二人はただ単に「すき」と言葉にしていないだけで、気持ちはとうに繋がっていたんだって。
「・・・すいませんでした」
「だから、謝ることじゃねぇよ。理性じゃどーにもなんねぇもん。人をすきになるって」
「・・・でも」
「それにな、お前のお陰でアイツの気持ちがハッキリしたとこもあるし。ある意味感謝してるよ」
「そんな、」
「今までハッキリしてなかった俺も悪かったんだ。ただ、」
「・・・ただ?」
「・・・悪ぃな、アイツだけは譲れねぇんだわ」
そう言う丸井先輩は照れているわけでも、のぼせているいるわけでもなく。
その瞳は真剣に、真っ直ぐに前を見つめていた。
(・・・敵わないな、この人には)
そう思った。正直、カッコイイな、と。まぁ、絶対口には出して言わないけど。
そう思う俺の隣で、そのカッコイイ先輩がおどけたように言った。
「ま、“くん”なんて柄じゃねぇもんな、赤也は」
驚いて眼を丸くすると、いつものように丸井先輩は笑っていた。
そしてそのまま俺の返事も待たずに「よし、じゃあ帰っか!」と、ベンチから立ち、歩いて行く。
「・・・・・・言われなくたってわかってるっスよ、そんなこと」
いつもより大きく見える丸井先輩の背中を見て、俺もこんな人になろうと心に誓った。
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<後日談>
「おい赤也!」
「朝から大声出して何なんスか、丸井先輩」
「なんかイライラすんだけど」
「何がですか」
「が俺と話すとき、お前の話題が出たとする」
「ハイ」
「そーすっとな、切原くんって言いそうになるのをいちいち赤也って言い直しやがんだ、アイツ」
「いい心がけじゃないっスか」
「それが腹立つってんだ」
「ヤキモチっスか?男のヤキモチは見苦しいって言いますよ、丸井先輩♪」
「お前それでも俺の後輩か!」
「カワイイカワイイ後輩じゃないっスか〜」
「・・・」
「・・・(あれ?)」
「・・・赤也、お前放課後ユニフォーム着替えてコートで待ってろ」
「・・・ハイ?」
「覚悟しとけ」
「(・・・マジかよ・・・)」
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赤也はブン太には敵わない感じで書いてみました。
敵わないっていうか、憧れる対象として。
赤也とブン太は何があっても、仲違いとかなさそう。(仲良し推奨!)
言うなれば、ブン太は大人で、赤也はまだ青い感じ。
大人な面に触れて、子どもは憧れや目標を抱き、成長してゆくのです。
ちなみにすごくわかりづらいのですが、最後の赤也の台詞は、
実はブン太の「・・・悪ぃな、アイツだけは譲れねぇんだわ」に対するものでした。
まぁ呼び名の方にも少しかけたかったんだけど、そういう技術が拙いので、
呼び名の方にしかかからなかったっていう。本末転倒!
WRITE 2009/03/03
TOUCH IN 2009/05/15
なつめ
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