真上に広がる青い空
大きく腕を広げ 深呼吸し その心地よさに安堵する
遠くから風に流されてくる灰色の雲に 気付くことなく
渇 い た 雲
―――忍足が彼女と付き合い始めたのは去年のこと。
わたしと忍足が知り合ったのも去年だった。きっかけは同じ委員会に所属したこと。互いのクラスは違っていたから、きっと忍足はわたしの顔すら知らなかった、と思う(テニスで有名な忍足のことはさすがのわたしも知っていた)。忍足は最初こそとっつきにくい印象はあったけれど、委員会の仕事で接しているうちにいつの間にか話すようになっていた。意外なところ――日常で面白いと思うこととか、食べ物の好みとか――で話が合ったし、なによりわたしは忍足との話すテンポに居心地の良さを感じた。
「二人は付き合ってるの?」と、人からよく聞かれる事があったのは、多分人目につく廊下で話し込んでしまうことがあったからだと思う。だけど、わたしたちは「付き合おう」とか「すき」とか、そんな言葉を口にしたことはなかったし、そういう雰囲気にもなっていなかった、と思う。いつもただ、たわいもない会話をして、笑って、そして「またね」と別れる、そんなあっさりした関係だった。
でも、わたしにとって忍足はただの友達ではなかった。すきだった。すごく、すごくすきだった。いつからすきになってしまったのかなんてわからない。自然にすきになっていて、気付けば意識しすぎて肩を叩くとかそんな些細なこともできないくらいになっていた。その当時忍足がわたしをどう思っていたのかは、今も昔もわからない。でも、その頃のわたしは心のどこかで思っていたのだ。わたしが忍足をすきなように、忍足もわたしをすきでいてくれているのではないか、と。忍足と話すたびそんな錯覚に陥りそうになる自分。そんな自分が嫌で、何度も「都合良くいくはずはない」と、強く否定した。しかしその一方で、忍足の自分への思いを信じたくて、そうであって欲しいと願って、いつも忍足のことを考えていた。
どういう話の流れで言ったのかは忘れてしまったが、忍足と親しくなってから1度こんな話をしたことがある。
「ねー忍足、彼女いるの?」
「今はおらんよ。は?彼氏いるん?」
「生まれて此の方いないよ」
「はァ!?ホンマか」
「・・・ホンマですけどなにか・・・」
「や、意外っちゅーか何ちゅーか・・・」
「何それ、もっとわたし遊んでるように見えた?」
「そーゆうワケやなくてな、みたいなんなら17年も生きてりゃ人並みに、」
「人並みじゃなくてごめんね」
「せやけどすきなヤツとかはおったんやろ?」
「そりゃあ、まぁ」
「告ったりせんかったん?」
「うん。絶対無理」
「そりゃ勿体ないで」
「だって見てるだけでいっぱいいっぱいだったもん」
「でもな、見てるだけじゃ伝わるものも伝わらへん」
「そんな勇気ないもん」
「じゃあラブレター書いてみるとか」
「ちょ、今時ラブレターとかありえないでしょ!」
「いや、この時代だから案外相手の心に響くかもしれん」
「・・・・・・(このラブロマンス好きめ)」
「まぁ手段は何にしろ、いっぺん伝えてみんとどうにもならんて」
「・・・わかってる、けど・・・」
「弱気やなぁ・・・ほな、俺の場合を教えたる」
「へ?」
「実はこう見えても俺も臆病な方なんやで・・・って何やその疑うような眼差しは」
「まさかまたラブレターとか言うんじゃないでしょうね」
「まだラブレターバカにすんか。ちゃうで、まじないや」
「まじない?」
「そ、臆病にはまじない・・・まぁ暗示な。暗示が一番や」
きょとんとするわたしに笑いながら忍足の言った一言は、今でも鮮明に覚えている。
「『これからこの人と一緒におりたい』そう思うことや」
この話をしていたときは、まだ忍足は彼女と付き合っていなくて、そしてたぶん、わたしはこの時既に忍足のことをすきだったのだと思う。だからこそ逆に――こういうことを聞いてしまったからこそ――忍足から何も言われないことが、臆病なわたしを更に臆病にしていた。わたしが忍足のすきなひとにはなれないと言われているように思えて。
だから、自然に忍足に気持ちが伝わればいいと心のどこかで思っていた。しかし、いざ本人を目の前にするとどうしたらいいのかわからなくなって、ただの友達を演じていた。相手の気持ちばかり気になってしまって、自分から何も踏み出せなかったのだ。――いや、違う。自分の気持ちを守って、踏み出そうとしなかったのだ。自分から踏み出し傷つくのがこわくて、全てを相手に期待し、委ねてしまった。変わらない日常から脱却したいと思いながらも、小さな臆病を大事のように抱え、手が差しのべられるのをただただ待っていたのだ。そんな臆病でずるいわたしを、神様が救ってくれるはずがないのに。
そして、友達という関係のまま時は過ぎ、忍足と出会って約半年の過ぎた、夏休み明け。
―――忍足に彼女ができたらしい。
突然、そんな噂を友達から聞かされるのである。
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UP:2004/10/10 TOUCH IN:2008/11/12
なつめ
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