教室の窓からは鳴き止むことのないセミの声
もしもわたしがセミだったら
このセミたちのように 精一杯で鳴き続けていられるのかな








      渇 い た 雲








ジローくんとお昼を食べ終わって、私はちょうど5時間目が終わる少し前にひとりで教室に戻った。ジローくんはというとまだ屋上に残っている。「何かちょっと眠くなってきたから鐘鳴るまでここいる」なんて言われたけど、きっとあの調子じゃ次の時間も屋上で寝ていることだろう。

教室の近くに差し掛かると、廊下には誰も出ていないものの騒がしい声が聞こえてきた。後ろのドアから入ると教室内はとっくに休み時間になっていて、勉強している子なんていないようだった。日直の女の子が、黒板に大きく書かれている“静かに自習!”という文字を消している。

席と席の間を通り、自分の席に着こうとしてふと空っぽの席が目に入った。

(あれ?あそこって忍足の席じゃ・・・)

窓側の前から3番目。わたしが絶対に間違えることのない席。その机の上には何も載っていなかった。誰かと話すために席から離れてるのかな、と思って見回してみても忍足の姿はない。忍足の後ろの席の子に忍足がどこにいるのか聞いてみると、どうやら昼休みから教室に戻っていないらしかった。そうすると、さっき忍足が教室からわたしとジローくんが見えたから来た、と言っていたのは嘘なのだろうか。でも、どうして嘘なんかつく必要が・・・?忍足が帰ってきたら聞いてみようかと思っていたけれど、結局忍足は次の時間も帰りのHRの時間も、教室に戻ってはこなかった。



放課後、クラスの掃除を終えたわたしは、借りていた本を返すために図書館へ行った。図書館の扉を開けると、もうそろそろ閉める時間だったせいかほとんど生徒はいなかった。借りていた本をカウンター脇の返却ボックスへ入れる。すると、後ろから声をかけられた。

先輩ですか?」

振り向いてみると、そこにいたのは忍足の彼女だった。



人気のない、屋上までの廊下。ちょっとお時間いただけますか?と思いつめたような顔で言われ、あまりいい予感のしなかったわたしは、とりあえず「図書館から近い屋上まで行こう」と言った。わたしが彼女より少し前を歩き、会話の無いまま屋上へ出る扉の前まで来る。振り向いてみると、彼女は階段の途中で止まって下を向いていた。

「・・・どうしたの?」

何を言われるのかが怖くて、本当は言葉なんてかけたくなかった。けれど、ここまで来てしまったのだから話さないで帰るわけにもいかないだろう。黙って下を向く彼女。わたしはそんな彼女を怖い、と思った。正確には、今から言われることが確実に忍足絡みであることがわかっているための怖さ、だ。

「・・・先輩」

彼女はゆっくりと顔を上げた。肩までのさらさらの髪。テニス部のマネージャーのわりに、色の白いきれいな顔。ぱっちりとした二重で、きっと笑うとすごく可愛いんだろうな、と思った。その目の前のきれいな子は、わたしを真剣な瞳で真っ直ぐに見た。

先輩、先輩は侑士のことどう思ってるんですか?」

侑士――わたしが呼びたくても呼ぶことのできない忍足の名前。女の子では彼女だけが許された呼び方。今日の昼休みのように、今までに何度も彼女はうちのクラスまで来ては忍足のことをそう呼んでいた。今までも聞くたびに嫉妬していた。けれどこうやって面と向かって言われると、自分よりこの子の方が忍足に近いことを改めて感じさせられ、悔しいような、羨ましいような、そんな気持ちになる。

「え、ど、どうって・・・」
「すきなんですか?」
「えっと・・・」

すき?すきに決まっている。すき、なんてそんな一言で言っていいのかわからないくらいに、すき。でも、これは言ってはいけない言葉。わたしの中で鍵を掛けて仕舞っておかなくてはならない気持ち。もし、ここでわたしが忍足をすきと言ったら、わたしの苦しさは薄れるかもしれない。けれど、その代わりに失われてしまうものが必ずある。わたしはそれが怖い。失われるものが何かは、わたしの気持ち一つでは量り切れないだろうから。きっと今、目の前の彼女だって不安や恐怖を抱えている。

「あなたがいるから・・・」

彼女は声を震わせながら、こう言った。

「あなたがいるから、侑士はわたしのことを見てくれない」

そして彼女は続けた。

「今日も教室に行った時、あなたと話している侑士を見たの。あんな笑顔、わたしには見せてくれない。付き合い出した頃から、侑士はいつもどこか寂しそうなの。でもそれはわたしが変えていけるって信じてた。なのに、やっぱりわたしじゃだめなんだって、気付かされた。侑士が一番心を許せるのは、あなたなんだって」

そう言われて、戸惑う。忍足がわたしといて楽しそう?でも忍足がつき合っているのは彼女。だからすきなのも彼女。わたしじゃない。なのに、そんなことを言われても。

「・・・でも、わたし侑士がすきなの。本当にすきなの。お願い、わたしから侑士をとらないで」

彼女は階段にしゃがみ込んで泣きだしてしまった。そんな彼女を見て、わたしは決めた。一歩一歩を心に刻み込むように踏みしめ、ゆっくり階段を下る。彼女の隣まできて、わたしはしゃがみ込んだ。

「わたしも、忍足がすきだよ」

彼女の肩に手を置いてそう言うと、小さな体がビクッと大きく震えた。わたしはそのまま言葉を続ける。

「でもね、友達としてなの」

うそ すきなの ひとりの男の人として

「ねえ、忍足と付き合ってるのは、わたしじゃなくてあなたなんだよ?」

ほんとはね 独り占めしたい気持ちだってあるの

「自信持っていいんだよ」

手を繋いで 笑いあって いっしょに となりを歩いていたい



「もう、忍足には近づかないから」







今のままでいい。ずっと友達でいいと、そう思っていた。けれどいつか、いつの日にか。
この気持ちを伝えることだけは罪にならないんじゃないかって、頭のどこかで思ってたの。
でも、それも叶わないんだね。
誰かが傷つき、悲しむくらいなら、自分の気持ちを閉じ込めておいた方がずっといい。










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忍足出てなくてごめんなさい・・・
その代わり次は超忍足間違いないです。

UP:2007/5/9
なつめ



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