一番大切な相手に
一番大切なことを伝えるのが
一番難しい








      渇 い た 雲








「別れてくれへんか」

昼休み、急に教室へ来た彼女の舞子と、俺はグラウンドの隅にある木陰の下に来ていた。そして着いてすぐ、彼女にそう伝えた。ずっと、考えていたことだった。

「・・・どうして?」

泣かれるかな、と思ったが、彼女は大きな目を少し見開いたものの、意外にも冷静だった。

「わたし、侑士に悪いことした?」
「いや、そういうわけやない」

1年くらい付き合って、舞子がすごくいい子だということはわかっていた。マネージャーの仕事も的確で、一緒にいるときもわがままを言ったりして俺を困らせることがない。俺のちょっとした言葉に笑顔になったり、気が利いたり。彼女には最高の子なんだと思う。けど、やっぱり俺が隣にいてほしい思うんは。

「・・・さん?」

いきなり彼女の口からの名前が出てきて、内心俺は焦った。

「なんで、のこと・・・」

俺が動揺していることに気付いてかはわからないが、彼女は少し顔をこわばらせ、俺から視線をそらせて言った。

「前にね、わたしたちが付き合うことになったとき、向日先輩が言ってたの」


聞いたかよ、侑士のやつ、一年マネの斎藤舞子と付き合うんだってよ
俺、てっきり侑士はと付き合うんだと思ってたのによー



「わたし、さんて人がどんな人か知らなかった。けど、侑士がわたしを選んでくれたんだからって信じてた」

彼女は静かに、でも淡々とした口調で話す。

「ねえ、どうしてわたしと付き合ったりしたの?わたしのこと好きじゃないの?」
「・・・お前のことは好きや。それにのせいやない。俺が悪いんや。ごめんな」
「いやだ、謝らないで。わたし、侑士と別れたくない」
「せやけど、これ以上・・・」
「いやだ、お願いだから、まだ別れるなんて言わないで・・・」

ついに、彼女の目から涙がこぼれた。今まで、彼女は俺の前では泣いたことがなかった。いつも笑顔だった。それぐらい、俺のことを好きでいてくれたのに、俺は彼女に何もしてあげていないことに今更気付いた。挙句、別れ話をして、泣かせている。俺はなんて自分勝手なんだろう。

俺はポケットからハンカチを出して彼女の手に握らせた。その拍子に、彼女は俺の胸の中に飛び込んでくる。

「ゆうしっ、別れるのはやだよぉっ・・・」
「うん、わかった、わかったから・・・ごめんな」

俺は彼女の頭を軽くなでながら、自分のしてきたこと、自分の気持ち、すべてを振り返っていた。そして、俺がこれからしなくてはならないことは何なのか、を。



彼女が泣きやんでから、俺は弁当を持ったまま屋上へと向かった。もしかしたら、がいるかもしれない、そう思ったから。途中、自動販売機が目に入って、休み時間前のの笑顔を思い出す。

何なら飲み物とかおごっちゃってくれちゃってもいいよ

お金を入れて、ピッとの好きなオレンジジュースのボタンを押す。ついでに俺のコーヒーも。そのとき、ふと、自動販売機にうっすらと映る自分がやさしく笑っていることに気が付いた。ついさっき舞子を泣かせたというのに、今頭の中ではオレンジジュースを持って笑うの姿を思い浮かべて笑っている。付き合っている彼女より、友達である子の方が愛しいなんて。そんな未練ばかりの自分を嘲笑った。もう、自分は最低なやつなんだと、そう思った。

けれど今だけは。今だけは最低でも構わないから、のことだけを考えたかった。そして同時に、このへの思いを断ち切らなければならない時が来たのだと、どこかでそう思っていた。



屋上への扉の前まできて、その隣の鍵の壊れている窓を開けようとしたとき、の声がした。誰かと一緒にいるんだろうか。そうっと窓を開けて頭を出すと、見慣れたくるくる頭が見えて、その向かいにがいた。どうやら二人は弁当を食べているらしかった。その様子を眺めているとが自分のお弁当の中身を箸ではさんでジローに向けた。ジローはそれをぱくりとくわえる。ジローもも笑顔で、それでいてはなんだか照れているようにさえ見えて。その光景に俺は胸が痛くなった。

(アホやな、俺。が俺なんかを待っとってくれるハズないやん―――

そんな二人を見ていることにいたたまれなくなって、俺は教室へ引き返そうと窓から頭を引っ込める。しかし、運悪く開ききってなかった窓に頭がぶつかり、ガラッという音が鳴ってしまった。やば、そう思ってまた二人の方を見るとがこっちを見ていて、目が合ったのがわかった。驚いたせいで、動きが止まり、目は見開かれている。仕方なく俺は窓から屋上に出て、二人の元へと向かう。足取りは重い。

わざわざここに来たことをジローに知られたくないと思い「教室から見えたから」と嘘。
一緒に食べられなかったお詫びと言ってジュースのパックを投げる。これも半分くらい嘘。
・・・俺はただ、「ホントに買ってくれたんだ!」と笑うの顔が見たかっただけ。
そして「コーヒーなんて飲まないよー」と文句を言うジローに「俺が飲む予定で買ったんや」と言い返しそうになって言葉を飲み込む。

すると、ふと俺は自分に向けられる視線に気付く。見下ろすとジローが俺のことを難しい顔で見ていた。ああ、せっかく二人んとこ邪魔して悪かったな、と思う。もしかすると、俺の知らないところでこの二人は上手くいっていたのかもしれない。仮にその解釈が違っていたとしても、ジローにとっては特別な存在なんだと思う。ジローがこんなに構う女の子なんて俺は他に知らない。

これ以上ここにいる理由もなくなり、俺は「ほな」と言って踵を返す。数歩進んだとき、背中から声が投げかけられた。

俺の本当にだいすきな子の、声。

振り返ると俺の渡したパックを掲げて笑うの姿があって。
俺はその笑顔をしっかりと目に焼き付けた。






そん時は思わんかった。
甘い考えかもしれんけど、たとえ俺がへの思いを抑えても、ずっと友達でいられると思っとったんや。
せやからまさか、俺の前からの笑顔が消えるなんて。










---------------------------------------------------------------
次から何かがだんだん見えてくるかこないか。
実は今までの話は1、2話の過去の話以外、1日に起こった事なんですよね・・・
時系列的にわかりづらくてごめんなさい。

UP:2007/5/11
TOUCH IN:2008/10/14
なつめ



<<back  top  next>>