自分の感情を押し殺すことで傷つくのは
自分だけだと そう思っていた








      渇 い た 雲








「おはようさん」
「おはよ」

朝のHR前。クラスでジローくんと話していると、いつもと同じように忍足がわたしに挨拶してきた。挨拶ぐらいいつもと同じように、同じように返さなきゃと思っているのに、ちゃんと返せた自信がない。どういう顔をしていいかよくわからなくて、すぐにジローくんの方を向いてしまった。

「どうしたん、。どっか調子わるいん?」
「や、大丈夫だよ。いつも通り元気だって!」
「そか?そんならええんやけど」

わたしが空元気で返すと、忍足は何か言いたそうな顔をした。しかし忍足はそのままわたしの顔を見ただけで、何も言わずに自分の席へと向かっていってしまった。きっと忍足はわたしがいつもと違うことに気付いたのだろう。何も聞かれなかったことにホッとするとともに、どこか寂しいと感じる自分がいた。

挨拶だけでこんなに緊張して、考えて、誤魔化して。これからこんなんでやっていけるのだろうか。忍足の背中を目で追いながら思う。

―――――もう忍足には近づかないから

昨日彼女と話してから、ずっと考えている。忍足のことを。わたしはこれからどうすべきか、どうしたらいいいのか。そしてどうしたらいけないのか。考えていたらほとんど眠れなかった。

どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。クラスが一緒で、今まで仲良くしてきて、突然その繋がりを断ち切ることなんてできないのに。そう後悔する反面、言ってよかったんだ、ああ言うしかなかったんだと心の中でもう一人の自分が言う。忍足の彼女はどうしようもなく不安なのだ。その原因がわたしならば、わたしのすることは決まっているはずだ。徐々に、徐々に、関係を遠ざけていくだけ。ただの、たまにしか言葉を交わさないような、そんなクラスメイトに。

忍足が席に着くのを見て、わたしは自分の机に突っ伏す。目の前のジローくんがどんな表情をしているかなんて、全く知らずに。



そしてそんな日に限って、忍足は昼食を一緒に食べようと私を誘ってきた。うまく言い逃れる自信はなかった。けれど、一緒に昼食を食べる勇気の方がもっとなかった。断りたくない。でも、できない。だめ、なの。

「ごめん忍足、今日ちょっと友達と約束があって・・・ごめん・・・」

忍足の顔も見れなくて、視線を逸らしながらそう言う。初めて断る理由が嘘だなんて、とてもじゃないけど目を見て言えなかった。すると忍足は一つ間をおいてから言った。

「そっか、約束ならしゃーないわな。ほんなら、また今度な」

その言葉にパッと顔を上げると、忍足はいつものように優しい顔をしていて。その表情に胸が軋んだ。わたしは忍足に嘘をついてるのに、そんなわたしを忍足は信じているのだから。「ほなまたな」と言ってわたしの前から去っていく忍足の後ろ姿を見つめ、心の中で謝る。

ごめん、忍足。もう今まで通りには、いられない・・・)

わたしといることで、彼女が苦しむ。わたしのせいで誰かが苦しむのはいやだ。ましてやだいすきな忍足の彼女を苦しめるなんて、わたしにはできない。忍足は、もっと彼女を大切にしてあげなくちゃいけない。


とりあえず今日は、誰にも見つからないような中庭の隅で昼ご飯を食べることにした。約束をしている、と言ってしまったため普段から一緒にお弁当を食べているクラスのグループに入っていたら不自然かもしれないと思ったからだ。ぱこっとお弁当のフタをはずして、ご飯を口に入れる。冷たいご飯。いつもと同じなのに、全くおいしいと感じられなかった。みんなが楽しく過ごしている昼休みに、自分だけがひとりぼっち。そう思ったら、突然悲しみが込み上げてきた。

これから、こんな日が続いていくのかな。
本当は「うん」と頷きたい誘いに嘘をついて断って。そしてひとりでお弁当を食べる。
どうしてわたしがこんな思いしなくちゃいけないんだろう・・・。じわりと目頭が熱くなる。

「あれ・・・?なんでこんなとこにひとりでいるの?」

突然背後から声をかけられ、跳ねるように後ろを振り向く。すると不思議そうな顔をしたジローくんがいた。目に浮かんでいた涙も驚きで少し引っ込む。

「ジローくん・・・」
「今日って、忍足と食べるんじゃなかったの?」
「ううん・・・もうね、やめたんだ」
「やめた・・・って、」
「いいの、もうやめたの。忍足には彼女がいるんだし、わたしなんかいない方が・・・」
?」

頭ではわかっていたはずなのに、口に出すと実感してしまって言葉が喉の奥に詰まる。そうだ、わたしなんていない方がいいのだ。わたしがいるから、だめなんだ。そう思って胸がぎゅっと苦しくなった。いたい。つらい。じわっとまた目頭が熱くなる。ジローくんの前なのに。黙り込んでしまったわたしを覗き込んだジローくんが、息を呑んだようだった。

「だいじょうぶ・・・?」
「ごめん・・・」

そのままジローくんはわたしの前にしゃがみこんで、頭をなでてくれた。その手に安心したのか、わたしの目から堪えていた涙がこぼれた。



「忍足は、彼女のことわかってないの」
「・・・え?」

少し落ち着いたわたしは、下を向いたまま口を開いた。

「彼女、苦しんでた。忍足が自分のことを見てくれないって」
「・・・・・・」
「きっと、学年も違うからなおさら不安なんだと思う」
「・・・・・・、だからまさか」
「うん。だからわたし、忍足と距離おこうと思って。・・・なのに、思った以上につらくて・・・」

午前の間だけでも、極力会話をしないように、忍足が近寄って来そうな時はわざと友達に話しかける振りをして逃げた。授業中もなるべく背中を見ないようにしたし、お昼の誘いも初めて断った。忍足のことを考えたくないのに、常に考えていないといけない。そんな状態が昨日の夕方から続いていて、まだ1日もたっていないというのに、もう限界だと思った。

「ホントは断りたくないのに・・・一緒にお昼食べたいのに・・・・・・話したいのに・・・っ」

ジローくんはそのまま黙ってわたしの話を聞いてくれた。わたしはそんなジローくんに甘えて、お昼も食べずにまた泣いた。思いっきり、泣いた。



それからしばらく経って、辺りが静かになった。そろそろ5時間目が始まるのだろう。泣きはらした目のわたしと一緒に教室に戻るのはまずいだろうと思い、校舎に入るところでジローくんと別れる。

「ジローくん、ごめんね。でもジローくんがいてくれてよかった。ありがとう」

別れ際にそう言うと、ジローくんは何故か悲しそうな顔で微笑んだ。不思議に思ったけれど、丁度予鈴が鳴ったので急いで校舎へと入る。その時、後ろからジローくんの声が聞こえた。

一瞬聞き間違いかと思った。けれど、彼はこう口にした、と思う。
どうしてそんな言葉を口にしたのかわからないけれど。



「ごめん、・・・」





そしてわたしはしばらくしてその言葉の意味を知ることになる。










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キーマンはジローか。

UP:2007/5/17
TOUCH IN:2008/10/14
なつめ



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