太陽の眩しさに負けて 目を閉じる
わたしは自分に負けて 自分の心の扉を閉じた
その扉に触れないでと頭では願うのに
閉ざしたはずの心が助けを渇望する








      渇 い た 雲








わたしはそれからというもの、何かと理由をつけては忍足の昼の誘いを断った。けれど断われば断わるほど、嘘を重ねれば重ねるほど、心がつぶれてしまいそうになった。同時に、抑えようとする気持ちが抑え切れなくなっているのも事実だった。

昼だけでもいい 一緒にいたい
くだらない話をして ふざけ合って 笑い合いたい
彼女とか恋人とかそんなポジションいらない
ただの友達でいいから 一緒に


毎日、そう願った。そして、どうして友達ですらいられないんだろうと思った。すき、という気持ちを水に流すように忘れる事ができればいいのに、とも。そんなことできるはずないのに。それに、仮にすきという気持ちを水に流せたとしても駄目なのだ。気持ちなんて関係なくわたしと忍足が一緒にいるということが彼女を苦しめているのだから。

彼女というポジションを諦めた上に、友達というつながりさえも絶たなければならないなんて、わたしが記憶喪失にでもなって忍足を忘れる以外、方法がないのではないだろうか。強い想いがあるとそこだけ忘れる事がある、ということを聞いたことがある。とは言っても故意的に記憶喪失になんてなれるわけがないのだから、考えるだけ無駄なのだけれど。(間違って死んだらシャレにならないし)




そんなことを毎日毎日考え、それが2週間経とうとしていた。食欲があまりないせいか、すぐに疲れを感じるようになったが、それすら表に出さないよう心がけた。けれど周りにしたらそうは見えなかったらしく、「顔色悪いよ?」と友達に心配されることも度々出てくるようになってしまった。だめだ、こんなんじゃ友達にも、忍足にもまた迷惑がかかる。そう思って、1時間目の終わった休み時間に健康補助食品を無理やり口に入れ、水で流しこむ。


気持ち わるい





呼ばれてのろりと顔を上げると、忍足が心配そうな顔でわたしを覗きこんでいた。今食べた健康補助食品のせいで言葉を発することすらけだるく感じられて、無言のまま忍足から視線をはずす。すると忍足は正面にしゃがんでわたしの顔を両手ではさみ、ゆっくり正面を向けさせた。さも逃がさない、とでも言うような表情とは裏腹に、わたしの頬を包む手は大きくて温かくて。久しぶりに忍足を近くに感じたせいか、それとも忍足に触れられたせいか、何だかたまらない気持ちになった。

「なぁ、一体どうしたん・・・?ここんとこおかしいで?大丈夫か?」
「いつも通りだと思うけど・・・」
「そうは見えへんなぁ・・・。なぁ、なんかおごったるから、今日ぐらいは一緒に・・・」

忍足が言い終わらないうちに、わたしは軽く首を横に動かした。すると忍足は少し怒ったような顔になった。怒ったというよりは不機嫌と言った方が適切かもしれない。2週間。もう適当な理由をつけて断わるのも限界なのだと悟った。

「ね・・・忍足、昼休み、話そう?」




4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、わたしが忍足の方を見ると忍足もまたわたしを見ていた。そのまま視線を教室後方のドアに向け、教室を出ようと促す。席を立ち、後ろのドアから廊下に出て歩きながら何となしに後ろを振り向く。するとざわつく廊下の中、少し距離をおいて忍足が歩いてくるのが見えた。向かう先は教室棟とは反対の棟。こっちは実験室などが主なので、お昼休みでもたいてい静かだった。そのまま一定の距離を保ってしばらく歩き、わたしは1Fの階段下で足を止めた。後ろを振り向くと、ついてきていた忍足も足を止めた。物置きのようなこの場所は、普段生徒も職員も近づかない。聞かれたくない話をするには都合の良い場所だった。

久しぶりに向き合う忍足は以前と変わっていなくて、それがどこかわたしを安心させた。けれど顔を直視できなくて、どうしても視線が泳いでしまう。視界に入る手とか、伝わってくる存在感とか。忍足全てが久しぶりに感じられて、気付けばわけのわからないくらい緊張してしまっている自分がいた。もちろん、これから言わなければならないことが言えるのかという不安もあった。

「で、いきなりアレやけど」

わたしより先に忍足が切り出した。ひんやりとした静かな空間に、低く静かな声が通る。

、最近おかしない?俺、何かした?」
「・・・いつもと同じだと思うけど・・・」
「そか。ならなんで俺から目逸らすん?」
「・・・・・・」
「なぁ、ちゃんと言うてみぃや」
「・・・・・・だって、」
「ん?」
「だって・・・お、おかしいじゃない」
「何が」

これ以上言ったら終わりだ。友達というつながりすら失う。
そう思ったけれど、考えるより先に口が動いてしまった。

「忍足、彼女いるのに。なのに彼女と都合悪い時だけわたしと、なんて。わたしもう忍足に振り回されるのはいやなの!」

ついに言ってしまった。言おうと思って言ったのに、言ったという気持ちより言ってしまったという罪悪感の方が大きかった。そのままわたしは忍足の顔を見れずに、両手をぐっと握り締めてうつむく。

「俺、お前のこと振り回してたんか・・・?」

忍足の声が少し震えているようだった。顔を上げられないわたしは、忍足が怒ってるのかすら、わからない。

「ホンマに・・・ホンマにそう思っとるんか・・・?」

そう言われると同時に肩をつかまれて、その時忍足の顔をみてわたしは戸惑う。

その今にも泣きそうな表情に。



ごめん 忍足
嘘だよ 嘘なの
都合良くたって 何だっていいの
忍足と一緒にいたいよ
ごめん すきになって ごめん
傷つけて ごめん




泣きそうになるのを堪えて、口を開く。


「うん・・・思って・・・・・・ッ!」
「そんなん嘘や・・・!」


最初、何が起こったのかわからなかった。
肩をつかむ手にぐっと力が入れられたときにはもう目の前に忍足の顔があって。
互いの鼻が掠め合うと同時に、唇が、重なっていた。

「・・・・・・ンッ!」

苦しくて、忍足の胸を押した。けれど頭が忍足の手によって抑えられていて、逃げられない。
わたしの手はそのまま忍足のYシャツを強く握り締める。

その噛み付くようなキスは息継ぎもままならないまま2、3度角度を変えられた後、ゆっくりと離された。
予想外のことに、言葉が出てこない。体が震える。

(どうして なんで どうして どうして)

両足が震え、その場に立っていることがやっとだった。


「・・・・・・いきなり・・・すまん」


目の前の忍足はそう言ってわたしから手を離した。
けれど次の瞬間、わたしは彼の口からもっと驚く事を聞かされる。


「・・・お前にとって俺は迷惑やったんかもしれへん。・・・せやけど、俺、ずっとのこと、すきやった」


何かに殴られたような衝撃を受けた。
うそだ。信じられるわけがない。
だって、だって忍足のすきな子は、付き合っている子はあのマネージャーの。

「今でもすきや」
「なんで・・・なんでそういうこと言うの?そんなわけないじゃない・・・そんなわけ・・・」
「ホンマや」
「なんで・・・だって、忍足には彼女が・・・」
「俺は!」

普段とは違う強い口調に、わたしは息を飲む。

「俺は、あん時ずっと待っとった!が来てくれるん信じて待っとった。せやけど・・・」

何かを言い掛けた忍足はわたしの顔を見て口をつぐんだ。
そしてそれから「すまん」と一言謝った。

が決めたことや。それを責めとるわけやない。ただフツーの友達に・・・・・・、・・・?」

ただ立ち尽くすだけのわたしを変に思ったのか、忍足が問いかけてきた。けれど、わたしの頭は忍足の言葉に追い付いていなくて。それどころか、わたしには忍足の言っていることが何が何だか全くわからなかった。


なに?忍足はなにを言ってるの?
あん時、って?
わたしを待ってた?
いつ・・・どこで・・・?
わたしが決めたこと?フツーの友達?
なに、それ・・・?


頭の中で同じ言葉がぐるぐる回る。けれど一つとして答えに辿り着くことはなくて。

・・・?」

呼ばれて顔を上げる。すると忍足がわたしをじっと見ていた。どんな顔をしていいのかわからない。何を言ったらいいのかわからない。ただもう忍足の顔を見て小さく首を横に振ることしかできなかった。すると、忍足の眼鏡の奥の目が、だんだんと見開かれていく。

「まさか・・・知らん、の・・・?」

その言葉に、表情に。何かあったのだと悟った。わたしの知らない何かが、わたしの知らないうちに起こってしまっていたのだと。そのとき不意にわたしの頭に浮かんできたのは、一つの言葉。



少し前のジローくんの、あの「ごめん」




「ちょ・・・・・・・・!」


踵を返して走り出すわたしを、後ろから忍足が呼んだ。
でも走り出した足は止められなかった。
彼は・・・ジローくんは何か知っている、そう直感してしまったから。





抑えきれなくなった想いが交錯する。
全てが一本の糸につながっても、先のことはわからない。
何のためか、誰のためか、そんなことを考える余裕もなく。
ただ立ち止まったら後悔する、その思いだけを頼りに。










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今まで暗に示していたものが少しわかるようなわからないような。
次にはわかるはずです。はずで・・・
わかりづらい展開の話ですみません。

UP:2007/6/16
TOUCH IN:2008/10/14
なつめ



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